春ねむり「INSAINT」ロングインタビュー|“ー般的で健常な男性”中心の社会を拒絶する「マッチョではないハードコア」

2022年のベストに挙げる人が国内外ともに多かったフルアルバム「春火燎原」に続き、春ねむりが6曲入りEP「INSAINT」をリリースした。

集大成的な傑作をものしたあとだけに、当時のインタビュー(参照:春ねむり「春火燎原」インタビュー)で「次はめっちゃ気の抜けたものを作りたい。延々四つ打ちみたいな」と笑っていた春ねむりだったが、意外にも今作では全曲バンドセットでのレコーディングを敢行。しかし奇妙さと荘厳さとバイタリティを兼ね備えた独創的な音作り、強烈なメッセージ性はバンドでも健在である。

2023年も海外での活躍が目覚ましい春ねむりに、音楽ナタリーは4度目のインタビューを実施。渾身の6曲についてたっぷり話してもらった。

取材・文 / 高岡洋詞

ハードコアやポストハードコアが抱える「マッチョすぎる」という大きな問題

──ラッパーとして登場したときから、自分の音楽はロックだ、ハードコアだと言っていたねむりさんが、今作で正面切ってバンドサウンドを打ち出したのはやはり印象的ですね。

前作の「春火燎原」は今までやってきたいろんなコンテクストの複合体だったと思うんです。多岐にわたる要素を抽出して単一の文脈を作ろうと思って、実際にそれができたので、「次は何しよっかな……」みたいになって(笑)。引き算というか、「どこまで要素を減らして春ねむりをやれるのか」っていう単純な疑問も前からあったし、前作はけっこう頭を使って作ったので、今回はルーツに戻って「出てくる音」をやってみたいなと思ったんです。で、やってみたらハードコア、ポストハードコアあたりのサウンドになって。「やっぱそうなるよね。じゃあこれで作ってみるか」と思ったときに、今度は「春ねむりが2023年にわざわざハードコアやる意味ってなんなんだろう」という疑問が生まれてきました。ハードコアやポストハードコアって、「マッチョすぎる」という大きな問題を抱えていると自分は思っているんですね。私自身、そのカルチャーに育てられてきたから、自分の中にもマッチョイズムをめちゃくちゃ感じるんですよ。私はよく「怖い」って言われるんですけど、その怖さってたぶんそのへんから来てるんですよね。強すぎる。魂が強すぎる、オレの(笑)。「春火燎原」までは「カッコつけてカッコよくなる」ということをけっこうしてきた自覚があって、そろそろ「カッコつけられないという強さ」について考えていくべきなんじゃないかと思ったタイミングでもあったので、とにかく解体していこうと。その先にも春ねむりが残るならそれは本質だろう、みたいな。要素を極限まで削っていくことによって、今までハードコアやポストハードコアが持ってきた「強さ」の意味の書き直しみたいなことができるんじゃないかな、と思ったわけです。

──ちょっと待ってくださいね。ひと息で話されましたが、すでに重要な文脈がいくつか出てきて、ついていくのがやっとです(笑)。

春ねむり

話、長いですよね(笑)。私は作品を作る作業の段階でこのやりとりを自分の中でも何回もしてきたし、マネージャーやミュージシャンとも何回もしてるから、言葉にできちゃうんですけど。

──すみません、初耳だったもので(笑)。統合と解体の話から整理していきたいんですが、前作のインタビューで「次はめっちゃ気の抜けたものを作りたい」と言っていましたよね。

「延々四つ打ちとか」って言ってましたよね(笑)。今年はコラボが多くて、すでにリリースされているのはJaguar Jonze(「ANGRY ANGRY」「don't call me queen」)とAFSHEEN(「No Muse」)だけですけど、そっちがけっこうリフレッシュになってるんですよ。会って話して、その人と影響を与え合いながらその場で曲を作っていくから、「普段の自分だったら絶対にこの音は入れないけど、この人となら入れてもいいか」みたいな感じでやれたんですよね。気楽っていうか。そういうこともあって、「次に春ねむりとして出すまとまった作品はどんなやつなんだろう?」という考えに移りやすかったのかもしれないです。

