八王子P|ボカロシーンを牽引した10年間と新作から始まる11年目を語る

時代に合うものを意識して、感覚にずれがないように

──ボカロシーン以外のいろんなところに出て行くことも、ご自身の役目だと思っていたりします?

求められていることがまずうれしいというのもあるし、あとはやっぱり本当に勉強になるから楽しいです。アウェーの現場とかもあるんですけど、それも勉強で。「こういうお客さんはこれでは全然盛り上がらないんだ」とか、実際に演者として経験しないとわからない。だからそこはポジティブに捉えて、そういういろいろな現場を経験したほうがより盛り上がるものを作ることにつながっていくと思うので、今後もそういうお話があればチャレンジしていきたいですね。

──とりあえずやってみて、経験して学ぶ、自分のものにしていくというのは一貫しているんですね。

そうですね。そこはわりとポジティブです。ありきたりかもしれないですけど、せっかく一度きりの人生だから、経験しないよりはしたほうがいいよなって。やってもいないのに、ああだこうだ言うのが好きじゃないんですよ。やって「つまらない」って言うのは全然いいと思うんです。映画とかも、お金を払って観て「つまらない」っていうのはいいですけど、それをしないで言うのが好きではなくて。

──ご自分のいるシーンを客観視したり俯瞰で見たりすることもありますか。

あります。音楽シーン全体もそうですし、ボカロシーンの中でも時代時代のトレンドがあって、その中で自分のキャラやイメージを貫き通したほうがいいのかなとも思っていたんですけど、今は曲作りにしても活動の仕方にしても、ある程度時代に合うようなものを意識するようになってきてます。

──その中で2019年のボカロシーンはどう見えてます?

DJイベントや海外のライブに行くとすごい盛り上がりで、ボカロがすごくメジャーになったんだなと感じるというか、もう特別なものではないんだなと。今の子たちの感覚では当たり前にあるものとして、J-POP、洋楽、ボカロみたいに、日常にボカロが溶け込んでいるような環境で育ってる。最初はなんとなく「勢いがなくなったのかな」と思っていたんですけど、そういうものでもないなというのが最近の感覚です。

──僕は、ブームだったものがカルチャーになったと捉えています。

うんうん。でも逆に言えば、これからボカロを始めようとする人は大変だなって。僕らが始めた頃は「ボカロだから」で片っ端から聴いてもらえましたけど、今はもう「ボカロだから聴く」じゃないんですよね。その人の曲だから聴く、その曲がいいから聴くっていう状態で、その人自体に興味を持たれないとなかなか聴いてもらえないのはあるかもしれない。現に、ここ数年でバーッと伸びてきたボカロPはそこまでいなくて……才能のある子はめっちゃいると思うんですけど、それをフックアップしたり目立つ機会はなくなっているという気はします。

──そういう環境下において、八王子Pさんが2018年に発表した「バイオレンストリガー feat. 初音ミク」は一気に再生数を伸ばしました。そこはどう受け止めましたか。

正直、僕もよくわからないんですよね。なんでだろう(笑)。もちろん、がんばって作っているんですけど……そこもさっきの話とつながってくるんですけど、ボカロって盛り上がってないのかなという印象だったのが、でも再生数はすごく回っているよな、みたいな。だけどめちゃくちゃバズってるという感覚でもない。それって「ボカロだからどうこう」じゃないんだろうなって。単純に八王子Pの新曲だからとか、ミュージックビデオがいいからとか、そういう感覚なんだろうなと思います。あと、ボカロって今までだったら「歌ってみた」とか「踊ってみた」みたいな二次創作があって、相乗効果で伸びていくことがありましたけど、今はそれにもう1つVTuberという新しい文化が出てきて、僕の曲もVTuberの方がカバーしてくださったりして。

──なるほど。ボカロ=ニコニコ動画という図式だけじゃなくて、いろいろと開拓されている面もあると。

ボカロといえばニコ動っていう感覚は、特に昔から聴いていた人間にはありますけど、多分今はもうそうじゃないんですよね。今たくさん聴いてくれる層と、その辺の感覚にずれはないように意識していますね。

八王子P

10年後になくなっているかもしれないCDという形で残したかった

──そういった変化も肌で感じつつ、10年間の活動を経て制作された「GRAPHIX」ですが、10周年イヤーにリリースするということを意識はされましたか。

10周年は節目なので何かを出したいとは思いましたけど、10周年っぽい今までを振り返った曲とか、あまりそういう感じにはしなくていいかなと。それこそそういうのはベスト盤(2016年6月リリースの「Eight -THE BEST OF 八王子P-」)で1回やっているから、今作はボカロを始めた頃みたいな感覚で、当時の作り方というか、アルバム全体のコンセプトやストーリーも決めず、作りたい1曲1曲を入れていってまとめた感じでした。

