花澤香菜×サウンドプロデューサー北川勝利インタビュー、作家陣10名のコメントで紐解く「追憶と指先」

声優業と並行し、アーティストとしても精力的な活動を展開している花澤香菜が、通算7枚目のオリジナルアルバム「追憶と指先」をリリースした。本作では最初期から花澤の音楽活動を支え続けている北川勝利(ROUND TABLE)、沖井礼二(TWEEDEES)、矢野博康、宮川弾といったおなじみの作家陣が制作に携わっているのはもちろん、菅原圭、真部脩一(集団行動、進行方向別通行区分、Vampillia)、Guianoらが彼女の新しい一面を引き出している。珠玉の全10曲を通して“アーティスト花澤香菜”の軌跡と未来を描いたのが今回のアルバムだ。

今回の特集では、花澤とサウンドプロデューサーの北川の2人にインタビュー。新曲を中心にアルバム収録曲の制作過程についてたっぷりとトークしてもらった。さらに特集の後半には、作家陣10名が花澤の魅力や提供曲のこだわりをつづったコメントも掲載する。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 小川遼

普通に一緒にバンドをやっている感覚

──今日は北川さんもいらっしゃるということで、“花澤香菜プロジェクト”全体のお話から聞かせてください。花澤さんの音楽活動が始まって10年以上が経ちましたが、現在地についてはどんなふうに捉えていますか?

花澤香菜 現在地かあ……どうなんでしょうねえ。

北川勝利 なんか、「ここを目指していく」というのはそんなにチーム内で話していないんですよね。毎回毎回の積み重ねで……行き当たりばったりかもしれないんですけど(笑)。

左から花澤香菜、北川勝利。

左から花澤香菜、北川勝利。

花澤 ですね(笑)。武道館ライブ(2015年5月3日に東京・日本武道館で行われた「花澤香菜 live 2015 "Blue Avenue"」 参照:花澤香菜、大成功の武道館ライブでツアー好発進!千石撫子のあの曲も)をやるまでは「みんなで武道館に行こう!」という目標がありましたけど……。

北川 特定のタイミングで思い出したように動き始めるタイプのプロジェクトではないから、普通に一緒にバンドをやってるような感覚でずっと進んできてるんですよ。ライブも定期的にあるし、いいタイミングでタイアップが入ってきたりしてシングルやアルバムの制作もできているんで、現在地がどうあれ常に目の前のことを考え続けてる感じですかね。

──なるほど。つまりパーマネントな活動であるがゆえに、お二人にとってプロジェクト自体が日常なんですね。

北川 そうですね。

花澤 なんか、チームがギュッとしてきた感じはありますよね。

北川 そうだね。音源制作のチームもライブ制作のチームも今は忌憚なく意見を出し合えるムードがあって、チーム感が強まっているというか。関わってくれる皆さんがそれぞれの立場で「曲を聴いてこう思ったんで、そこに自分だったらこういうことができます」というアイデアをどんどん持ち寄ってきてくれる。それがすごく楽しいです。

花澤 本当にそうですよね。声優のお仕事をしているだけだとアイデアを持ち寄る側の立場しか経験できないんですけど、それが音楽活動の現場だと逆になるんです。いざその立場になってみると、熱意を持ってアイデアを出してくれるのは本当にうれしいことなんだなあと。もちろん声優のお仕事のときも「監督の想像を超えるものを出したい」と普段から考えてはいるんですけど、より意識的に日々そうやって生きようと思うようになりましたね。

北川 それって「なあみんな、そういうふうに自主性を出していこうぜ!」とか言って実現できることでもないと思うし、すごくいい感じで現場が回っているなと思いますね。

タイトルにすべてが集約されている

──そんな充実した環境の中で、ニューアルバム「追憶と指先」が制作されました。構想としてはどういうところから始まったんでしょうか。

北川 香菜ちゃんが声優業20周年を迎えたということで、そのお祝いの意味合いもありつつ「次へ向かうための何かをつかみたい」というキーワードがありまして。なので、音楽性の面で「今回はこういう音楽でいきます」ということではなかったですね。アニメ作品に沿ったタイアップ曲もあれば本人の記念碑的な曲もあって、「それを集めていったらどうなるかな」っていうふわっとしたところから細部を詰めていった感じです。

