バーチャルシンガーHACHI インタビュー|メジャーデビューアルバムに込めた新たな思い (2/3)

全人類にこのアルバムが届いてくれたらうれしい

──メジャーデビューアルバム「for ASTRA.」は、これまでの活動や作品を踏まえたうえで、どんな作品にしようと思って制作に取りかかったのでしょうか?

自分のそもそもの活動理念として「あなたの心に寄り添う」という思いがあって、これまでのアルバムもそれをメインテーマにしていたのですが、今回は“寄り添う”部分も引き続きありつつ、新たに“届ける”をテーマにしています。アルバムタイトルの「for ASTRA.」には「星々に向けて」という意味合いがあるのですが、私の中では“星=人間”というイメージで、「あらゆる人々に向けて届けたい」という思いを込めています。なので全人類にこのアルバムが届いてくれたらうれしいですね(笑)。

HACHI「for ASTRA.」初回限定盤ジャケット

HACHI「for ASTRA.」初回限定盤ジャケット

──それに加えて、このアルバムはNASAの宇宙探査機・ボイジャーに搭載された“ボイジャーのゴールデンレコード”をモチーフにしているとか。

“ボイジャーのゴールデンレコード”は世界各地のいろんな音楽や挨拶などの音声が記録されたレコードで、まだ見ぬ地球外生命体に向けて地球の文化が届くことを願って搭載されたものなんです。私の楽曲を作ってくださっている海野水玉さんとボイジャーの話をしていたときに、そういうレコードがあることを教えてもらったのですが、それがこのアルバムで表現したかった「まだ見ぬ存在に自分の何かを届ける」というコンセプトや、もう1つのテーマとして考えていた「私が生きた証を残したい」という私自身の気持ちにもバチッとハマったので、「これしかない!」と思ってアルバム全体のモチーフにすることに決めました。

──1つ気になったのですが、なぜ海野さんとボイジャーの話をしていたのですか?

これは裏話になるのですが、実はもともと考えていたアルバムのモチーフは金星だったんです。そもそも私は「星や月をイメージした楽曲を歌うのがすごく合っている」と言われることがよくあって、それがずっと頭に残っていたので、「私がリスナーにとっての一番星になれたら」という意味を込めて、一番星である金星のイメージでアルバムのコンセプトを考えていたんです。でもよくよく考えると、そういうコンセプトの作品はほかにもたくさんありそうだなと思って。

──なるほど。

そんなときに「ボイジャーが壊れかけていて、意味不明のデータを地球に届け続けている」というニュースを見かけて、海野さんとやりとりしているときに「これめっちゃエモいですよね」という話をしつつ、アルバムのコンセプトに悩んでいることを相談したら、「ゴールデンレコードはどうですか? 色も金色だし」と提案してくださって。それまでは金星でいくつもりで資料を作ってチームの人たちに共有していたのですが、ゴールデンレコードがあまりにもピッタリだったので「変えていいですか?」と一気に方向転換して、いっとき混乱を招いてしまいました(笑)。

──自分で資料を作ってプレゼンするんですね。

はい。私が制作の話に入るときは、言葉よりも情景で伝えることが多くて。自分の頭の中ある映像や情景に合う写真を探してきて、それでコラージュを組んで提出します。言葉でイメージを伝えるよりも、楽曲から浮かぶ情景や色をそろえたいんですよね。歌を歌うときも、自分の頭の中にある情景が届くといいな、と思いながら歌っていることが多いので、「言葉で伝える」というよりは「イメージで伝える」ことを大切にしています。

HACHI「for ASTRA.」通常盤ジャケット

HACHI「for ASTRA.」通常盤ジャケット

リード曲は“劇場版HACHI”

──アルバムの話に戻りまして、ゴールデンレコードというコンセプトが決まったうえで本作の軸になった楽曲は?

リード曲の「Pale Blue Dot」ですね。これは海野さんと作った楽曲ということもあって、アルバムのコンセプトに対する解像度が高いですし、タイトルの「Pale Blue Dot」もボイジャーから見たドットのように小さい地球を意味する言葉なんです。歌詞に「私は地球のひとりの歌姫」というフレーズがあるのですが、ここはこれでいくかずっと協議したうえで歌うことを決めた部分で。正直、自分の自信次第でどう響くかが変わってくる言葉だと思うのですが、私の歌を好きで聴いてくれているリスナーさん、関わってくださっているクリエイターの皆さん、そのみんなが全力で私に向き合ってくれているからこそ、この言葉に重みが出ると思っていて。だから「ひとりの歌姫」と歌ってはいますが、そこに至るまでにはすごくたくさんの後押しがある。そういうことを全部含めたスケール感のある楽曲になりました。

──お客さんとシンガロングできるパートもあって、ライブでも映えそうな楽曲です。

実は「HONEY BEES」の後継曲というイメージもあって。冒頭に「僕らひとつの歌になれ」という「HONEY BEES」からのフレーズも入っていますし、コーラスもさらに遠くまで歌が届くように「HONEY BEES」よりも厚めにしているんですよ。すごく遠くからでも、私のことを知らない人にも届くように、スパン!とまっすぐに歌うイメージで作った楽曲で、レコーディングでも歌うときにすごく力が入りました。「届け!」という気持ちが強くて、“劇場版HACHI”みたいな感じの楽曲です(笑)。

