作品とともに記憶に残るものに
──同一作品のタイアップが2曲続くというのも、なかなか珍しい話ですよね。
すごくありがたいなと思います。作品と一緒に楽曲を楽しんでもらえるのはやっぱり特別なことだなって。私自身もアニメやドラマの主題歌を聴くことで作品の場面が思い出される経験はたくさんあるし、そんなふうにみんなの記憶に残るものになればいいなと思って歌っていますね。作品に寄せたものになっているからこそ、ライブでこの曲たちをどう歌うかは難しいポイントでもあるんですけど。
──とはいえ、「灰色」にせよ「インタリオ」にせよ、花澤香菜オリジナルとしても聴ける曲になってはいますよね。作品タイトルやキャラクター名などが歌詞に出てくるわけではないですし。
そこは、北川(勝利)さんが作ってくれていることが大きいですね。私の音楽活動をどう展開していくべきか、チームとしての総意が反映されているというか。
──思いっ切り作品に寄せるものは、例えばキャラソンとして歌う機会もあるわけで、花澤香菜名義で歌う以上はそことの差別化もしっかり考えられているという。
そうなんです。今までの楽曲と並べて違和感なく楽しめるよう、ちゃんと考えてくださっていますね。それに、同じ曲であっても自分のライブで歌うときとアニメイベントなどで歌う場合では、ちょっと意識が違うかもしれないです。自分のライブだったら曲目の流れ次第で歌い方を自由に変えられたりもするけど、アニメイベントでは「なるべくCD音源の歌い方に近いほうがいいのかな」と心がけたりしていて。
──明確に作品を背負って歌われる場では、お客さんもアニメで流れていた歌声がそのまま聴けたほうがより作品世界に入っていきやすいでしょうし。
ですよね。なので、どちらにも違うよさがあると思います。そういうアニメのイベントの場合は共演者が袖で見ていたりするので、ちょっとドキドキしますけど(笑)。
──ライブといえば、来年1月にはワンマンライブ「HANAZAWA KANA Live 2024 "Intaglio"」が開催されますね。
シングルを出すごとに大きめのライブをやらせていただく流れが続いていたので、たぶん今回もやるだろうなと思っていたんですけど、「この2曲を軸に、どういうライブにすればいいのか」ということを考えるのはけっこう難しくて。「ハロウィンイベントみたいにするのもアリかも?」という意見も出たり。
──だいぶ季節外れの。
そうそうそう(笑)。いろいろ頭を悩ませたんですが、なんとかまとまりまして。
──あ、もうまとまってるんですね。
はい。宮川さんに小説のような詩のような、ライブ全体を貫く物語を書いていただきまして、それを朗読しながら進行するライブになります。上がってきたものをすでに読ませていただいたんですけど、すごくいいんですよ。セットリストの流れとかも踏まえながらいろんな単語がちりばめられていたり……「あれ、宮川さんって小説家だったっけな?」っていう(笑)。その物語も追っていきながら、1本のライブとして成立するものになる感じです。
──それ、すごく楽しみですね。声優・花澤香菜のファンにとってもうれしい趣向というか。
そうですね。以前にも「かなめぐり」という、朗読とアコースティックライブを合わせた形のツアーに挑戦したことがあって、ああいうのをまたやりたい気持ちもあったので。ライブごとにいろいろチャレンジしていきたいという思いももちろんありますし。
──それこそ、「本来は声優である」という事実がアーティスト・花澤香菜にとってはある種の“呪い”でもあると思うんですけど……。
確かに(笑)。
──それをいい形で昇華していますよね。「インタリオ」を冠するライブにはこのうえなくふさわしい感じがします。
本当にそうですね。まだリハとかは始まってないんですけど、すでにセトリは決まっていて。照明とか舞台セットとか、もろもろこれから詰めていく感じです。いろいろ考えて工夫しながら臨めたらいいなと思っています。