花澤 この「追憶と指先」というタイトルにすべてが集約されているというか。声優として20年間生きてきた中で音楽活動と出会えて、それからの日々は1日たりとも欠かすことのできないものだったと思うんですね。その日々を愛おしく思う“追憶”と、すごく先のことはわからないけど“指先”くらいの未来だったら今の自分でなんとかできるかなという、そんな現在の心境がなんとなく感じられる作品にできたらと思ってました。

花澤香菜

花澤香菜

北川 そのタイトルが出たときに「ああ、そうだよね」ってガッチリとハマる感じがありました。このタイトルは香菜ちゃんの発案なんですけど、この人ずるいんですよ。チームみんなでタイトル案を考えてせーので出そうって言ってたのに、先に出しちゃうんで。

花澤 違う違う(笑)。ちゃんとみんなでせーので出したじゃないですか。

北川 せーので出すときに「ちなみに私はこうだけど」って先に出しちゃうんですよ。ずるいんです。

花澤 そんなことはない(笑)。

北川 本当にいいタイトルで、さっき言った現在地みたいなものをまさに表していますよね。具体的に「今ここです」とか「あの未来に向かって」と指し示すものではないけど、そのふわっとした感じも含めて今現在の花澤香菜が持つ強さや立ち位置みたいなものが反映されている。僕が考え付きたかったくらいのいいタイトルなんで、悔しいですね。

花澤 (笑)。

──できあがったアルバムを聴かせていただいた印象としては、まず曲順が見事だなと。適切に並べるのは相当難しかったんじゃないかと思うんですけど。

北川 そうですね。アルバム制作の中盤くらいまでにはなんとなく並びも決まってくるかなあと思ってたんだけど、何回並べてもしっくりこなくて。で、ライブのリハのときに「そろそろ曲順を」という話になって、ディレクターさんが「今、話しながら決めちゃいましょう」ってその場で曲を並べてくれたんですよ。それがこの並びだったんで、「もうそれだよね」ということになって。曲順についても、ディレクター案が通ったことが悔しかったです。

花澤 あははは。

──これは単なる個人的な感想ですけど、よくできた打線みたいだなあと。

花澤 よくできた打線(笑)。

花澤香菜「追憶と指先」収録曲

  1. あしたの向こう
    [作詞・作曲・編曲:沖井礼二]
  2. It's My Thing
    [作詞・作曲・編曲:矢野博康]
  3. 駆け引きはポーカーフェイス
    [作詞:宮川弾 / 作曲・編曲:KOH]
  4. タイムマシーンは突然に
    [作詞:Q.i、Hair Kid / 作曲・編曲:Hair Kid]
  5. ドラマチックじゃなくても
    [作詞:藤村鼓乃美、北川勝利 / 作曲:北川勝利 / 編曲:北川勝利、Tansa、宮川弾]
  6. ないものねだりのGreeDy
    [作詞・作曲・編曲:宮川弾]
  7. Circle
    [作詞・作曲:菅原圭 / 編曲:tepe(OTOIRO)]
  8. VENUS REVOLUTION
    [作詞・作曲:真部脩一 / 編曲:tepe(OTOIRO)、北川勝利]
  9. インタリオ
    [作詞:宮川弾 / 作曲・編曲:北川勝利]
  10. Love Me
    [作詞・作曲・編曲:Guiano]

──1、2番を出塁率の高いCymbalsに任せて、3番に確実性の高いシングル曲を置いて、4番が助っ人外国人みたいな感じじゃないですか。

北川 はいはいはい(笑)。

──3、4、5番のクリーンナップ感もすごいですし、下位打線には実績あるベテランや中堅と気鋭の若手が並んでいる。バランスも取れていて隙がないなと。

花澤 なるほどなあ。確かに。

北川 いや、本当にバランス含めていい曲順なんですよね。悔しいけどきっちりハマったなあと思って、「僕が考えたんです」って言いたかった。

花澤 そればっかり(笑)。

左から花澤香菜、北川勝利。

左から花澤香菜、北川勝利。

1曲目っぽくなかったら即ボツにします

──そんなアルバムのオープニングを飾るのは、沖井礼二(TWEEDEES)さんが手がけた「あしたの向こう」。まさにトップバッターという感じの1曲ですね。

北川 これはもう、最初からアルバムの1曲目にするつもりだったんです。沖井くんには「1曲目に入れるから、出だしは声だけで始まって、このくらいのテンポで」とか要件を先に全部伝えてから書いてもらいました。「1曲目っぽくなかったら即ボツにします」って(笑)。