ペンライトを振るBEES。(Photo by Yudai Isizuki)

ペンライトを振るBEES。(Photo by Yudai Isizuki)

──「HONEY BEES」も海野さんが作った楽曲でしたね。「Pale Blue Dot」には、先ほどアルバムのもう1つのテーマとして挙げていた「私が生きた証を残したい」という思いも歌詞に込められているように感じます。

そうですね。アルバムには自分の死生観が関わっているところがあって。私は個人的に、死んだらそのあとは無だと思っていて、死後の世界や輪廻転生に対する認識が薄いんです。その中で、私がこの時代に生きていた証を残すには歌しかない、なおかつ「人間の記憶は聴覚から忘れていく」という話なので、私はその最初に忘れてしまう“声”を媒体として歌を届けてそれを残していきたい、という思いがあって。だから「Pale Blue Dot」では、宇宙に比べたらすごく小さくてはかない存在として人を描いていて、その中でも今この瞬間誰かに歌を届けるために私は歌を歌う、という思いを込めています。

──海野さんはもう1曲、先行配信された「万華鏡」も提供していますが、こちらはどんなイメージで制作したのでしょうか?

これはけっこう前に海野さんから「こんな曲はどうですか?」と提案していただいた楽曲で、今回、満を持して出羽良彰さんにアレンジに入ってもらって、パワーアップした形で収録することになりました。そこはかとない和の雰囲気やメロディラインの美しさ、コーラスワークを含めて、海野さんとHACHIの組み合わせが好きな方なら絶対に気に入ってもらえると思います。緩急のある楽曲で、サビで音がパキッと変わって色が変わる構成からも万華鏡を感じてもらえるかなと。

──「八月の蛍」「夏灯篭」「ビー玉」と続いてきた海野さんとの夏歌シリーズに連なる雰囲気の楽曲ですよね。海野さんとは2021年リリースの2曲目のオリジナル曲「Rainy proof」からご一緒されていますが、海野さんの作る楽曲にはどんな印象をお持ちですか?

本当に初期からご一緒しているので、海野さんがHACHIの根本を作ってくれている印象があります。その中でも切なさや物悲しさにフォーカスした楽曲が多いのかなと思っていて。マイナスな感情の中にある美しさを歌声で表現できるようになったのは海野さんのおかげだと思います。それと「HONEY BEES」や「Pale Blue Dot」はHACHIが歌うことに準拠した内容の歌詞ですが、それ以外の楽曲は私以外の主人公が明確にいるんですよね。その主人公の気持ちを自分の中に落とし込んで歌うので、1つの物語を歌っている気分になるんです。なので海野さん楽曲は“歌で演じる”という意識が強いのかなと思います。

だんだんとアーティストらしくなってまいりました

──今作にはそのほかにもさまざまなクリエイターが参加しています。テレビアニメ「SHIBUYA♡HACHI」の主題歌でもある先行配信曲「Dusk」と、シティポップ調のクールなナンバー「DIVE」を提供したプロデュースユニットのtee teaは、前作のアルバムからの続投ですね。

tee teaさんはHACHIの今まで知らなかった引き出しを開けてくださった方々で。前作もそうなのですが、今作でもおしゃれなクラブミュージック調のポップスを作ってくださいました。私はシティポップやR&Bも好きなのですが、tee teaさんの楽曲はそのあたりのジャンルにも通じるアプローチをしてくださっていると思います。yaccoさんの書くリリックもいつもおしゃれで素敵なんですよね。特に「DIVE」はすごく大人な世界観になっていて。歌い方も大人っぽくしたので、この曲ではかなり大人のHACHIを楽しんでいただけると思います(笑)。

──前作アルバム収録の「さよならfrequency」でご一緒していた春野さんは、今回「異星から」と「√64」の2曲を提供しています。

「√64」はまさに私が春野さんにお願いしたかったR&Bでチルな雰囲気が詰まっていて、春野さんらしい楽曲になっています。もともと春野さんのこういうテイストの楽曲が好きで聴いていたんです。逆に「異星から」はかわいらしい曲になっていて、レコーディングで春野さんに「キュートな声でお願いします」と言われたときは「えっ!? キュートな声ってなんだろう?」と戸惑ってしまいました(笑)。でも、ポップすぎず、ジャジーな雰囲気もあって。おしゃれなピアノも入っていますし、個人的にはキックが重たくて好きです。

──この硬質なキックが余白多めのアレンジにすごくマッチしているんですよね。

アルバムを通して聴いていると、この曲でいきなり重めのキックがドン!と鳴るのでハッとするんですよね。このアルバムは通しで聴いたときの楽曲の流れや曲間の時間にもこだわっていて。今回は私もマスタリングに同席させてもらって、曲間の秒数指定もしたんです。だんだんとアーティストらしくなってまいりました(笑)。

──アハハ。ちなみに「√64」というタイトルは、やはりHACHIさんのお名前にかけたものなのでしょうか?

私は数学に疎いんですけど、確かに√64は数字の「8(ハチ)」になるらしくて……真相はわからないので、今度春野さんに会ったときに聞いておきます(笑)。