情報量の多いシングルになった
──ではシングルの話に戻りまして、カップリング曲の「ギミギミ♡ラヴ」についても聞かせてください。「インタリオ」「灰色」と続けて聴くと、急に横っ面を張り倒されるような曲で。
びっくりしますよね(笑)。今回のシングルには「灰色」「インタリオ」とズドンとくる曲が2曲入るということで、北川さんと「カップリングはアゲアゲでいこう」という話になりまして。ただ、ほかの2曲の色に合わせるために……合わせる気はあんまりないんだけど(笑)、何かしら共通点は欲しいよねということで、ハロウィンっぽさみたいな要素を足したらいいんじゃないかと。
──前2曲のしっとりしたホラー感に対して、こちらは陽気なホラー感というか(笑)。音楽的に言うと調性がマイナーキーに統一されているので、そういう意味での親和性も意識しているように感じました。
そうですね。3曲続けて聴いたときに、たぶんそこまでの違和感はないんじゃないかなと思います。
──「灰色」「インタリオ」が新境地だったのに対して、「ギミギミ♡ラヴ」は昨年2月発表のアルバム「blossom」の流れを汲む1曲という感じもするので、ちゃんと“今の花澤香菜”をパッケージングしたシングルとして成立していますよね。
“歌として聴かせる”曲もいいんですけど、ちょっとセリフっぽい見せ方というのも私が歌う曲として重要な柱の1つだと思うので、かなり意識して提示してもらっている要素だと思います。
──歌詞では執拗に韻を踏んでいたり、言葉遊びの要素が強い1曲になっています。
そこはライブを想定してのことですね。「ここでコールが来たらうれしいな」とか。
──「ギミギミ!」とかはみんな言いたいでしょうね。
あとは「振付があったらかわいいだろうな」とか、とにかく私がノリノリで歌って、それにみんながついてきてくれる光景をイメージしながらレコーディングしました。メロディラインも面白くて。
──そうなんですよね。この手のダンスナンバーには珍しく、メロディラインが意外と複雑で。
難しいんですよ。「なんとなく」ではまず歌えない。
──ちょっとでも気を抜いたら全部の音程を外しちゃいそうなメロだなと感じました。
そうそうそう(笑)。アレンジ的にも「どうやって録音したんだろう?」と思うような音がいっぱい入っていたりして。編曲はケンカイヨシさんと北川さんなんですけど……。
──「blossom」の収録曲「LOVE IS WONDER」で作編曲を手がけたケンカイヨシさんですね。
そうです。「LOVE IS WONDER」よりもさらに“遊び”が増えているなと思いました。
──総じて、面白いシングルになりましたよね。
だいぶ情報量が多い(笑)。どっしりした1枚になりましたね。
──初期の頃の花澤さん楽曲しか知らない人が聴いたら驚くと思います。「知ってる花澤さんがどこにもいない!」みたいな。
最近は北川さんが渋谷系の気配を消してやってくださるので(笑)。それは、聴いてくださる人の幅もちょっと考えてのことではありますね。ポニーキャニオンに移籍してから、ありがたいことにタイアップをずっと付けていただいていることもあって、今は幅を広げていくフェーズなのかなという感じはします。私にしても北川さんにしても、それはけっこう意識的にやっていて。
──例えば今後また新しいアルバムが作られるとして、それがどんな内容になるのか現時点ではちょっと想像がつかないんですよね。
本当にそうですよね。けっこう“なんでもあり”になりそうな気はします。でも、北川さんがまとめてくださっている限りはとんでもない方向へ行っちゃうようなことはないだろうなと思いますし、そこに不安はまったくないですね。
常に逆境に立っていたい
──ここからはちょっと余談っぽくなるんですが、「ダークギャザリング」をきっかけにホラー作品への向き合い方が変化したように、過去にも作品きっかけで新たに興味を持ったものなどはありますか?
