珀インタビュー|1stアルバムに込めた決意表明「それぞれの人生のインスパイアソングになってくれたら」 (2/2)

深根のピアノが与えた影響

──8曲目の「Angraecum」もアルバムリリースに際して書き下ろされた新曲ですね。

この曲は、オンラインライブの1、2回目でピアノを弾いてくださった深根さんと「曲を作りたいね」というお話をしてできた曲でした。深根さんのピアノは音色の温かさが魅力だと思っていて、自分で同じフレーズを弾いても同じ音色は出せないんです。そこで、深根さんのピアノを生かせるものにしたいと思って曲調を考えていきました。アルバムの中で一番バラードらしい曲なので、ドラムの音なども最小限にして。音数が一番少ない曲になっていると思います。

──アレンジをシンプルにすることで深根さんのピアノを楽しんでもらおう、と。

はい。私がピアノも入れた状態で作った曲をお渡しして、「これはあくまでイメージなので、深根さんの個性を思い切り出してください」とお願いしました。それで弾いてもらったものに差し替えたら、いい意味で全然違う曲になって。深根さんのピアノが入ったことで「この音は邪魔になるからいらないかも」「もっとこういう音が入ったほうがいいかも」といろいろなアイデアを思いついて、すでにほぼ詰めていたアレンジを最初からやり直したんです。コードを変えたりもしましたし、入れていた楽器も全然違うものになった。もともとはストリングスももっと厚く入っていたんですけど、それをピチカートで弾いたものだけにしたり、ドラムも後半だけに入れたりして、最小限のシンプルなアレンジを目指して。本当に深根さんがいないとできない曲だったと思います。

──そういったシンプルな楽曲だからこそ、珀さんの歌声の魅力が改めて伝わってくるようにも感じました。

うれしいです。この曲は歌録りにすごく時間をかけた曲の1つで。アレンジがシンプルで歌が目立つので、細かいニュアンスを何回も録り直しましたし、何かの情景というより「心」をテーマに歌詞を書いたので、気持ちをぽつりぽつりと語るように歌いました。

──12曲目の「残照とハナムケ」はいかがでしょう?

この曲は親子愛をテーマにした作品からインスパイアされたもので。特に印象的だったのが、父が娘に最後の思いを託すシーンでした。「娘にもっと愛情を与えていたらよかったな」とか、「もっと一緒にいる時間が作れればよかったな」と後悔を歌いつつも、娘の背中を力強く押す姿を曲調で表現したかったので、歌詞は悲しいけど曲調は明るいというギャップがある曲になりました。最後の気力を振り絞って「がんばれよ!」と背中を押すようなシーンを思い浮かべていたので、「眩耀」と同じぐらい熱いサウンドの曲になったのかなと思っています。

──この曲には、珀さんのご家族もコーラスで参加しているそうですね。

そうなんです。私の弟が隣に住んでいるんですけど、夜中に「まだ起きてるかな」と思って部屋のドアをドンドンしてみたらすでに寝ていて……。「どうしても必要だから」となんとかお願いして録ってもらいました(笑)。この曲は作ると決めたときから「最後はコーラスで終わりたい」と思っていて。コーラスが励ましの声のように聞こえたらいいなと思っていたのと、あとは単純に「ライブでみんなで歌える曲にしたいな」と思っていたんです。弟のほかにもレーベルのスタッフさんたちに協力してもらってコーラスを録っています。最初は私の声だけでコーラスを入れようと思っていたんですけど、寂しい見送りよりも、たくさんの人が集まってみんなで「がんばれよ!」と見送るような雰囲気の曲にしたいと思って、いろんな方に協力してもらいました。

みんなが自分に当てはめて聴いてくれたら

──ここまで新曲についてお聞きしてきましたが、今回のアルバムには、過去に発表されていた楽曲をアルバムバージョンにアレンジした楽曲も多数収録されています。ご自身の中で特に印象的だった楽曲があれば教えてください。

