はっぴいえんどアルバム再発特集|松本隆×児玉雨子 風街の言葉を巡る対話 (2/3)

歌詞とタイトルの関係性

児玉 あと、気になる歌詞と言えば、「かくれんぼ」(作曲:大瀧詠一 / 1stアルバム「はっぴいえんど」収録。1970年)。私は作詞の仕事を始めた頃からずっと、ディレクターに「曲の中で繰り返す言葉をタイトルにしなさい」と言われていて。でも、「かくれんぼ」の中には「隠れん坊」という言葉が1回しか出てきません。2番の歌詞の終わりのほう、「雪景色は外なのです なかでふたりは隠れん坊」。私も臆さず、こういうタイトルの付け方をしたいな、という憧れがあります(笑)。

松本 あははは。

児玉 愚痴みたいですけど(笑)、やっぱり「繰り返して出てくる言葉がキャッチーだから、それをタイトルにしよう」という流れでタイトルが決まりやすい。私は違う言葉をタイトルにしたいときもあるのですが、「じゃあ、なんで繰り返してるの?」とディレクターに訊かれると「ぐぬぬ……」となる。

松本 雨子さん、それはディレクターの言うことを聞きすぎ(笑)。

松本隆

松本隆

児玉 自分なりに譲れないことは譲ってないんですけどね。でも、強調したいことをタイトルに持ってくる、そういう国語教育をみんな受けてるんじゃないかって思うほど、そうなりやすい。「作者の言いたいことがそのままタイトルにあり、反復されるものである」って。でも本来は、「かくれんぼ」みたいな表現もありますよね。

松本 僕は詞を書くときに、タイトルをまず付けるんだ。

児玉 そうなんですね!

松本 書き進めている途中でタイトルが変わっちゃうときもあるけれど。ただ、映画の主題歌の場合、有無を言わせず曲名が決まっているようなこともある。昔は、主題歌も映画の題名と同じものが多かったんだ。例えば、薬師丸ひろ子が歌う「探偵物語」がそう。でも、歌詞を書いてる最中、「あ、タイトルって別になんでもいいんだ」と気付いた(笑)。だって「探偵物語」の歌詞って、映画の内容とまったく関係がないんだ。

決められたルールをいかに守り、いかに破るか

児玉 タイトルを先に考えてから歌詞を書くのは、はっぴいえんどの頃からですか?

松本 そうだね。タイトルを考えながら、同時に歌詞のこともボーッと考えていると思うけど。どうですか?

児玉 私はまず曲を聴いてイメージを膨らませていきます。

松本 曲先パターンだね。詞先で自由に書きたいと思うようなことはないですか?

児玉 逆に私はテーマが決められているほうが書きやすいんです。私、俳句が好きなんですが、言葉数が五・七・五とルールが先に決まっているじゃないですか。

児玉雨子

児玉雨子

松本 季語を入れなきゃいけないとかね。

児玉 そうです。あと、江戸時代に流行した俳諧(注:複数の俳人たちで、発句、脇句、連句と歌をつなげて詠んでいく。俳句の源流)は、「月の定座」や「花の定座」などお題があって、「この句では月の歌を詠います」とか、すごく細かいルールが決まっているんです。

松本 確か、松尾芭蕉がそこから出てきたんだよね?

児玉 そうです。芭蕉はそれで大成したと言われていて。中でも、芭蕉が蕉門とともに詠んだ俳諧「冬の日」の発句、「狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉」が私は大好きで。勝手なイメージとしては、「北風ビュービュー吹いてる中、竹斎のようにやってきたぜ、俺は」っていう(笑)。つまり、俳諧って雅な短歌に対するカウンターとして登場したので、「歌の世界に風穴あけるつもりで俳諧やるんで、ひとつヨロシク」っていう決意表明だと私は理解しているんです。

松本 面白いねえ(笑)。

児玉 はい、話が脱線してすみません(笑)。そんなふうに俳句が好きだったり、もともと楽器を演奏していたということもあって、メロディなり制約が先にあったうえで、それを守ったり、ときには破ったり、そうやって詞を書くのが私は好きなんです。

