畠山美由紀が5年6か月ぶりとなるオリジナルアルバム「Wayfarer」を12月14日にリリースした。
アルバムのプロデュースを手がけたのは、かねてから畠山と親交の深い“ポップマエストロ”冨田恵一。リズミカルなエレクトロポップや艶やかで官能的なR&B、幻想的なアンビエントチューンなど、冨田の構築するカラフルなサウンドスケープの中で、畠山はこれまで以上に表情豊かな歌声を披露している。今作の発表を記念して音楽ナタリーでは畠山と冨田の対談を実施。髙城晶平(cero)、堀込高樹(KIRINJI)、小島大介(Port of Notes)、水野良樹(いきものがかり)といった豪華作家陣が参加したアルバムの制作背景や、それぞれの歌に対する思いをじっくりと語ってもらった。
取材・文 / 望月哲 撮影 / 須田卓馬
ボーカルに対するイメージの相似
──まずは、お二人の最初の接点から教えていただけますか?
冨田 たぶん冨田ラボの1stアルバム「Shipbuilding」(2003年2月発表)にボーカリストとして1曲参加してもらったのが最初じゃないかな。僕は同時期に出た畠山さんの2ndアルバム(2003年8月発表の「WILD AND GENTLE」)でも3曲でプロデュースを担当してるんですけど、確か先に録音したのは冨田ラボのアルバムに収録した「耐え難くも甘い季節」だったと思います。いろんなシンガーを迎えてアルバムを1枚作るにあたって、ぜひとも畠山さんに参加してほしくて。とにかく歌声が素晴らしいなと思ったので。
──最初にお聴きになられたのは畠山さんのソロ楽曲でしたか? それとも畠山さんがボーカリストを務めているPort of Notesの楽曲を?
冨田 たぶんPort of Notesだと思います。それでオファーしたら快諾していただけて。
──初めて会ったときの畠山さんの印象は?
冨田 わりとソワソワしてる人だなっていう印象でした(笑)。
畠山 えー、そうだったんですか(笑)。
冨田 歌声の感じだと、すごく落ち着いた印象があるじゃないですか。でも、実際会ったらソワソワしてた(笑)。こういう感じだからこそ、さっと意識を切り替えて歌に集中できるのかなと思った記憶があります。
──ボーカリストとしての印象はいかがでしたか?
冨田 柔らかいんだけど、すごく芯がある歌声の持ち主ですよね。僕はいろんなタイプのボーカルが好きだけど、基本的に芯がある声が好きなんです。畠山さんは、まさしくそのタイプで。だから冨田ラボの1stアルバムに畠山さんの歌声はマストでした。
──畠山さんは当時のことを覚えていますか?
畠山 はい。もちろん冨田さんのことも存じ上げていましたし。なぜかというと、当時、中島ノブユキさんやLITTLE CREATURESの鈴木正人くんとか周辺のミュージシャンの間で、「打ち込みで、生演奏に近いハイクオリティな曲を作ってる人がいる」って冨田さんのことが噂になっていたので。だからオファーが来たときは、「『トミタさん』って、あの冨田恵一さんですか?」って驚きました。ただ、今もそうなんですけど、初めてお会いしたときから特に緊張はしなかったんですよ。
冨田 意外と緊張させないタイプでしょ?(笑)
畠山 はい(笑)。もちろん歌入れのときにはそれなりの緊張感がありますけど、冨田さんとのレコーディングでは純粋に楽しみのほうが多いんですよ。
冨田 まずレコーディングに入るまでの喋りが長いもんね。
畠山 あははは。そうそう。
冨田 雑談がとにかく長い(笑)。最近あったニュースとか芸能界の話とか、ひとしきり話してからレコーディングに入るっていう。
──雑談を交わすことでリラックスする部分もあるわけですよね。
畠山 もちろん、それはあると思います。
冨田 でも雑談は長いけど、歌入れはすぐ終わるので。畠山さんは4時間も5時間も歌入れにかかるタイプじゃないから、毎回1時間とかでレコーディングが終わっちゃうんです。あの雑談タイムは、そのための助走みたいなものかな。
畠山 そうですね(笑)。今回のレコーディングでは、何回か歌っていくうちに冨田さんとの間で徐々にコンセンサスが取れていくような感覚があって。だから歌入れもスムーズに進んだんじゃないかな。最終的にテイクを選んでくれるのは冨田さんなんですけど、なんとなく途中で「こんな感じかな?」みたいに思える瞬間が毎回あったんです。私が「今の歌いいかも」って思ったら、冨田さんも「今のテイクいいですね」って言ってくださることが多くて。
──冨田さんの中でジャッジメントの基準はあるんですか?
