花澤香菜×サウンドプロデューサー北川勝利インタビュー、作家陣10名のコメントで紐解く「追憶と指先」 (2/3)

私の声が時空を移動している感じ

──「タイムマシーンは突然に」は、Hair KidさんとQ.iさんからなるエレクトロユニット・Milk Talkの提供曲ですが、この人選はどういう経緯で?

北川 X(Twitter)のタイムラインにMilk Talkのライブ動画が急に上がってきて、「なんだこれは?」と思ったんですよ。基本的にはエレクトロの人たちなんですけど、ライブ映像を観るとHair Kidがすごくメタリックなギターを弾いたりもしていて。

花澤 へえー!

北川 レコーディング風景の動画を観たらシンセをいっぱい重ねて録ったりもしてたから、すごくアナログな音にこだわりを持ってやってるんだなと思って。調べたら関西を拠点に活動しているらしいということで、ライブとかに行くのはちょっと難しいなと思ったんで、とりあえず「曲書いてもらえますか?」ってDMを送りました。

花澤 急にそんなDMが来て、さぞかしびっくりしたでしょうね(笑)。

北川 最初は「あ、はい……」みたいな感じだった(笑)。というところからスタートして、3人でリモート会議をしながら進めたんですけど、こちらからは特に曲のテーマは伝えなかったんですね。具体的なテーマを提示するとそれに寄せすぎちゃう人も多いし、あまり限定せずに自由な発想でやってもらいたかったんで。そしたらQ.iのほうから「歌詞はタイムマシンをモチーフにします」というアイデアが出てきたんですよ。「あ、何も言ってないのに時間をテーマにするんだ?」と驚いて。

花澤 すごい偶然の一致ですよね。それで上がってきたデモを聴いたときは、もちろんQ.iさんの声で仮歌が入っているので「もうこれでいいじゃん!」って思っちゃったんですけど(笑)。

北川 「完成してんじゃん!」って。

花澤 すーごいカッコよかった。この感じを私が出せるのかなあという心配もありつつ、実際に歌ってみたら自分なりにしっくりくる感じもあって。初めて歌う曲なのに、どこかちょっと懐かしさもあるんですよね。それが歌っていてすごく面白かったです。

──パッと聴いた印象は最新の音だなという印象なんですけど、先ほどおっしゃったアナログな質感のせいなのか、どこか80'sっぽいムードもあるんですよね。

北川 そうなんですよ。そこが肝ですね。

花澤 できあがった音源を聴くと、私の声が時空を移動しているような感覚があるというか(笑)。面白く聴けるんじゃないかなと思います。

左から花澤香菜、北川勝利。

左から花澤香菜、北川勝利。

左から花澤香菜、北川勝利。

左から花澤香菜、北川勝利。

──そして宮川弾さんの書かれた「ないものねだりのGreeDy」は、先日のライブでいち早く披露された楽曲ですね(参照:朗読にアルバムの新曲初披露!花澤香菜、単独ライブで声優アーティストの本領発揮)。

北川 そのライブで香菜ちゃんが読み上げた朗読の文章を書いてくれたのも弾くんだったんですけど、彼にはそういう不思議な文学性というか、誰にも真似できないところがあると思っていて。今の花澤香菜プロジェクトにおけるキーパーソンになってますね。

花澤 ホントですよねー。

北川 今回の曲も“ザ・宮川弾”って感じで、まあ不思議なところがいっぱいあるんだけど……。

花澤 宮川さんの曲って、歌詞として歌ったことないような単語が必ず入ってくるんですよ。「インタリオ」もそうでしたし、今回も「五反田」が出てきてびっくりしました(笑)。

北川 1Aに「ダメなとこは」ってセリフっぽく入るところがあるんだけど、弾くんは「そこをライブでやるときは、バンドメンバーが香菜ちゃんを罵倒するように言ってほしい」とか謎の要望を言ってきて。

花澤 変な演出を(笑)。2Aに入るところの「ワオ!」も相当こだわって録りましたよね。

北川 そういう1個1個のこだわりがいちいち面白いんですよ。でも最初にその意図を全部は教えてくれなくて、録り終わったあとでボソッと「あれ実はこういうことだったんだよなあ……」とか言い出すっていう。

花澤 そう! 「インタリオ」とかもびっくりしましたよね。最初は何も言ってなかったのに、実はちゃんと夜宵ちゃん(「インタリオ」がエンディングテーマとして使用されたアニメ「ダークギャザリング」のメインキャラクター)のビジュアルからインスピレーションを得ていたとか。

