羽生まゐご|音と小説で紡ぐ“時代に書かされた”物語

現代が生んだ“歪んだ存在”

──「魔性のカマトト」というタイトルの作品ではありますが、各楽曲で描かれているのは、3人の女性キャラクターの心情であり、実はカマトトという男性のキャラクターのことは詳細に描かれていないんですよね。

カマトトという人物は3人の女性の感情を引き出すために作られた存在、どちらかと言うと主人公は女の子3人なんです。3人はそれぞれ恋愛観が違って、カマトトを通して負の部分が浮かび上がってくる。

──ミュージックビデオは3曲公開されていて、それぞれ異なる登場人物が描かれています。まずは「鬼の居ぬ間に」で描かれている町子。

町子はとにかく素直で健気な子です。だからこそ誰にも疎まれないし、人に好かれる。あと、「魔性のカマトト」のMVは「魔性のカマトト」の作品世界の一瞬を切り取ったものではあるんですけど、「鬼の居ぬ間に」だけは例外的にMVの前半と後半で時系列が変わっているんです。

──2つの時系列は小説を読むとわかる作りになっていますよね。

はい。「鬼の居ぬ間に」は、途中から冬になります。2つの時系列で町子が何を考えているか、MVの途中で小包を置いていく人物についても書かかれているので、気になる人は小説を手に取ってもらいたいですね。

──「痣」のMVはあんずを主人公としたものです。

あんずの人物像は羽生自身理解しきれていないですね。ただ表現としては描きやすいキャラクターではありました。

──なぜ描きやすかったんですか?

あんずと同じように感情が暴走してしまう人物が現実世界にもたくさんいるからかもしれませんね。SNSをやっていれば、追い詰められて何か事件を起こしてしまう方や、自ら命を絶ってしまう方など、負の感情がもとになって起きた出来事がたくさん拡散されているじゃないですか。逆に言えば、そういう現実を目の当たりにして、書かざるを得なかったのがあんずという存在です。

──羽生さんが構想時に話していた大正時代と現代のリンクは、そういったところにあるわけですね。

はい。僕はそういう現実に対して、ただ「生きろ」というメッセージを伝えるのが正解だとも思っていないんです。僕がやりたかったのは、世の中にはあなたに近い人がほかにもいるんだよ、ということ。僕が書いた「魔性のカマトト」の作品世界はフィクションではありますが、そのもとになっているのは現実世界で暮らす人々なんです。だから作品を通じて、あなただけじゃなくて、いろんな人が同じように悩んでいることを伝えたかった。

──「痣」のMVは「鬼の居ぬ間に」のMVとはまったく異なる描かれ方をしています。出てくるイラストがどこか支離滅裂というか。

「痣」のMVで表現したかったのはあんずの頭の中なんです。追い詰められてしまったあんずの頭の中を切り取ったら、ぐちゃぐちゃだろうなと思って。ただ、ちゃんとバックグラウンドがあって、そこに至る経緯がある。いきなりおかしくなる人はいないですから。

林檎を描くために町子とあんずが必要だった

──最後の1人・林檎が描かれているのは「世界で一番じゃない貴方を愛したら」のMVです。

この曲は「魔性のカマトト」を作るに至ったきっかけの曲なんです。なんとなく作品の構想を考えているときにこの曲の歌詞が浮かんできて、そのとき、林檎とカマトトという登場人物が生まれました。この2人が本当に書きたかった。町子やあんずはそのあと生まれたんです。2人とも林檎を描くために必要なキャラクターでした。

──林檎は、町子やあんずよりもカマトトに近いところにいる人物ですよね。

林檎は現実的な考え方をする子です。好きという感情だけではうまくいかないことを知っている。カマトトのことが好きではあるけど、ライフワークとライスワークをきちんと考えて、カマトトとの将来があるかどうかを考えてしまう女性なんです。そこまで考えてパートナーを選ぶ女性って多いんじゃないですかね。特に現代ではこういう考え方を持てるかどうかが大事になりつつあるというか。

──3作品ともMVを手がけているのは瀬川あをじさんですが、「世界で一番じゃない貴方を愛したら」に関してはイラストのタッチがほかの2作品とは大きく異なります。

あをじさんは主にボールペンで絵を描く方なんですが、このMVに関してはどうしても温かみのある動画にしたかったから鉛筆で描いてくれるようお願いしたんです。僕がこの曲で伝えたかったのは歌詞で、なるべく余計なものを排除したかったから、色とかも付けてもらわなくていいと思っていて。背景も最低限にして、男と女の対比だけが描ければいいかなと。

──動画を手がける瀬川さんには「魔性のカマトト」の作品世界をどう伝えたんでしょうか?

「魔性のカマトト」の作品世界はあをじさんと一緒に作ったんですよ。僕は絵を描く表現ができないから、テキストとイメージラフをまずあをじさんに渡して、それを整えてもらって完成したのが「魔性のカマトト」の世界なんです。お互いに当時の時代背景を勉強して、いろいろアイデアを出し合いながら生まれたのが「魔性のカマトト」の舞台である架空の街・アネモネ商店街。イメージとしては長崎の出島がベースにあって、港町なので海外のものがいろいろ入ってきて、和と洋の要素が混ざり合う街。あをじさんがいなければこの街はきっと生まれなかったので、本当に感謝しかないですね。

──次の作品の構想などはすでに考えているんですか?

すでに構想はありますね。「魔性のカマトト」と同じような手法にさらに手を加えて表現できないかな、と考えています。今回初めて小説を書いてみて、この表現はもっと突き詰めてみてもいいなと思ったんですよね。なので次回も小説は書いてみたいと思っているし、それ以外の表現も探して試したいです。

──いい意味で音楽へのこだわりはそこまでないわけですね。

僕の中で音楽を作っている感覚はあまりなくて、お話を作っているだけの感覚なんです。だから楽しいし、伝え方がほかにあるならそれを試したい。なので次もきっと何か新しいことに挑戦すると思います。

猫イラスト
参加クリエイターからのコメント
瀬川あをじ

時代背景や男女の関係性をはっきり表現している部分、また、ボーカロイドを使用するのではなく、人(猫屋敷さんやSouさん)に歌っていただくところがこれまでの曲とは違い新鮮でした。しかし、ただ登場人物の不幸を単調に述べるストーリではなく、視聴者の心の拠り所となるような曲であるところは変わっていないように感じました。
「魔性のカマトト」発売おめでとうございます。これからも素敵な作品をいち視聴者として楽しみに聴かせて頂きます。このような素晴らしい企画に携われたことをうれしく思います。ありがとうございました。

猫屋敷

今回、羽生まゐごさんの「魔性のカマトト」という素晴らしい作品に参加させていただき感謝の気持ちでいっぱいです。
まゐごさんの楽曲世界観に少しでも彩りを加えられるように精一杯歌いました。たくさんの人に聞いてもらえたらうれしいです。
まゐごさんリリースおめでとうございます!