春ねむり
春ねむり

スネアに鉄パイプを立てた先にマイクをセットしたり、バスドラムの足を外してフロアタムみたいに置いたり

──レコーディングでもいろいろ新しい試みをされたそうですね。僕はSNSを通して断片的に見ただけですが。それも「解体」の一環なのかもしれないなと。

ほぼギター、ベース、ドラム、歌だけで縛って作ろうと思って、デモを作って、6曲分のプリプロをやったんですよ、普段歌を録ってくれてるスタジオで。広くはないけど、ドラムも録れるには録れるみたいな。最初、ポストパンクみたいにめちゃくちゃタイトに録ろうと思って、自分でもミックスしてみたんですけど、「いいんだけど、曲のよさが最大限に出てないよな」と思って、「春ねむりを春ねむりたらしめてるのって、意外と空間の広さなのかな」と考え直したんです。本チャンRECに押さえてたスタジオがけっこう広いとこだったので、「じゃあ広めに録ってみようか」ということになりました。あと、「普通のバンドセットで録るだけだと曲のポテンシャルが100パー出ないね。今までほかのバンドがあんまりやってなさそうなことに取り組んでみてもいいんじゃない? バンドらしさを残しながらアップデートしていくのが必要なんじゃね?」ってマネージャーに言われて、「じゃ、録り音にこだわってみるか」と。

──ああ、それでいろいろな試みを。

バスドラムって標準は22inchらしいんですけど、口径の大きいのを探して、レコーディングエンジニアさんに紹介していただいたドラムテックの小寺良太さん(ex. 椿屋四重奏、moke(s))に24、26、28のを全部お借りしたり、金属製みたいなスネアとか、切り込みの入っためちゃくちゃサステインの長いシンバルとかを持ってきていただいたりしました。とにかくドラムの音作りに苦労しましたね。初日は音作りの試行錯誤だけで終わってしまいました(笑)。

春ねむり

──録り方もいろいろ工夫されたんでしょう。

ミスチルの曲でバイクのマフラーをスネアの上に立てて録った曲があるって教えてもらって(「Dance Dance Dance」)、鉄パイプを買ってきてスネアに立てて、その先にマイクをセットして録ってからコンプをガチガチにかけたりとか、26inchのバスドラムを2連で置いて、その先にマイクを立てて空間を広げたりとか、バスドラムの足を外してフロアタムみたいに置いて、ドラマーの人にティンパニ奏者みたいに叩いてもらったりとか、ルームマイクの外側に金属製のトタン板を立てて反響をメタリックにしたりとか。ギターも弾いたあとにすぐに弦を押さえないとウァーンってなっちゃうぐらい歪ませたりもして、基本的なバンドセットでどれぐらい変な音が出せるかっていう実験をひたすらしました。普段自分が何気なくDAW内でやってることを物理的にトライした感じで、すごく新鮮だったし、その1カ月ぐらいは、バンドマンよりもバンドの音について考えてたと思います(笑)。だからバンドで今、第一線で戦ってる人は本当にすごいと思いましたね。

春ねむりのバックバンドが全員めっちゃ年上の男性だったらイヤじゃないですか?

──バンドはどういうメンバーなんですか?

ドラムは、前作でも「あなたを離さないで」や「祈りだけがある」で叩いてくれた尾日向優作さんです。ライブでも叩いてもらってるんですけど、「バスドラムを倒してタムにして叩いてみない?」みたいなことを急に言い出してくれるところが好きです(笑)。自分にとってはいい友達で、何を考えて曲を作ったかという話をちゃんと受け取ってくれる人なんですよね。

──アイデアを出してもらって一緒に制作した感じですね。

「こういうのどうですか、っていうアイデアがあったら言ってください」って伝えてました。ギタリストは2人いて、バッキングが前作の「シスター with Sisters」にボーカルで参加してもらった長嶋水徳 - serval DOG - さん。シンガーソングライターなんですけど、前にやっていたMINOR THIRDっていうバンドをそもそも私が好きになって普通に観に行ってたんですよ。ギターの音がとにかくカッコいい。うまいとかヘタとかは正直わかんないんですけど、音採用です(笑)。リードギターのHiiroさんはFall of Tearsっていうバンドをやっていて……。