北川 あと、彼の変なこだわりで言うと、レコーディングのときに「ドラムはシンバルを叩かないでくれ」「ベースは全部ピックで弾いてくれ」とか、禁じ手を設定して「この範囲内でやってほしい」みたいなやり方をしてました。演奏するほうはみんな戸惑ってましたね(笑)。

花澤 それで言ったら私も、最後の「しゃらんららー……あー!」って歌うところ、普通だったら裏声を使う音域なんですけど「ここは地声で怒鳴ってくれ」と言われました(笑)。もう「えー!?」みたいな。

──宮川さんからのコメントには「おそらく今まで要求されてこなかったであろうワイルドな声も出してもらいました 多少なりとも追い込んでしまったと反省しています ごめんなさい」とありますね(笑)。

花澤 全然うまくいかなくて、何回も叫びました(笑)。ライブでやるとそれ以降声が出なくなっちゃうんで、この前の初披露のときはさすがに裏声で歌いました。

左から花澤香菜、北川勝利。

左から花澤香菜、北川勝利。

声優ならではの特殊能力

──真部脩一(集団行動、進行方向別通行区分、Vampillia)さん書き下ろしの「VENUS REVOLUTION」は、初タッグとは思えないくらい花澤香菜ワールドに自然とフィットしていますね。

北川 そうですね。真部さんの提供ではないですけど、過去には「こきゅうとす」(やくしまるえつこがティカ・α名義で提供)という曲もありましたし、相対性理論的なテイストと相性がいいのはわかってた部分もあるんで。

花澤 私はもともと真部さんが作られる曲が大好きなので、ずっと自分の中にあるものって感じもして、すごく歌いやすかったです。レコーディングでも、最初に1回歌ったら北川さんが「もうこれでいいんじゃない?」って(笑)。

北川 「はい、終わりまーす」。

花澤 「終わらないでください!」(笑)。それくらい本当に馴染んでいましたね。

花澤香菜

花澤香菜

北川 もちろん何回も歌ってはもらったんだけど、結局ほぼほぼ最初のほうのテイクが採用になりましたね。最近の流れとして、例えば「Circle」みたいにボーカリストとして積み重ねてきた経験値を存分に発揮する方向性もありつつ、初期の頃の純粋なニュアンスというのも、それはそれで残したくて。香菜ちゃん自身も「VENUS REVOLUTION」がそっちの方向の曲だと理解していたからこそ一発目でそういう表現をしてくれたんだと思うし、だから僕も「はい、おしまい」って言ったんだけど(笑)。

花澤 あははは。確かにこの曲は、この10数年で培ってきた経験を削ぎ落とす作業が必要でしたね。経験値の幅みたいなものを自分でコントロールすることって、声優のお仕事でも求められるスキルなんですよ。今やお母さん役もやりますし、高校生役や小学生役も、なんなら動物の役までやっているので(笑)。そういうことを音楽活動のほうでも実践するようになったんだなあと、何かシンクロするものを感じましたね。

北川 まあ香菜ちゃんの声そのものに存在感がありすぎるんで、聴く側はもしかしたら全部一緒に感じちゃうかもしれないけど、実際はいろんな技法を細かく使い分けていて。技量が上がっている分、レコーディングも早く終わりますし……あと、彼女には特殊能力があるんですよ。

花澤 特殊能力って(笑)。

北川 一度歌った歌い方を完璧にトレースすることができるっていう。「全体はさっきの感じで、この一部分だけ笑顔ニュアンス何%か上げてください」みたいな要求に完全に対応できるんです。これは普通のボーカリストにはまずできないと思います。

花澤 それもやっぱり、声優のお仕事で培ったものでしょうね。普段から「今のお芝居にプラスしてこういう感じで」とか「それもいいんだけど、それじゃないパターンも聞かせて」というディレクションをよくいただくので、一度やったものを細部まで覚えていないと成立しないんです。

北川 それを毎日やってるわけだから、そりゃ鍛えられるよね。

花澤 そうですね。確かにこれは声優ならではの珍しい能力なのかもしれないです。

──そしてアルバムのラストナンバー「Love Me」は、KAMITSUBAKI STUDIO所属のアーティスト・Guianoさんの提供曲です。ちょっと意外な人選ですよね。