──本能に忠実に。

おっしゃるとおりですね。あと、ボカロが10年後になくなることはないと思うんですけど、CDは10年後になくなっていてもおかしくないなと思っていて。だからこそ形に残しておきたかったのはあります。もしかしたら20周年のときにはCDという形では出せないかもしれないので。

──現時点の八王子Pを形に残しておこうと。

そうですね。ただ、自分としてはここを目標にがんばってきたとかでは全然なくて、音楽をこの先も10年、20年やっていくつもりでいて。10周年をモチベーションにするのは気持ちが入らないなと思ったから、作りたいものを作っていこうと。タイトルの「GRAPHIX」も、そういうジャンルも歌詞の内容も色とりどりな曲が入っているということで付けました。

──ミクの10周年のときにも同じようなことをおっしゃっていましたよね。メモリアル自体はモチベーションにならないという。

中にいるとそうなのかもしれないですね。傍から見ている分にはめちゃくちゃワクワクするんですよ。僕も、好きなゲームが何周年かを迎えたら「どんなイベントをしてくれるんだ?」とか、好きなアーティストの周年だったら「大きいライブをやってくれるのかな?」とか、ファン目線に立ったときはワクワクするので、そこには応えたい気持ちはありました。

──今作の楽曲ができてきたのは、前作以降の2年間で触れたものや感じたことからの影響が大きいですか。

そうですね。10周年のお祭り感もプラスしたいなと思ったのでGigaちゃん、ゆっぺくん、HANAEさんっていう、普段から僕が仲がよかったりお世話になったりしている人たちとコラボレーションしてますけど、KUMONOSUとしての活動や、「Last Dance Refrain」(2017年8月リリースのアルバム)を出してからの2年間に自分がボカロシーンを見てきて感じたものは楽曲に反映されてますね。わかりやすいところで言うと、ボカロの声の調整の仕方は徐々に変えていて。昔はケロらせたロボットボイスの感じだったんですけど、今はビブラートを残していたりとか、生とケロケロを半々のバランスで作っていたり。楽曲提供なんかもしていく中で僕のメロディの作り方もちょっと変わってきていて、昔は鍵盤を弾きながらだったのが今は自分で歌いながら作るので、そうなると人が歌いやすいメロディになったり、そういう部分は変わっていますね。

八王子P「GRAPHIX」
2019年8月28日発売 / TOY'S FACTORY
八王子P「GRAPHIX」

[CD] 2484円
TFCC-86683

Amazon.co.jp

収録曲
  1. ACUTE feat. 初音ミク / 八王子P[作詞:q*Left / 作曲・編曲:八王子P]
  2. Gimme×Gimme feat. 初音ミク・鏡音リン / 八王子P×Giga[作詞:q*Left / 作曲・編曲:八王子P、Giga]
  3. VIRTUAL COMPLEX feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
  4. MINIMALIST feat. 巡音ルカ / 八王子P×ゆよゆっぺ[作詞・作曲・編曲:八王子P、ゆよゆっぺ]
  5. バイオレンストリガー -GRAPHIX MIX- feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
  6. BL▲CK feat. 巡音ルカ / 八王子P[作詞:HANAE / 作曲・編曲:八王子P]
  7. ワールドワイドフェスティバル feat. 初音ミク・鏡音リン・巡音ルカ / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
  8. イロドリミライ feat. 初音ミク / 八王子P[作詞・作曲・編曲:八王子P]
八王子P(ハチオウジピー)
八王子P
VOCALOIDを使用して音源制作をするボカロPとして活躍する男性アーティスト。クールな四つ打ちトラックにキャッチーなメロディを乗せたダンスチューンを得意とする。2009年12月、ニコニコ動画で公開した「エレクトリック・ラブ」が注目を集め有名ボカロPの仲間入りを果たした。2012年2月、アルバム「electric love」でメジャーデビュー。2013年にはTOY'S FACTORYからアルバム「ViViD WAVE」、2015年9月に「Desktop Cinderella」を発表した。また2016年6月には八王子Pの活動開始8周年を記念して、ベストアルバム「Eight -THE BEST OF 八王子P-」をリリース。2017年8月には全曲で初音ミクをフィーチャーした新作「Last Dance Refrain」を発表した。2018年8月からはHANAEとともに“都市型夜光性音楽ユニット”KUMONOSUとしての活動を開始。2019年8月に音楽活動10周年を記念したミニアルバム「GRAPHIX」をリリースした。