春ねむり|奪われてることにもっと怒っていい

春ねむりが3月にニューアルバム「LOVETHEISM」(ラブジイズム)を配信リリースした。

2018年4月発売の前作「春と修羅」がフランスでアナログ化されるなど、国内だけでなく海外でも高い評価を得ている春ねむり。アジア5カ所、ヨーロッパ15カ所をツアーで回った2019年は彼女にとって飛躍の年となった。

その経験を経てリリースされた2年ぶりのニューアルバムでは、彼女ならではのトラック、彼女ならではのリリック、彼女ならではのボーカルで、彼女ならではの“愛”と“怒り”をこれまでになくストレートに歌い上げている。「LOVETHEISM」というタイトルの意味やそれぞれの曲に彼女が込めた思いは本文で確認していただきたい。

取材・文 / 高岡洋詞 撮影 / 笹原清明

海外からの反応で感じた音楽をやる意味

──前回のインタビュー(参照:春ねむり「春と修羅」インタビュー)の直後に海外でバズりましたよね。YouTubeでミュージックビデオを見ると、今やコメントが英語8割、日本語1割、その他の言語が1割みたいな感じで、英語圏での人気がすごい。ねむりさん自身よりも周囲が大きく変わったんじゃないかと思うのですが。

春ねむり

そうですね。まず外に行くことがすごく多くなりました。それは普通にうれしいことなんですけど、なんか“海外でがんばってる人”みたいな扱いも受けがちになってきて、「うるせえ、東京住んでるわ。そういうこと言ってるとマジで移住してやるからな」っていう気持ちになります(笑)。

──きっかけはなんだったんですか?

The Needle Dropっていう音楽レビューサイトがあって、そこの顔みたいなアンソニー・ファンタノっていう人がVlogで「春と修羅」を紹介して、その何カ月後かにはレビューもしてくれて高評価だったんですよ。それから向こうのメディアで取り上げられ始めました。

──彼はどこでねむりさんのことを知ったんでしょうね。

私もずっと不思議だったんですけど、半年くらい前に彼の友達だっていう人がインスタでメッセージをくれたんです。その人が日本のアンダーグラウンドな音楽が好きで、「僕がアンソニーに『春と修羅』を薦めたんだよ」って教えてくれて。

──9月には北米ツアーが組まれる(新型コロナウイルス感染拡大のため3月から延期)くらいアメリカにファンが増えた。そのきっかけが口コミだったというのはいい話ですね。

インターネットのない時代に生まれてたら起きなかったことだと思うから、インターネットマジありがたい……って思います(笑)。

──海外の人たちの多くは歌詞の意味はわからないわけですよね。そういう人たちが好きだって言ってくれるのはどんな気分ですか?

すごくうれしいです。歌詞は大事にしてますけど、中でも一番大事なのは歌詞のリズムで、リズムが気持ちよくはまるようにリリックを書いている時点で音楽だから。「何を言ってるかはよくわからないけど、気持ちはすごく伝わる」って言われると、音楽やってる意味あるなって思います。ヨーロッパツアーのときも「すごく落ち込んでるときに聴く」とか「学校に行きたくない日に聴く」とか言われて、言ってることはわからないはずなのに、聴くシチュエーションが私のこと好きな日本の人と一緒なんですよね(笑)。核の部分が伝わってるんだろうと思います。

──一方で違うところもあって、いくつかレビューを読みましたけど、日本よりも全体的に素直なのと、当たり前だけど音楽面に注目していますよね。

日本だと新しいものを作ってるって認識されないことが多いんですよ……って2年前のインタビューでも言った気がしますけど(笑)。向こうのレビューだと、実験的、アートロック、アートポップ、プログレッシブポップ、ハードコア、みたいなレビューが多くて、「私が目指してたものがちゃんと全部入ってる! 理解してくれてる!」みたいなうれしさがすごくあります。

絶望の度合いが深まるほど曲が明るくなっていく

──実は今日、1stミニアルバム「さよなら、ユースフォビア」(2016年10月発売)を聴きながらここに来たんですけど、4年前からめちゃくちゃ変わりましたよね。

恥ずかしい(笑)。すっごく変わりましたね。面白いなと思うんですけど、この世に対する絶望の度合いが深まれば深まるほど、曲が明るくなっていくんですよ。「救われたい」と思いすぎて。宗教画を描く人の気持ちがだんだんわかってきた気がします。現実が本当にゴミだからこそ、あんなに美しいものを描いたんだろうなって。

──変わっていないのは、歌を歌わない代わりにリズムと抑揚でメロディを紡ぐみたいな独特の手法です。言葉はめちゃくちゃ削っていますよね。

そうなんですよ。4年分、削るのがうまくなったと思います。

春ねむり

──作品を追うごとにロック的な明快さやエネルギーが前面に出てきてもいます。

うん。それはめっちゃあると思います。

──「LOVETHEISM」の収録曲は去年くらいからライブでやっていたのが多いんですか?

「Riot」はめっちゃやってますね。「ファンファーレ」「愛よりたしかなものなんてない」「Pink Unicorn」「LOVETHEISM」「海になって」はあんまりやってなくて、「りんごのうた」は1回もやったことがないです。一番古いのが「海になって」で、その次が「Pink Unicorn」ですかね。

──古いというとどれくらい?

「海になって」は2017年の9月に書いて10月にはライブでやってます。「愛よりたしかなものなんてない」は2018年4月だから、「春と修羅」のあとに最初に書いた曲かな。「Pink Unicorn」と「Lovetheism」と「ファンファーレ」は2018年8月、「Riot」は11月。「りんごのうた」がたぶん一番新しくて、2019年の7月です。レコーディングは去年の11月に一気にやりました。

──「LOVETHEISM」というタイトルにはどういう意味があるんですか?

辞書を引いていたら“theism”っていう単語があって、それだけだと有神論って意味なんですけど、別の言葉とくっ付いて「○○神信仰」みたいな意味になるんですね。例えば、monotheismだったら一神教、polytheismは多神教、atheismなら無神論、っていう感じで。今の世の中のいろんなことを解体して再構築する必要があると私は思ってて、宗教もその1つなんです。信仰のせいで人間は間違いを犯すじゃないですか。でも信じる気持ちは否定したくない。そう思って、「何に信仰が宿ったら間違わずにいられるんだろう?」って考えたら、「愛じゃね?」と思ったんですよ。愛そのものを信じられたら、存在を神様や他人に委ねなくてもよくなるから。もはやそれだけが“信じる”ということなんじゃないかと思って、“lovetheism”って言葉を辞書で調べたら出てこなかったから「造語? 勝ったわ!」って(笑)。アルバムタイトルになる前に曲があったんですよ。で、「アルバムタイトルどうする?」って話になったときに、7曲を束ねるのはこの言葉だなと思って「リードトラックじゃなくて申し訳ないんですけど、これにします」って。