北川 Guianoさんに関しては、ディレクターのイチオシで。まずリモートで打ち合わせをして、テンポ感とか曲の雰囲気についてかなり具体的な要望をお伝えして作ってもらったんですけど、それにすごく沿ったものを上げてきてくれました。僕の若い頃とは違うなあと思いましたね。

北川勝利

北川勝利

花澤 北川さん、最初の頃は尖りすぎてましたもんね(笑)。

北川 何か言われたらすぐ「違うことやってやるぜ」みたいなね(笑)。そのあたり、最近の若い世代は本当にすごいと思います。みんな優秀だし、締切も守るし、言うこと聞いてくれるし……それでいて自分のやりたいこともちゃんと入れ込んでくるから。

花澤 そこがすごいですよね。歌詞も私に寄せてくれているのがわかって、最初に見たときはびっくりしました。あとで話を聞いたら、私の過去のインタビュー記事を調べたり、YouTubeもいっぱい観てくれたりしたみたいで、そこで感じたご自分との共通点を盛り込んでくれたということで。歌っていて涙が出そうになりましたね。

──すごく内省的な歌詞ですよね。いい意味で提供曲っぽくないというか。

花澤 本当にそう! 提供曲でこういうのを書かれる方は珍しいかもしれない。例えば「死んでやるぜ」ってフレーズとか、あまり人に歌わせようとは思わない系統の言葉だと思うんですけど(笑)、全然ネガティブじゃなくて。めちゃくちゃ絶妙な、いいバランスで成り立っているなあと思いますね。

──その「死んでやるぜ」ですけど、個人的にすごくボカロカルチャーの匂いを感じたんですよね。言葉としては強いけど、それを血の通わない歌い手が歌うからポップミュージックとして成立するみたいな。

花澤 あー、確かに。

──それを生身で成立させてしまう花澤さんはすごいなと。

花澤 (笑)。でも以前、「SHINOBI-NAI」って曲にも「死ぬまでやりな」というワードが使われていて、それをどう歌うかはけっこう試行錯誤があったんですよね。そのときにうまく昇華できた経験が生きてるかもしれないです。

北川 「SHINOBI-NAI」のときも「これ大丈夫ですかね?」という気持ちが作り手としてはあったかもしれないけど、その言葉が自然に出てきたってことは、作家さんがもともと持っている感性に含まれていたんだと思うんですよね。こっちもそういうことをわかったうえで頼んでるわけだし、抑え込んじゃうとその人にお願いする意味もなくなっちゃうんで。

花澤 そうそう、本当にそうですよね。

北川 なので、最初にGuianoさんから「歌詞はどういう方向性がいいですか?」と聞かれたときも、こちらからは「Guianoさんがいつもやってるトーンで、ブレーキかけずにやってください」とお伝えしました。

輝きまーす

──そんなアルバムを引っさげて……というにはちょっと先ですが、秋には「HANAZAWA KANA Zepp Tour 2024 “Memoirs and Fingertips”」と題したZeppツアーが予定されています。

花澤 ありがたいことに全国6都市を回る予定なんですけど、Zeepツアー自体も初めてだし、札幌の人たちに会いに行けるのも初めてのことなので、めちゃくちゃワクワクしています。こんなに数を回れるツアーというのも「かなめぐり」(2015年から2016年にかけて全国9カ所で行われたライブツアー「かなめぐり ~歌って、読んで、旅をして~」)以来かなと思いますし……ただ、アルバムを聴いてもらったらわかる通り、けっこうハイカロリーなライブになるのでは?と思っていて(笑)。

──確かに、今作ではゆったりした曲が「インタリオ」くらいしかないんですよね。

花澤 そうなんですよ……! まあ「ドラマチックじゃなくても」も若干ゆったり目ではあるかなと思いますけど、全体的にはかなりアッパーなアルバムになっておりまして。なので、Zeppツアーで全国の皆さんに輝く姿をお見せできるよう、ちゃんと体力作りをしていかないとなって。

左から花澤香菜、北川勝利。

左から花澤香菜、北川勝利。

──そういえば先日のライブで「今年のテーマは“輝く”だ」とおっしゃってましたもんね。

花澤 そうですね。だいぶふわっとした、高校の文化祭のスローガンみたいなテーマなんですけど(笑)。

北川 ぜひ輝いてください!

花澤 え、北川さんも一緒に輝くんですよ?

北川 そうなの? わかりました、輝きまーす。

花澤 わははは。