畠山 あ、それ私も聞いてみたいです。
冨田 具体的に「ここ」というポイントはないんですけど、畠山さんがこの歌をこう歌ったらベストなんじゃないかというのは、曲調と歌詞の感じで大体イメージできるし、彼女の歌がそこから大きく外れるということもないので。その中から一番いいテイクを選ぶ感じです。
畠山 すごく不思議なんですけど、「この曲はこんなふうに歌ってほしい」とか冨田さんから言われたことってないんですよ。
冨田 うん。まったく言わないですね。
畠山 ご自身の中でもボーカルに対するイメージが絶対にあると思うんですけど、たぶん、そのイメージがすごく似ているんですかね?
冨田 そうだと思います。だから、楽曲に対するビジョンが2人の間でズレることが最初からないんですよね。そこはすごく重要で。例えば、僕が「こういう歌唱をしてもらえたらいいな」と思い浮かべたものが、畠山さんがすごく無理をしなきゃできないことであるとか、もしくは全然彼女のキャラクターにないものだとして……たぶん、そういう曲を作ることはできるし、彼女も歌いこなしてくれるんでしょうけど、それは畠山さんの表現として決していいものではないですよね。彼女が自然体でベストな力を出してくれれば、間違いなくいいテイクになるので。
──プロデューサーとの間で感覚的なズレがないというのは、シンガーとしてはすごく心強いですよね。
畠山 そうなんです。安心してジャッジメントを委ねられるというのは、すごく大きなことなので。だからこそリラックスして歌入れに臨むことができるんだと思います。
紆余曲折のレコーディング
──話が前後してしまうんですが、今回そもそも、どういった経緯で冨田さんがアルバムのプロデュースを手がけることになったんですか?
冨田 そもそものきっかけは、僕がプロデュースしたbirdの「Lush」(2015年)というアルバムが出たときに、畠山さんが「すごくよかったです」と言ってくださったことで。
畠山 本当にすごいアルバムで、「birdちゃん、うらやましい!」って思ったんですよ。それで次のアルバムではぜひ冨田さんにプロデュースをお願いしたいなと思ったんです。
──birdさんのアルバムのどのあたりにグッときたんですか?
畠山 冨田さんのサウンドによって、birdちゃんの新たな魅力がどんどん引き出されている気がしたんです。「え、こんな歌い方もするんだ!」って。それぞれの楽曲はもちろん、作品全体の世界観が素晴らしくて、アルバム自体のファンになっちゃったんですよね。サウンドスケープが広いというか。
──そこに自分も入ってみたいと?
畠山 そうですね。冨田さんとアルバムでご一緒できたら、どんなことになるんだろうって。
──アルバムの作業はどんな感じで進んでいったんですか?
畠山 まず冨田さんのスタジオにお邪魔して、自分が最近聴いてる音楽についてお話しして。でも、私が最初に「こういう雰囲気にしたいです」って伝えた感じと、完成したアルバムは全然違うものになっているんですけど。
──最初はどんなイメージだったんですか?
畠山 どうだったかな。確かソウルとかR&Bっぽい感じにしてほしいと伝えた気がしますね。
冨田 うん。ソウルっぽい感じにしたいと言われた記憶はあります。あとディスコブギーっぽい曲を聴かせてくれて。あれは誰だったかな……。
スタッフ マドンナの「Hard Candy」に入ってる、カニエ・ウエストがラップで参加した曲(「Beat Goes On」)です。
冨田 そうだ! なので、すごく意外だったんですよ。畠山さんって、オーガニックな雰囲気の曲をずっと歌われてきた印象があったから。birdの「Lush」も、わりとエレクトロ色の強い作品だったし。だから今の畠山さんは、オーガニックな音楽だけじゃなくて、もっと違うことをやりたいんじゃないかなと思ったんです。
畠山 確かにそういう会話をしましたね。
冨田 ちなみに、こないだ気になってパソコンの作業ファイルを調べてみたら、今回のレコーディングに関する一番古いファイルが2015年の年末のものだったんですよ。もう3年前だった。
畠山 そんな前なんだ(笑)。
冨田 それで、いざアルバムの作業がスタートしたんだけど……その後、紆余曲折があったのを覚えてます?
畠山 確か初期の段階で冨田さんにトラックを作ってもらいましたね。
冨田 そう。僕が組んだビートに畠山さんがメロディを付けてみたいとおっしゃったんで、トラックを作って渡したんですよ。最初はそういうやり方を試してみようということになったんですけど、うまくいかなくて。
畠山 せっかくトラックを作ってもらったのにお蔵入りになっちゃったんですよね。本当に申し訳ないです。
冨田 全然、大丈夫です(笑)。で、そのあとに、やっぱり曲を書いてくださいっていうことになって。
畠山 それで冨田さんが、「会いに行く」という曲を書いてくださったんですよ。その曲を2017年に渋谷のBunkamuraオーチャードホールでの15周年ライブで歌わせてもらったんです。
冨田 そうでしたね。最初は全曲、僕が作曲する流れで進んでいたんですけど、スケジュールの関係で全曲は難しいかもしれないということになって。そこで今回、少数精鋭ながら素晴らしい作家の方々に曲や歌詞を提供してもらったんです。
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メロディに引き出された言葉たち