音楽ナタリー Power Push - 「ハイレゾ音源大賞」特集 いとうせいこう×ハイレゾ音源配信サイト運営陣 座談会
今こそ「1人」というぜいたくを
ハイレゾ音源をより多くのリスナーに聴いてもらうことを目的に、2016年9月に始動した「ハイレゾ音源大賞」。「e-onkyo music」「mora ~WALKMAN®公式ミュージックストア~」「OTOTOY」「VICTOR STUDIO HD-Music.」という4つのハイレゾ音源配信サイトによる連合企画としてスタートし、今年1月からは新たに「レコチョク」も加わった5サイトによる合同企画となった。各サイトがその月にリリースされたハイレゾ作品の中から推薦作を選出し、その中から月ごとに異なるセレクターが最優秀作品を選考している。
音楽ナタリーでは2017年1月度のセレクターを務めたいとうせいこうと、各サイトで推薦作のセレクションを行っている飯田仁一郎(OTOTOY)、遠藤泰(VICTOR STUDIO HD-Music.)、実川聡(レコチョク)、祐成秀信(e-onkyo music)、蔦壁健二郎(mora)による座談会をセッティング。6人の話題はハイレゾの現状から現代社会における「真の豊かさ」についてまで、さまざまな方向に飛び交った。
取材・文 / 大橋千夏 撮影 / 大橋祐希
参加者
実際どうなんですか?
いとうせいこう ハイレゾ音源を取り巻く状況って、実際に今、どうなんですか? やっぱり購買層としては上の世代が多いのかな。
遠藤泰(VICTOR STUDIO HD-Music.) そうですね、やはりジャズやクラシックのリスナーや、オーディオファンといった、上の世代の購買層は多い印象です。ただ、若い世代にも少しずつハイレゾが親しまれてきていて、ジャンルで言うと特にアニメ関係やJ-POP系の楽曲がよくダウンロードされています。
実川聡(レコチョク) 去年宇多田ヒカルの「Fantôme」やRADWIMPSの「人間開花」が各サイトのハイレゾダウンロードランキングの上位にランクインしたことは、幅広い世代にハイレゾが一般化してきたことを象徴する出来事でした。
いとう なるほど、そのよさが広まってきてるってところなんだ。CDが登場したときもそうだけど、新しいメディアが出てきたときはやっぱり同じような流れを汲むんですね。まずジャズとクラシックが先陣を切って、そのあとに「で、ポップスどうなるの?」っていう。
飯田仁一郎(OTOTOY) ええ、徐々に多ジャンルで実績が出てきています。ジャンルの話をすると、ヒップホップはまだあまりハイレゾのマーケットに参戦してきていない印象はありますね。
いとう そうなんだ。ヒップホップが好きな人は基本的にあの「ドンッドンッ」って音響が好きな人たちだと思うから、影響力のあるやつが動けば一気に変わるんじゃないかな。KOHHとかさ、あの音像ってハイレゾで聴くべき音楽だと思うよね。
「環境音大賞」やりましょう
いとう ハイレゾ音源を聴くための音響システムっていうのは、どれくらいの価格帯から用意できるんですか?
祐成秀信(e-onkyo music) 今はAndroidスマートフォンのほとんどがハイレゾに対応しているので、ハイレゾのスペックに対応したイヤフォンやヘッドフォンがあればすぐに楽しめます。安いものであれば1万円ほどでしょうか。
いとう ちょっとがんばればいける値段だ。ちなみにハイレゾの録音機のほうはどうなんですか?
