「ありきたりの今日」という言葉は
すごく前向きな意味で使ってる
──例えば以前だったら、「ありきたりの今日」ということを歌詞で表現するにしても、もう少しドラマチックにしてみよう、みたいなところがあったりしたんですか?
そうだね。あとは、「ありきたりの今日」っていうのをちょっとシニカルに言ってたかも。
──なるほど。
「What are you looking for」(2015年リリース)に入ってる「無印良人」という曲の歌詞は、ちょっとそういう感じかもしれないね。「全然変われない俺」みたいなことをシニカルに表現してる。SUPER BUTTER DOG時代に書いた「コミュニケーション・ブレイクダンス」もそうだけど、自分の中には、ちょっとそういう感覚があったんだよね。でも、今回の「ありきたりの今日」という言葉はすごく前向きな意味で使ってる。
──新たな表現手段を手に入れた手応えが?
あるね。「Quiet Light」は、ホントになんでもない時間を描けたなって思う。さっき太賀くんと話してるときに、なんとなく思ったんだけど、自分の場合、どうやら「ここにいない誰か」みたいなことが曲作りのテーマになっているような気がして。「家族の風景」もそうだし、結局誰も出てこないっていう。灰皿とタバコがテーブルの上に置いてあって、さっきまでそこに誰かがいた気配、みたいな。ここにきて、そういう描き方がまた濃くなっているのかもしれない。
──動画ではなく静止画的になっているのかもしれないですね。歌詞の描き方も、写真に近付いてるのかもしれない。
そうかも。静止画だね。お地蔵さんみたいになっちゃったらどうしよう。
──お地蔵さんですか(笑)。
物言わずただそこにいる感じ(笑)。歌ってないんだけど、歌ってたことになってるみたいな。そういうところに行っちゃうのかな?
──もはや禅の境地というか(笑)。
でもね、こんなこと言いつつ、次は全然逆な感じになるかもしれない。もっと物言いたくなってくるような。わかんないけど(笑)。でも今はこの感じが一番しっくりくる。
動きながら発想しないと
コロナ禍を切り抜けられなかったんだと思う
──物言わないと言えば、リズミカルなサウンドにナンセンスすれすれな歌詞が乗った「棚から落ちたホリデイ」は、意味性を越えて、瞬発力のみで突っ走っていくような楽曲になっていますね。
そうね。でもこの曲はラジオとか、こういう取材を受けたときに、「コロナ禍だからこそ生まれた1曲です」って紹介しようと思ってた曲なんだよ(笑)。去年の冬ぐらいかな、コロナ禍のイメージを曲にしてみようと思って。
──この曲を聴いたとき、SUPER BUTTER DOGのアルバム「FUNKASY」(2000年リリース)の時期の曲を思い出して。当時は言葉の響きやアタックを重視して歌詞を書くようなスタイルに取り組んでいましたよね。言葉を“ファンク化”させるというか。
ああ、確かに。この曲にもそういう感じがあるね。「FUNKASY」の頃は爆笑しながら歌詞を書いてたから(笑)。今回のアルバムの中で爆笑しながら書いた1曲はこれだね(笑)。もう笑いながら歌詞を書いてたもん。
──「フーテンだ グーテンターク」とか、いったいどういうことなんだって(笑)。
はははは(笑)。なんかもう自動筆記みたいにワーッて書いて。これぞハナレグミのコロナ禍をテーマにした1曲です(笑)。でもね、俺にとって去年の一時はこういうイメージだったの(笑)。
──鬱屈したムードにならなかったというのが、まさしく今のモードなんでしょうね。
立ち止まって物事を考えてたらちょっと耐えられなかったもんね、去年は本当に(笑)。だから俺はやっぱり運動性のほうに行ったんだろうね。1つの場所に立ち止まっているよりも、動きながら発想していくっていう方向じゃないと、切り抜けられなかったんだと思う。
──そう考えたら、めちゃくちゃ重要な曲なんですね。
あの状況で自分の中から出てきたのが、「棚から落ちたホリデイ」なんだなっていう(笑)。そこはもうあれじゃない? ちょっとしたサービス精神もあるのかもしれない。やっぱり、ちょっと笑かしたいっていうか。
──どこかコミカルな表現もアーティスト・永積崇の核の1つだという。
はい!
