バーチャルシンガーHACHI インタビュー|メジャーデビューアルバムに込めた新たな思い

バーチャルシンガーのHACHIがキングレコード内レーベル・SONIC BLADEよりアルバム「for ASTRA.」をリリースし、メジャーデビューを果たした。

HACHIは、2019年に活動をスタートさせたバーチャルシンガー。透明感のある“シルキーボイス”とエモーショナルな表現力が特徴で、海外公演を含むツアーや有観客 / オンラインライブを開催しているほか、YouTubeで週2回の定期配信を実施して歌を届け、親近感のある語り口のトークも含めてリスナーの心に寄り添い続けている。「for ASTRA.」は“ボイジャーのゴールデンレコード”をモチーフに、「まだ見ぬあなたに届ける歌を」という思いを込めて作られた楽曲が並ぶ、HACHIにとって通算3枚目のフルアルバム。本作の発売に合わせて音楽ナタリーではHACHIにインタビューし、メジャーデビューに際しての心境を聞きつつ、アルバムの収録曲についてたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 北野創

自分でも人に何かを与えることができる

──HACHIさんは2020年にバーチャルシンガーとしての活動を本格化させたわけですが、これまでの活動はご自身にとってどんな経験になっていますか?

人に歌を聴いてもらえる環境はこの活動が初めてだったので、すごく新鮮な感覚でした。それまではあくまで趣味として音楽に触れていて、普段は全然別の仕事をしていたので、「音楽は好きだけど、それ1本でやっていくのは……」という感じだったのですが、バーチャルシンガーとしての活動を始めてから、自分の歌だけでお仕事をしていける楽しさを知ることができて。活動を続けていく中で、私の歌を聴いた人から「元気が出ました」とか「救われました」と言ってもらえることがうれしくて、自分が歌うことによって誰かが幸せになることを実感するようになりました。

──その中でも特に印象深い出来事を挙げるとしたら?

自分のオリジナル楽曲やアルバムをリリースしたこと、ワンマンライブを開催できたことです。それまではアーティストさんの楽曲を歌うことを趣味にしていたので、自分だけのものを発信する側になれること、私の歌を聴きに来てくれる人がいることが幸せで。言葉にするのは難しいのですが、自分の今の率直な気持ちとしては、「自分でも人に何かを与えることができる」という気付きを得られたのが、この活動を始めて特にうれしかったことですね。

──2020年7月に最初のオリジナル曲「光の向こうへ」を配信リリースしたのを皮切りに、2022年12月に1stアルバム「Midnight blue」、2023年8月に2ndアルバム「Close to heart」を発表されました。これまでに多くの楽曲を歌ってきた中で、活動の転機になった曲はありますか?

転機とは少し違うかもしれませんが、聴いてくれるリスナーに対して初めて明確に「ありがとう」の気持ちを込めた楽曲「HONEY BEES」(2023年発表)は印象深いです。私は活動を始めた時期とコロナ禍がちょうど重なっていたこともあって、ライブのことはあまり意識せず、自分の好きな曲を好きなように歌って聴いてもらうスタンスで活動していたのですが、BEES(HACHIのファンの呼称)に向けたこの楽曲は初めてみんなと一緒に歌うことを意識して制作したんです。この曲を皮切りに、ライブを想定しながらBEESのみんなで歌うための楽曲を作るようになりました。「for ASTRA.」にも、まさにそういう楽曲が収録されています。

メジャーデビューは「ワクワクした気持ちでいっぱい」

──新作のお話に入る前にもう1つ、バーチャルシンガーならではの活動の魅力や楽しさがあれば聞いてみたいです。

魅力で言うと、ライブを制作するにあたってリアルではできない演出ができるところです。去年開催したワンマンライブ(「HACHI東京・台北ツアー『Close to heart』」)では、「ビー玉」を歌っているときに大きなビー玉を飛ばしたり、「バスタイムプラネタリウム」では宇宙みたいな場所に行ったりして(笑)。ステージにも楽曲のコンセプトや世界観を盛り込むことができますし、映像面での華やかさ、きらびやかさはバーチャルシンガーならではだと思います。

「HACHI東京・台北ツアー『Close to heart』」東京公演の様子。(Photo by UMEP)

「HACHI東京・台北ツアー『Close to heart』」東京公演の様子。(Photo by UMEP)

──逆に苦労はありますか?

なんだろう? ……今は楽しく活動できているのですが、今後、いろんな人とコラボしていくときに、気にしなくてはいけないことがたくさん出てくるのかな?とは思っていて。

──確かにバーチャルシンガー同士ならともかく、リアルなアーティストとのコラボとなると、技術的な障壁がまだあるかもしれません。

バーチャルシンガーの第一人者と言うべき方々がいろんなところで活躍してくださっていることで、最近はできることが少しずつ増えてきているように感じます。いろいろなイベントや企画においてバーチャルシンガーが敬遠される状況があまりなくなった印象があって。今後もバーチャルシンガーが活躍できる機会はどんどん増えていくと思いますし、音楽業界に馴染んできているような感覚はなんとなくあります。

──実際、HACHIさんも日本有数の歴史を持つ音楽レーベル・キングレコードからメジャーデビューしますからね。メジャーデビューに対してはどのような思いがありますか?

まだ実感が湧かなくてふわふわした感じなんですけど(笑)、たぶん、このアルバムをリリースしたあとにたくさん実感するんだろうなと思います。そもそも自分の歌声を聴いてお声がけしてくださったことが本当にありがたいですし、メジャーレーベルに所属することで今後チャレンジできることの幅が、音楽面においてもそのほかの活動の面においても広がっていくと思うので、今はワクワクした気持ちでいっぱいです。

──メジャーデビューが決まって以降、制作環境やご自身の意識の面において何か変化はありましたか?

活動に対する意識の変化はすごくあります。今までは好きな音楽を好きなように、ある意味何も考えずにやってきたのですが(笑)、メジャーデビューできたからには、それなりの責任を持たなくてはいけないなと思っていて。制作環境の変化としては、これまでは少人数のチームで動いていて、私も打ち合わせを含め自分の活動に関わることにはなるべく顔を出すようにしていたのですが、キングレコードさんに所属することによってHACHIの活動をサポートしてくださる方が一気に増えたので、いい意味でお任せできる部分が増えました。正直、案件が増えてくると対応しきれなくてけっこうカツカツでやっていたところがあったのですが、今は自分の活動のコンセプトや歌について集中して考える時間が増えたのですごくありがたいです。