アーバンギャルドの浜崎容子が、ソロとしての新作「BLIND LOVE」をリリースした。今作のトピックは、なんといっても角松敏生の全面プロデュースという点に尽きるだろう。意外な顔合わせのコラボレーションだが、“ショートケーキの歌声”とも言われる甘美なボーカル、欧州風情のメランコリックなメロウ感、大人の女性のリアルな視点でしたためたリリックという彼女の特有の魅力も、さらに艶めきを増している。
角松が浜崎の世界にもたらしたものとは? そして彼女が角松から感じとったものとは? アルバムが制作された角松のプライベートスタジオで、2人の話を聞いてみた。
取材・文 / 久保田泰平 撮影 / 草場雄介
絶対無理だと、100%断られると思ってた
──お二方はどういうきっかけでつながったんですか?
角松敏生 まず、彼女の事務所の社長が僕に話を持ってきたんです。彼はすごく昔からの仲間で、いろいろ面白いことを考えるタイプの人だったから、「またなんか思いつきで言い出したな」と思ったんですよ。浜崎さんと僕は世代もかなり離れてるし、アーバンギャルドのほうは僕の楽曲とまったくジャンルが違う音楽をやってるし、僕とつながるきっかけがないじゃないですか。でも社長が「ソロでやるときはもっとストレートアヘッドなポップスをやってるんですよ」って言うんで、過去の音源を聴かせてもらって……それで会ったのかな。
浜崎容子 社長が「次に出すアルバムはプロデューサーを立ててみたらいいんじゃないの?」という話をしてくれたんです。そのときに何人かアーティストさんの名前を挙げてくださって、その中に角松さんの名前もあったんです。もともと両親、特に母が角松さんのファンで、角松さんや(角松がプロデュースしていた)杏里さんの曲は、私も幼少の頃からずっと聴いてたんですよ。だからもし角松さんに本当にやっていただけるんだったらそれはすごくうれしいですけどね……って言いながらも、絶対無理だと思ってた(笑)。100%断られると予想してたから、自分はミーハー気分で会いに行きました(笑)。
角松 でも、1回お話したときに面白い人だなと思ったから、「いっぺんやってみますか」みたいな感じでスタートして。
浜崎 それが2年前でしたね。
角松 世代が違うので、生きてきた背景とか価値観も違うし、持っている情報量も違うから、例えばシティポップみたいな音楽にしても、当時を知ってる人と今の若い子たちでは消化の仕方が違うわけですよ。だから、僕を起用したいと思った浜崎さんの感覚も、僕のやってきたことをわかってくれてというよりは、まったく違う興味なんだろうなと思ったので、そこは面白いなと思いました。
浜崎 なんにも考えてなかったです(笑)。もう角松さんのサウンドはそれこそ三つ子の魂なので、そういうふうに思ったことはなかったかも。
作ってる途中で1回、断られちゃったんですよ
──実際にお会いしてみて、何かフィットするものがあったんですね。
角松 それなりにいろいろ持ってる人だなって、話していく中で思いましたね。僕も、「これはこうで、ああで」みたいにいちいち説明するのは面倒臭いし、「これじゃない?」って提案したら「そう、これこれ」という反応があったり、「こういうの好き?」と聞いて「好き!」って返ってくるやりとりは楽しかったですよ。もちろん提案されるばかりでなく、彼女なりのこだわりもあって。
浜崎 プロデュースをしていただけるって話になってから2、3カ月ぐらい、角松さんと毎日文通みたいなメールのやりとりをしていたんですけど、それがだんだん精神的につらくなってきて(笑)。なんか、カウンセリングを受けてるような感じになっていったんですよ。
角松 そうだね。「それでどうなの?」「それで? それで?」みたいなね。
浜崎 「だからどう思ったの?」と聞かれて、それに対して答える、みたいなやりとりをずっとしていて、気が狂いそうになりました(笑)。「何を考えてるのかすごく知りたい」とおっしゃって、私が何をどう思ってるのかを深く掘り下げてくださるんです。自分では考えているようであまり考えていない部分があったりするから、そこを突っ込まれて「どう答えていいんだろう?」とちょっと悩んじゃった部分もありましたけど、他人に自分のことを深く聞かれて、それについて答えることってあまりないので面白かったです。
──いつも受けている作品のインタビューとはだいぶ違いますよね。
浜崎 そうです。作品についてのことだったら話せるんですけど、自分自身について聞かれることを、まあ、ちょっと避けてたっていうのもあって、そこを開く作業が最初はちょっと難しかったです。でも、作品を作っていくうえでこれは必要なことなんだろうなと言い聞かせてがんばってみました。
角松 自分の中での確信とか確証とかを得るまでは、一緒に仕事をする人に対して「この人はなんで僕とやりたかったんだろう」という疑問を、わりと“人レベル”まで突き詰めますから、僕は。
浜崎 怖いんですよ、だから(笑)。
角松 それを解体していって、本当にその人のいいところを引き出す。向こうは一緒にやりたいと思ってるけど、それは勘違いだと思うよとか、そういうこともあったりするわけ。でも、浜崎さんはそうやってヒアリングしている段階で、とてもユニークな人だなと思ったし、面白い言葉で言っちゃえば“闇が深い人”っていう気がした。人間誰しも闇を持ってるんだけど、その闇の色や深さはそれぞれにあってね、それがまたその人の魅力になるんです。だから、僕としてもこの人と仕事するのはエネルギーがいるなと思って。
浜崎 作ってる途中で1回、断られちゃったんですよ。
──そうだったんですね! そんなことがあったとは。
角松 自分のほうもいろいろ忙しくしてましたから、「これは僕には無理だわ。お金返すからここまで作ったトラックは好きに使っていいよ」って言ったんです。なんだけど、それまでのやりとりで「これはこうしたら面白いなあ」という思いもすごくあったので、残念ではあって。それで「少し余裕ができたらまたやってあげたいと思うんだけどね」みたいな話を社長にしたら、「待ってますよ」って言ってくれたんですよ……という話を彼女にしたら、「待ってますって、私が言ったんです」って(笑)。それでまあ、自分のほうも先の見通しが立ってきたところで、「まだ間に合うんだったらやる?」という話をしたのが去年だったんだよね。
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自分の中からこんな素敵な言葉が出てくるなんて、自分でも驚き