メロディに引き出された言葉たち
──せっかくなので今話題に挙がった楽曲提供アーティストの皆さんについてもお話を伺えればと思います。まずオープニングナンバーの「BLINK」ではceroの髙城晶平さんが作詞を手がけていますね。
畠山 冨田さんから曲を先にいただいていたんですけど、「この曲になめらかな日本語を乗せるにはどうしたらいいんだろう」という話になったときに髙城さんのお名前が挙がったんです。私もceroの作品をすごくいいなと思っていたので。
冨田 髙城さんには、冨田ラボの「SUPERFINE」(2016年)というアルバムにボーカルと作詞で参加してもらった縁もあったので。
──冨田さんは、「SUPERFINE」発表時のナタリーのインタビューで髙城さんの言葉の選び方にシンパシーを感じるとおっしゃっていました(参照:冨田ラボ「SUPERFINE」インタビュー)。
冨田 髙城さんの歌詞は、言葉の選び方に品があるんです。作詞の作業って、メロディに言葉数を合わせるために品を犠牲にしなければいけないときがあるんですね。だけど、髙城さんは品を損なわず耳に残る言葉を選べるし、ストーリー的にも印象に残る歌詞を書ける。すごい才能だと思います。
畠山 確かに独特な品がありますよね。「トウカエデ」という植物の名前をさりげなく歌詞に使ったり。歌ってても気持ちよかったです。
──そしてKIRINJIの堀込高樹さんは今回、「口唇には歌を」で作詞作曲、「ふたりの出来事」で作曲を手がけられています。まず「口唇には歌を」ですが、歌詞の世界がものすごく官能的というか……。
冨田 エロいですね(笑)。
畠山 あははは。
──例えば初期キリンジの楽曲「野良の虹」に出てくる「七曲がりなセックスを楽しんだものさ」というフレーズだったり、高樹さんはエロティックな描写をさりげなく歌詞に盛り込んでくることがありますよね。
冨田 そう、高樹くんの歌詞にはエロティシズム路線がありますもんね。
畠山 この曲は、すごく赤裸々な歌詞だったから、なじむまで恥ずかしさもあったんですけど、何度か歌っているうちに気にならなくなってきて。たぶん高樹さんが表現のバランスを考えてくれたと思うんですけど。特に「生きるとはこのこと」っていうフレーズとか、このメロディに乗せて歌うとすごくグッとくるんですよ。
──もう1曲の「ふたりの出来事」は作詞が畠山さん。「口唇には歌を」の艶やかで官能的な世界観とは打って変わって、この曲では学生時代の淡い恋の風景が描かれています。
冨田 僕はこの曲の歌詞を読んで、畠山さんってすごく歌詞が上手だなと改めて思ったんですよ。
畠山 えー! うれしい! ちょっと……ウーロンハイください、みたいな(笑)。
──今すぐ祝杯あげちゃいますか(笑)。
畠山 あはは。でも、それぐらいうれしいです。
冨田 いや、本当に上手ですよ。
──そのうまさというのは具体的にはどういうところなんでしょう?
冨田 畠山さんはシンガーなので、今回ももちろん自分が歌うにあたってマッチする言葉や表現を選んで書いてるとは思うんですけど、そこを差し引いても言葉選びや情景描写だったり、作詞家としても優れていると思いますよ。今回のアルバムでいえば「二人の出来事」もそうだし、「会いに行く」の歌詞も、すごくいい。
畠山 メロディによって言葉が引き出された部分もあると思うんです。自分で曲を書いたら、たどり着けないような場面に導いてもらったような気もするし。
冨田 人のメロディに畠山さんが歌詞を乗せた曲がこうして並ぶことによって、作詞家としての彼女の才能を再認識させられました。今回のアルバムは、そこにも注目して聴いてもらえるといいんじゃないですかね。
畠山 うれしい。今夜はむせび泣いちゃうな(笑)。でも、中には「書けるかな……」って思った曲もありましたよ。
冨田 歌詞で悩んでた曲がありましたよね。
畠山 「フルデプス」かな? ずっと悩んだ末に言葉がメロディにハマると、まるでカギがカチャッと開いたような、なんとも言えない喜びがあるんですよね。
物語を伝えるための歌唱法
冨田 畠山さんの歌詞ということで今、もう1つトピックを思い出したんですけど、今回のアルバムに入ってる「ソングライン」という曲は詞先なんです。畠山さんに1番の歌詞をいただいて、それにメロディを付けていって。
畠山 で、私は作っていただいたメロディを元に2番の歌詞を書いたんです。詞先は冨田さんがやってみたいとおっしゃったんですよね。