──去年、「Jasmine(feat. 春ねむり)」という曲で共演していましたね。

そう。それまで面識なかったんですけど、ライブをめっちゃ観に来てくれて、物販で毎回「フィーチャリングしてほしい」って話しかけてくるんですよ(笑)。「DMで済むのに、今どきわざわざこんなに現場に顔出す?」ってびっくりして、バンドマンの端くれとしては「この熱意に応えなかったら人間がすたる」と思って客演させていただいたことがありました。その曲が入ってるEP(「Never forget, Never regret.」)のレコ発に対バンで呼んでいただいて、ライブを観てたら、感情が高ぶりすぎたHiiroさんが最終的に弾くのやめてギターを持ち上げてて、もはやノイズしか出てないのが最高すぎて(笑)。長嶋さんは「私がめっちゃ好きな人」なので、もう1人のギターは「私の音楽をめっちゃ好きな人」に頼みたかったというのもあります。

──ああ、なるほど。

ベーシストはピック弾きの人か、もしくは指弾きでもピック弾きぐらいアタックの強い人がいいなと思ったんですけど、マッチョじゃない人となると本当にいなくて、探すのに大っ変難航しました。結局、募集に応えて連絡をくれた石丸航さん(Bearwear)という方にお願いしたんですけど、もともと知り合いの知り合いみたいな関係で。知り合いづてにくれたメッセージを読んで、音楽的なことも、アクティビズムのことにも、ちゃんと興味を持って連絡くれたことがわかったので、お願いしたいなと。ピック弾きだし、怖くなかったし(笑)。

春ねむり

──さっきおっしゃった「マッチョじゃないハードコア」のために、妥協なく集めたメンバーなんですね。

バンドセットで録ると決めたときに、いわゆるスタジオミュージシャンを集めるという選択肢がなかったんですよね。1つのバンドとして作るアルバムだから、ある程度メンバーとして意思を共有できる人じゃないと困るし、そもそも「プロです」みたいなおじさんたちと一緒にハードコアパンクのアルバムを作るのは自分の思想に反してないか?とも思ったし。あと、ライブも同じメンバーでやりたいなと思っていたので、イヤじゃないですか? 春ねむりのバックバンドが全員めっちゃ年上の男性だったら(笑)。「結局そうなんだ」って、高校生の私が見たら思っちゃいそうで。同じプロセスを踏んだ結果メンバーが年上の男性だけになってしまう可能性はもちろんあったんですが、実際ならなかったし。うまいとかヘタとか正直わからずに頼んだんですけど、結果、すごくよかったと思います。曲ごとに書いたクッソ長いセルフライナーノーツを読んでもらって、「こういう気持ちで、こういう背景があって作ってますよ」っていうところからガッツリ共有しました。

──いいですね。楽しそうな雰囲気は作品全体から感じます。

「人と相談しながら音を作るって、こんなに楽しいんだ」って感じました。いい音というか、カッコいい音を出してると思います。最初に録った「生存は抵抗」を聴いたときに「あ、勝ち確したかもしれん」って思いました。それまではどうしても音を間引くことへの不安があって、「曲がカッコいいからちゃんと面白く録ればカッコいいはず……大丈夫、大丈夫」って自分に言い聞かせてたんですけど、やってみてよかったと思います。何も考えないでよくある「バンドの録り方」をやってたらできなかったことだから。ミックスエンジニアさんとドラムテックの小寺さんの貢献がめっちゃ大きかったですね。ミックスが終わったあとだったかな、みんなでごはんを食べたときに、エンジニアさんが「いやー、グラミー獲ってもいいよな」ってしみじみ言ってたんですよ。「自分の過去のアーカイブで一番のものができた」って。一緒に音を作ってくれてる人がそう思うなら自信持っていいよな、と思いました。