全部思い入れのある曲ばかりではあるんですけど……中でも「碧落の地より」は印象的でした。この曲はもともと私が活動を始めて2曲目に出したもので、「珀の活動を本格的にやっていこうかな」と思ったきっかけでもあって。この曲で私の音楽に出会ってくださったリスナーさんがたくさんいますし、ライブでも絶対に最後にやると決めている曲です。アルバムを作り始めたときも、最後はこの曲で終わろうと思っていました。もともとはギターサウンドが印象的なロックアレンジでしたけど、今回は生のストリングスを演奏していただいて、ガラッと印象の変わった壮大なアレンジになっているので、ぜひ注目して聴いてくれたらうれしいです。

──構成もアカペラで始まるものに変わっていますね。

ライブで歌ったときと近いものになっているので、みんなもハッと驚いてくれるかなと思っています。あとは、ガラリとアレンジが変わった曲という意味で、「ひカゲもの」も挙げたいです。原曲はピコピコとしたシンセサウンドが中心になっていましたけど、もともと歌詞では強い決意を表していたので、アレンジを熱いロックサウンドに変えても合うんじゃないかと思ったんです。それで、楽器も全部差し替えてみました。自分の中でも、今までのアレンジが一番合っていると思っていたんですけど、このロックサウンドも、言葉がまっすぐガツンと伝わるようなものになったんじゃないかな、と思っています。

──今回のアルバムの収録曲は原曲からアレンジが大幅に変わっているものも多いですが、「こっちもすごく合っているな」という魅力を感じることが多かったです。

聴き慣れている人たちが「なんで変えちゃったんだよー!」という気持ちにならないかな、とけっこう不安な部分もあるんですけど、自分としては変えてよかったなと思っています。デビューアルバムはこれまでの私の集大成のようなものなので、全部の曲に最善を尽くしたいと思っていました。「全部の曲に同じ熱量で向かいたい」「すべての曲がリード曲であってほしい」と思っていたので、アレンジを変えたことによってアルバムにふさわしい形にできたと思いますし、私としては宝箱みたいなアルバムになったなと感じています。

──今回のアルバム制作は珀さんにとってどのような経験になりましたか?

音楽を作るということに今まで以上に向き合う経験になったと思っていて、「私ってこんなことがやりたかったのかな」と、アルバムを作る中で初めて気付いたこともありました。アルバムを出すことができたというのは、私にとってすごく幸せなことだなと思いますし、このアルバムが少しでもたくさんの人に届いたらいいなと思っています!

──これからの活動についても考えていることがあれば教えてください。

「自分らしく音楽を作り続けたい」というのが一番ですけど、そのうえで、これからもいろんな自分を出せるような活動をしていきたいです。まだ私が見つけられていない自分も含めて、これからもいろんな自分を見せていけたらな、と思うので。あと、私の場合、インスパイアソングという形で曲を書いてはいますけど、「聴いてくれるみんなが自分に当てはめて聴いてくれたらいいな」と思っているので、その人の人生のインスパイアソングになってくれたらいいな、みんなにとってのそういう曲を作っていきたいなと思っています。

珀

プロフィール

(ハク)

「アニメ・マンガのキャラクターの新解釈」をコンセプトにした楽曲を発表するシンガーソングライター。2020年12月にYouTubeで音楽活動をスタートさせて以来、作詞、作曲、編曲、歌唱、ミックスを1人で手がけた楽曲を多数発表している。2022年4月にテレビアニメ「キングダム」のエンディングテーマに使用された「眩耀」を配信リリース。10月にはドラマ「商店街のピアニスト」の主題歌「邂逅の旋律」を発表した。2023年5月にドラマ「さらば、佳き日」のオープニングテーマ「糠星の備忘録」をリリースし、7月には同楽曲を収録した初のフルアルバム「まだ誰一人と知らない話を」を発表した。