作品ごとにけっこうあったりしますね。例えば、「咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A」という作品をきっかけに麻雀ゲームをやるようになったり。麻雀は全然知らなかったんですけど、私の演じたキャラクターが玄ちゃんという、ドラが勝手に集まってくる女の子だったんですね。まず「ドラとはなんだ?」というところから始まり(笑)、少しわかってくると「すごい強運の持ち主なんだな」と理解できてきて。あとは配信番組でキャスト同士が対局する企画なんかもあったりしたので、アプリでなら麻雀ができるようになりました。役とかは覚えられないんですけど(笑)、面白いなって。
──「とりあえずドラを集めればいいんだ」みたいな。
そうそう(笑)。あと、出演作ではないんですけど「ヒカルの碁」がきっかけで囲碁に興味を持ったりとか。それまでまったく知らなかったけど、やっぱりやってみたくなりましたよね。
──テーブルゲームが多いですね。
本当だ(笑)。
──それで言うと、花澤さんには将棋のイメージもありますけど。
はい。「3月のライオン」のときも、どうぶつしょうぎから始めました(笑)。私の演じたひなたちゃんは将棋をやらない子なんですけど、作品を理解するうえでやっぱりある程度のルールは知ってはおきたいなという思いがあって。それでちょっと覚えました。
──そんなふうに、それまで興味のなかったものに仕事で強制的に触れさせられる体験って、意外と大事だったりしますよね。
それは本当にそう思いますね。学生時代は同級生や先生から自動的に情報が入ってくることも多かったですけど、社会に出てからは仕事で出会う機会というのが本当に貴重だなと思うようになりました。それがないと、自分の好きなものばかりを摂取してしまうので。
──パンとか。
そうですね(笑)。
──特に役者さんの場合、人生経験の豊富さがダイレクトに物を言うお仕事ですしね。
だから臆せず踏み込んでみることは大事だなって。「これ無理かもな」って感じるものほど「やってみよう!」と思うようにしている部分はあると思います。最初はできなくても当たり前だし、「できなくて当たり前」と思えること自体に意味があるというか。
──その姿勢は役者さんに限らず、誰にとっても大事だと思うんですよね。「俺、そっちじゃないから」って最初から切り捨てている人を見ると「もったいないなあ」と思ってしまいます。
わかります。
──花澤さんは未知の世界に触れることで得られるものの大きさを知っているからこそ、どんな場にも物怖じせず出ていけるわけですよね。
はい。基本Mってのもあるし(笑)、常に逆境には立っていたい気持ちがあります。そうじゃないと、本当に怠け者だからついついその場にとどまっちゃうんですよね。
ライブ情報
HANAZAWA KANA Live 2024 “Intaglio”
2024年1月21日(日)神奈川県 相模女子大学グリーンホール
プロフィール
花澤香菜(ハナザワカナ)
1989年2月25日生まれ、東京都出身の声優。2006年放送の「ゼーガペイン」で初のヒロインとなるカミナギ・リョーコ役を演じ、2007年には「月面兎兵器ミーナ」「スケッチブック ~full color's~」「ぽてまよ」といった作品で次々と主要キャラクター役に抜擢された。その後も「こばと。」「化物語」「海月姫」などの人気アニメでヒロインを演じるかたわら、多数の作品でキャラクターソングを歌い、2011年放送の「ロウきゅーぶ!」では声優ユニット「RO-KYU-BU!」のメンバーとしても活躍。2012年4月にはシングル「星空☆ディスティネーション」でソロデビューを果たした。2013年2月には1stフルアルバム「claire」を発表し、同年3月には大阪・NHK大阪ホール、東京・渋谷公会堂にて初のワンマンライブを行い、いずれも大成功に収めた。2021年7月にポニーキャニオンへの移籍を発表し、2022年2月には約3年ぶりとなるアルバム「blossom」を発表。2023年7月にアニメ「ダークギャザリング」の第1クールのエンディング主題歌「灰色」を配信リリースし、11月に同作の第2クールのエンディング主題歌「インタリオ」をCDリリースした。