花澤 すごいプレッシャー(笑)。北川さんって、いつも沖井さんには強くいきがちですよね。

北川 プレッシャーかけたほうがいいんですよ、あの人は。

花澤 ふふふ。そんなふうに北川さんが作家さんごとに合わせたオファーの出し方や接し方をされているのを見ていると、本当にプロデューサーさんだなあって思います。

北川 沖井くんからは「アルバムタイトルとかコンセプト的なものは決まっているのか」と聞かれたんですけど、曲が完成するまであえて教えませんでした。

花澤 なんで教えてあげないんですか(笑)。まあ、それでこれだけぴったりな曲になるのもすごいですけど。

──個人的には、すごくいい意味で新曲感がないなと思ったんです。「この曲、ずっと歌ってきてませんでした?」というような。

北川 うんうん、音楽性としてはそうですよね。

花澤 でも歌詞の内容的には、年月を積み重ねた今だからこその強さが出ているのかなと感じました。30代に入ってからいい意味で肩の力が抜けて、いろんなことがちょっとずつ楽になってきているんですよ。そういう意味でのたくましさのようなものを表現できる曲なので、昔の私には絶対に書いてもらえなかった内容だろうなって。

──確かに、沖井さんからのコメントにも「『花澤さんの為に書いた』というより『この曲のアイデアソースは花澤香菜さんにいただいた』というのが今の感想です」とありますね。

花澤 でも沖井さんの曲って、毎回難しいんですよ(笑)。

北川 そうなんだ。難しいんだ?

花澤 難しいですねー。息継ぎのタイミングとか、いつもだいぶ悩みます。

──続く2曲目、矢野博康さんの手による「It's My Thing」もまた難しそうな曲で。

花澤 難しいけど、やっぱり矢野さんは踊れる曲を書いてきてくれますよね。ライブでも絶対盛り上がるだろうなあ。

北川 この曲は、上がってきたデモに対して「ここをもっとこうしたいんだけど」というやりとりを何往復もさせてもらいました。しかも、矢野くんは僕が何か言ったら1時間以内くらいで直したものを返してくれるんですよ。「この人、全然怒らないなー」と思いながら……。

花澤 怒らないのをいいことに、いろいろ言ってたんですか?(笑)

北川 どこまで怒らせずにいけるかなって(笑)。サビ頭のコードとリズムがすごくテクニカルなんですけど、それがこの曲の肝だなと思ったんで「そこをもっとクッキリ強調させましょうよ」みたいな話をしましたね。

北川勝利

北川勝利

花澤 あと、矢野さんがAIシンガーを使いこなしていたのが衝撃でしたよね。

北川 そうそうそう!

花澤 デモ音源に入っていた歌声が、普通に仮歌さんが歌ってくれたものとばかり思っていたら実はAIだったんですよ。全然違和感がなくて、機械の音声だとはわからなかった。すごかった。

北川 ホント普通の人って感じだったよね。さっき言った修正のやりとりでも、歌詞について「もうちょっとこういう感じがいいんですけど」みたいな話をしてもすぐに歌詞を変更した音源が送られてくるんで、そんなにすぐ歌ってくれる人がいるんだ?ってずっと思ってた(笑)。そしたら、まさかのパソコンの中に入ってる人だったという……最近みんながよく使ってる音声合成ソフトらしいんですけど。いやあ、未来を感じましたね。

花澤 未来でしたねー。

──指先どころではなく。

北川 そうそうそう(笑)。

花澤 そこだけちょっと指先からはみ出しちゃってましたね(笑)。