松本 そうすると、いいメロディと悪いメロディがあるでしょ。悪いメロディが来たときはどうするの? 悪いメロディというか嫌いなメロディというか。

児玉 ないわけではないですね(笑)。そういう場合は、あえて抒情的な歌詞を書いてみます。メロディを歌詞が光らせることもあるかと。そういうやりとりが楽しかったりするので、逆に「歌詞を先にお願いします」と言われたら、メロディを付けて渡しちゃったり。

松本 へえ。

児玉 ですから、私の場合、タイトルを付けるのは最後になるんです。タイトルって、一番いろんな人が口を出してくる部分ですし。

B'zが歌う運命だった「セクシャルバイオレットNo.1」

松本 僕は2000曲以上歌詞を書いたけれど、タイトルで何か言われた経験はないな。ただ、昔、化粧品のCMソングを書いたことがあるんだ。CMだから、サビに入れなくちゃいけない言葉があらかじめ決まってて。

児玉 「セクシャルバイオレットNo.1」(桑名正博 / 1979年)ですよね! 大好きな曲です!

松本 僕は「セクシャル」も「バイオレット」も「No.1」も、どれも嫌いな言葉なんだ。

児玉 あははは。

松本 筒美京平さんが曲を書いたんだけど、サビに嫌いな言葉が3つ重なってるから、最後に付け足しでサビをボソッと入れればいいやと思ったんだけど、それだとどう聴いてもインパクトが弱かった。それで、「これじゃあ売れないな」と思って。クライアントやレコード会社を全部無視して、京平さんに電話して「これだと地味だから、もう1曲作りませんか?」って。もう1曲作るということは、制作費が倍になるということだから、普通そんなことを作詞家と作曲家だけでは決められない。でも、時間がなかったし、しょうがない。それでサビで連呼しようって言ったの。あえて嫌な言葉を。そういう曲を作ろうよって。そうしたら、あの曲ができてヒットした(笑)。

児玉 松本さんのトリビュートアルバム(「風街に連れてって!」 / 2021年)にB'zが参加して「セクシャルバイオレットNo.1」をカバーされていましたよね。あれを聴いたときは、あまりにもピッタリですごいなと思って!

松本 B'zって、はっぴいえんどと正反対なバンドだと思ってたんだけど、あのインパクトはすごかった(笑)。

児玉 最終的にはB'zが歌う運命の曲だったんだなって(笑)。

松本 桑名正博くんもすごくいいボーカリストだったけど、稲葉(浩志)さんが歌うバージョンもよかったよね。

はっぴいえんど

はっぴいえんど

はっぴいえんど

はっぴいえんど

時を経て歌詞の意味が深まった「しんしんしん」

児玉 はっぴいえんどの頃は、詞を書いてるときに曲のイメージみたいなものはだいたい頭にあったんですか?

松本 大瀧さんの書いてくる曲は自分のイメージとなんとなく重なるんだけど、細野さんは毎回思っていたのと全然違う方向から攻めてきて(笑)。だから、当時はうまくいかないなと思うような曲がいくつかあったけど、50年経って改めて聴き直すと、すごくいいなと思えるようになった。例えば「敵タナトスを想起せよ!」とか「しんしんしん」とか(ともに作曲:細野晴臣 / 「はっぴいえんど」収録)。「しんしんしん」は、作った当時より今のほうが意味が深くなっているような気がする。特に福島の原発事故以降は。細野さんがライブでこの曲を何回か歌ったんだ。この歌詞の中に込めた意味を理解して歌ってくれたんだなって。

歌詞カードに目を落とす松本隆。

歌詞カードに目を落とす松本隆。

児玉 私は学生時代に趣味でバンドをやっていたんですが、音楽の仕事としては最初から専業作詞家としてキャリアがスタートしたんです。なので、1人で作業するということが基本になっているんですが、松本さんは、はっぴいえんど時代に、ほかのメンバーの方々に、「この歌詞は、こういう意味なんだ」と補足説明をしたりすることはあったんですか?

松本 一切しなかった。

児玉 じゃあ皆さん、それぞれで解釈して?

松本 そうだね。ただ、50年以上経った今、「ゆでめん」(注:1stアルバム「はっぴいえんど」)の詞を読むと若気の至りって感じがするんだけれど(笑)、「風街ろまん」は自分たちの想像以上に、作品がよかったから、それが原因でバンドが解散しちゃったんだ。「これ以上の作品は作れないんじゃないか」って。燃え尽きたのかもしれない、そこで。