冨田 僕は詞先で曲を書くのが好きなんですよ。「Lush」にも詞先の曲が1曲ありましたし。限定されたテーマが最初からあるんで、詞先って作曲家にとって実は取っかかりやすいんです。
──そうなんですね。
冨田 「自由にカッコいい曲を書いてください」ってオファーされるのが一番困る(笑)。何から手を付けていいんだろうって。ちょっとしたキーワードがあるだけでも、そこから思い浮かぶメロディなりサウンドなりがあるんで作曲しやすいんですよ。
畠山 私も言葉が先にあったほうが曲を書きやすいかも。
冨田 ですよね。特に今回はしっかりとした歌詞が最初にあったんで、すごくイメージを膨らませやすかった。
畠山 でも「ソングライン」は曲を聴いてびっくりしました。あの言葉から、こんな素敵な曲ができるなんて。今までにない、曲との出会い方でしたね。
──畠山さんがPort of Notesの小島大介さんと共作した「チャイナタウンの朝」についてはいかがですか。
畠山 「こういう曲があるんですけど、すごく気に入ってて」って冨田さんにお話ししたらアルバムに入れてもらえることになって。それでアレンジを考えてくださったんですけど。
冨田 アレンジ済みの音源を渡したら畠山さんから電話があったんですよ。「私がそのときに抱いていた心象風景とぴったりすぎて怖いです」って。
畠山 この曲は幼少時に祖父に連れられて歩いた横浜中華街での記憶がテーマになってるんですけど、冨田さんにいただいた音源を聴いたら当時の感覚が蘇ってきて。まるで異次元空間に連れてかれるような感覚というか。この曲に関しても、私からは特に「こういうアレンジにしてください」とか言ってないのに、鮮明に楽曲の世界観を構築してくださって。
冨田 いただいたデモには普通にコード進行があったんですけど、アンビエントなアレンジにしたほうがいいかなと思って。それで歌のガイドラインとしてトラックにピアノのコードを入れておいて、歌入れが終わってからピアノだけ外したんです。
畠山 童謡の「赤い靴」とか、横浜ってちょっと怖いイメージもあるじゃないですか。この曲には、そういうイメージもあったんです。
──そしてアルバムの最後を飾るのが、いきものがかりの水野良樹さんの作詞作曲による「愛はただここにある」。この曲は水野さんらしい歌謡色の強いドラマティックなナンバーですね。
畠山 最初に曲を聴いたとき、実はどういうふうに歌っていいかわからなくて。楽曲の場面展開も多いし、歌い方についてちょっと悩んだんです。でも冨田さんが「シャンソンみたいな感じで歌うといいんじゃないかな」というアドバイスをくださって。
冨田 この曲は展開が多くてメロディがどんどん情報を提示していく、いわゆる王道の歌謡曲的な作りなんですよ。また、曲もわりと長いので、そういう構造の中でメロディを追いながら歌っていくにあたって、畠山さんの持ち味が一番出る歌い方を考えていたら、この曲をシャンソンと捉えたほうがいいんじゃないかと閃いたんです。
──なるほど。
冨田 シャンソンって、聴き手に物語を伝えることを最優先しているイメージがあるんです。物語を伝えるためにメロディが付いているというか。実際、畠山さんに“シャンソン”というキーワードを提示したら、思い切り歌い上げるような場面があったり、メロディよりも言葉に対する集中力が増すような場面があったり、場面場面で歌の抑揚がうまく付いた気がします。
畠山 最初は全体的に歌い上げたほうがいいのかなとか考えてたんですけど、“シャンソン”というキーワードをいただくことによって曲に対するアプローチが見えてきて。
冨田 メロディの展開が多い楽曲だと、そのあたり考えますよね。ずっと歌い上げていくスタイルだと楽曲の一番大きな盛り上がりのときに、どこまでエネルギーを注ぎ込んだらいいのかとか歌入れの際に悩んでしまうと思うんです。でも言葉に寄った箇所を楽曲の中に作ることで、畠山さんが絶妙な歌唱をしてくださったので。
畠山 冨田さんは、あの時期、クミコさんのプロデュースもされていたので、“シャンソン”というキーワードを思いつかれたのかもしれないですね。
冨田 ああ、言われてみると確かにそうかもしれないです。
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シンガーとしての新たなトライアル