発酵しているからこそ、旨味が増しているんじゃないかって
──「発光帯」というタイトルも今作のムードを絶妙に言い表してますね。
このタイトルには“発光”と“発酵”がかかってるんだよ。去年から体の免疫力を上げようと思って発酵食品を意識的に食べるようになったんだけど、発酵って、食材がフレッシュな状態から徐々に傷んでいく過程で進んでいくものじゃない? 人の肉体もある意味一緒で、歳を重ねることによって老朽化しているわけではなくて、見方を変えれば発酵が進んでいるとも言えるわけで。そう捉えると発酵している自分を遊べるなと。むしろ発酵中だからこそ、旨味が増しているんじゃないかって。自分の肉体を使って、今後リアリティを持って遊んでいけるんじゃないかと思ったらワクワクしちゃってさ。例えばビンテージ楽器も年月を重ねることによって、音が整って味わいを増していくわけだし。
──「俺は今、順調にビンテージ化しているぞ」みたいな。
そうそう。自分自身、歳を取っていくということから解放されているところもあるのかな。年齢に左右されてるのは、もしかしたら若い時のほうかもしれないね。俺たちは俺たちなりに今を使って見せつけてやろうじゃんって思うよ。
初期衝動とか音楽の面白さから
自分はどうやっても離れられない
──完成した「発光帯」を改めてご自身で聴いてみていかがですか?
なんかまだ全然捉えきれてない感じがする。こうして10曲を切り出したけど、正直どうしてこういう作品になったのかっていうのは自分でもまだよくわからない。ブックレットに自分が撮った写真が使われてるんだけど、今回は写真を見ながら聴いてもらえるといいなって思う。音と写真が反応し合ってる感じがするんだよね。立体的に味わってほしいと思うから、作品を複合的なものとして伝えたいなと思って。
──実際、写真も素晴らしいし。
撮ってるうちに、どんどんうまくなっちゃうんだよね。
──そして歌詞もどんどん写真的になっていって。
そうだね(笑)。でもこのアルバム、すっごくいいと思うんだよなあ。今回は聴いてくれた人の心に音楽がしっかり留まるようなものになればいいなと思ったんだよね。ちょっと前までは衝動に任せてワーッと歌って完成にしてたんだけど、今回は歌い回しとかもすごく考えてレコーディングしたし。1つの作品として、音作りや世界観もきっちり構築したかったから。今回はそういう意味でも満足できるし、今の自分っぽい作品だなって言いきれる。で、今は次の作品をすぐにでも作りたいなと思ってて。
──今まではアルバムを1枚作るたびに魂が抜けてましたよね(笑)。
毎回燃え尽きてた(笑)。でもね、今回は魂が抜けてないかも。抜けないところで作りたいと思ってたから。継続していくことの大切さもあるなと思って。前までは「この1回で終わってしまえ!」ぐらいの気持ちでやってたんだけど。
──それこそ1枚入魂みたいな。
うん。それが一番嘘をついてないやり方だと思ってたんだけど、今の自分はそうじゃないなって。自分の音楽の行く末がすごく楽しみだし、それを聴いてくれる人との時間が今後どう変わっていくかに興味がある。なんかもっともっと面白いことができるはずだなって、作り終えてそういう気分になったよね。
──ちなみに来年はハナレグミとしてのデビュー20周年なんですよね。
20周年! 困っちゃう。
──困っちゃう(笑)。
これまで一体何をやれたんだって感じだけど(笑)。でもね、太賀くんとの対談とも重なるけど、やっぱり歌い始めた頃の衝動は今も全然変わってないんだよ。初期衝動とか音楽の面白さから自分はどうやっても離れられないっていうことが今回のアルバムでもよくわかったんだよね。
ツアー情報
- ハナレグミ 「ツアー発光帯」
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- 2021年5月2日(日) 北海道 Zepp Sapporo
- 2021年5月13日(木)福岡県 Zepp Fukuoka
- 2021年5月18日(火)東京都 Zepp Tokyo
- 2021年5月27日(木)愛知県 Zepp Nagoya
- 2021年5月28日(金)大阪府 Zepp Osaka Bayside