蔦壁健二郎(mora) 録音機となると多少値は張りますが、それでも3万円台から手軽に録音できる機器がそろってきています。
いとう へえ! じゃあ「この音いいな」と思ったら、すぐにハイレゾで録音できるんだ。それならもう「ハイレゾ音源大賞」だけじゃなくて「環境音大賞」とかもできるじゃないですか。「この鈴虫の音すげえ!」みたいなさ。香港の市場とかで録音して「おばちゃんたち元気だな」「ここの豚肉切る音がすげえいいんだよ」っていう(笑)。
蔦壁 あははは(笑)。できますね。
いとう 周辺グッズもばっちりそろってきてるんですね。俺は今回初めてハイレゾ音源を聴いてみて、これはオーディオとして聴くというよりも映像とリンクするものなんだろうなって思ったんですよ。特にVRの分野とね。
──VRですか。
いとう そう。で、これはここ2、3年言ってることなんだけど、そもそもVRってみんなでワイワイするために使うものではないと思っていて。先進国におけるもっともぜいたくなものは何かって、「完全に1人になれる時間や空間」なんですよ。だって人とのコミュニケーションなんて、みんな毎日嫌というほどやってるんだから。
──なるほど。
いとう だから俺がこういうハイレゾ音源で聴きたいと思うのは「360°見渡しても誰もいない場所の音」なんですよね。アマゾンの奥地とか、ヒマラヤ山脈の頂上とか。遠くで鳥が鳴いていて、波の音がして……っていうような。腕っこきの録音技師に世界中の奥地に行ってもらって、素晴らしいマイクセッティングで録音してさ。それをあとから聴いてみたら、「これは!」って驚くようなトラックがあるんじゃないかなあ。その音源を映像と連動させて、360°見渡せるVR映像で空間ごと完全に再現する。そうやって1人きりの世界を体験させるものなんだよ、ハイレゾとかVRってものは。単純に「ハイレゾだから」「VRだから」すごいなんてことはなくて、本当に大事なのはコンセプトの部分なんですよ。やりましょうよこれ、「Alone」っていうシリーズでさ(笑)。
一同 あはは(笑)。
「1人になる」というぜいたく
いとう 俺は今プレゼンしてますよ(笑)。疲れて家に帰ってきて、1時間でもそれを聴きながらお酒でも飲んだら、癒えるどころの話じゃないと思う。音楽を聴く行為はつまり「1人になる」という欲望を満たしてるんだっていうのが、僕が最近行き着いた結論なんですよ。オーディオとかラジオの場合は別だけど、ヘッドフォンで何かを聴く以上、人は1人になりたいんだと。
──確かにそうかもしれません。
いとう その時間だけは誰とも連絡を取らない、SNSも見ない。昔から「否アクセス権」って呼んでいるんだけど、アクセスしない・されない権利が個にとってどれほどリッチなことか。その間に考えたことで自分を立て直したり、反省することができるじゃないですか。そういう1人の時間を与えられるのが音楽とか映像、小説だと思うんです。そういうメディアの本質を考えていくと、やるべきことというか、まだまだやっていないことがたくさんあるんじゃないかと思いますよね。
遠藤 「Alone」シリーズ、面白そうですね。
いとう 俺は一視聴者でもいいから、ピーンときた腕のある人たちがいたらぜひやってほしいですよ。
実川 せいこうさんは携わらなくてもいいんですか?
いとう 俺はマイクの立て方とか映像の撮り方とか、わからないですから。それに例えプロデューサーになったとしても、じーっとアマゾンの音を聴きながら「今の違うなあ」とかないわけじゃないですか、自然に対して(笑)。そういう作品が出ることが自体が俺にとっての富だし、リスナーとして夢が叶ったらそんなにうれしいことはないですよ。
蔦壁 そうなんですね。
いとう 大体さ、Kindleでどうしてあんなにマンガが売れているかって、1人でマンガを読む時間が至上の喜びになっているってことだと思うんですね。みんなそれくらい疲れてるんだよ、社会に対応することに。俺たちもそうじゃないですか(笑)。そんな中「この時間だけは誰にも渡さない!」と思わせるような1時間なり2時間を、我々がどう提供できるか。そう考えると「俺たちけっこう人の役に立つことやってるじゃん」って、そう思うんですよね。
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- ハイレゾ音源大賞
- ハイレゾ音源配信サイト「e-onkyo music」、「mora ~WALKMAN®公式ミュージックストア~」、「OTOTOY」、「VICTOR STUDIO HD-Music.」の5サイトが、その月にリリースされたハイレゾ音源の中から1作品を推薦。毎月変わるセレクターが最も印象的だった作品を「ハイレゾ音源大賞」に選定する。
- いとうせいこうが選んだ2017年1月度の1枚はこちら
いとうせいこう
1961年3月19日生まれ、東京都出身。早稲田大学在学中からピン芸人としての活動を始動し、出版社の編集を経て、音楽や舞台、テレビなどの分野で活躍。1988年には小説「ノーライフキング」を発表。その後も執筆活動を続ける一方で、宮沢章夫、竹中直人、シティボーイズらと数多くの舞台・ライブをこなす。2009年7月、□□□に正式メンバーとして加入。2016年9月にはTINNIE PUNXとの連名で発表したアルバム「建設的」が30年の時を経て再発され話題を呼んだ。2017年2月18日より、みうらじゅんとのトークイベント「ザ・スライドショー」の模様を収めた記録映画「みうらじゅん&いとうせいこう 20th anniversary ザ・スライドショーがやってくる!『レジェンド仲良し』の秘密」が公開される。