手に取って感じる体験を
──作品やアーティストを知ってもらうための切り口としても、ビジュアルはとても重要なんだなと改めて感じました。
渡辺 アルバムがすごくいい出来栄えなので、ぜひ手に取ってほしいなっていうところではありますね。特典を含めて「けっこうすごいんだぞ」と自信を持って言えるものができたので、単純に楽しんでもらいたいです。特に若い子はCD自体に触れる機会が減っていると思うので、手に取って何か感じることがあれば。中学生のお子さんがいる人の話を聞いたら、ライブ会場で買うCDがお土産みたいな感覚なんですって。買ってはみたけど、どこでディスクを再生すればいいかわからないと。
田中 家にCDプレイヤー自体がない人も多いみたいですもんね。
渡辺 そうなんですよ。だからCDを買っても「飾るだけだよ」みたいになるんですって。そんな飾るだけのものが3000円もしないと思うんですが(笑)。でも本当にそうなっていってるみたいで。変わりゆく世の中で僕としてはモノにこだわりたいというのがすごくあったんで。こだわりのティッシュボックスもできたっていうのは本当にうれしい。ぜひ、店に行って手に取ってみてほしいなって。写真で見るより大きいとか、何かしら感じることがあると思うので。
ルーツと遊び心を忘れずに
──渡辺さんはデザイナーやカメラマン、映像作家などさまざまなジャンルのクリエイターと関わる機会が多いですが、田中さんとプロジェクトを進めてみて何か印象的だったことは?
渡辺 普段は1回完成案が出てきたらそれでフィックスになることが多いですが、今回は田中さんのほうからいろんなアイデアを出していただいて、どんどん変わってよくなっていく過程も楽しかったです。遊べるかどうかは、一番大事なのかもしれません。「こんなのどう? じゃあこんなのは?」って、遊んでるとき、楽しんでるときに言いたくなりますよね。まさかこんなに案をいろいろ出していただけると思っていなかったので、僕も一緒に遊ぶくらいの気持ちではありました。
田中 僕は普段からそういう形でやらせていただいてるので、よかったです。
──田中さんは自身の会社でクリエイターを抱えています。実際に手を動かすクリエイターにディレクションする側として「ここは大事にしてほしい」と思っていることは?
田中 いろんな人とイメージを共有するうえで、「こういうものを作りたい」と言葉で伝えるのが僕は苦手なんです。だからなるべくビジュアル化して、それを見てもらって「こういうことをやりたいんだな」と理解してもらうようにはしてます。
渡辺 僕の場合は基本的に最初にバーッとしゃべるんですけど、そのあとはクリエイター任せといいますか、「もうお好きに」というスタンスでやらせてもらうことが多いです。なんでかというと、僕自身「直せ」と言われたたらちょっとイラッとするんですよ。「今出したのが最高のものなんだけど」みたいな。例えば「歌詞を直せ」とか言われると「え! 今が一番いい状態なのに!」みたいなことがないようにしたいから。
──渡辺さんのアイデアの根底にあるものはなんでしょうか?
渡辺 僕のリソースは大学生時代までに得たものがほとんどです。大学に6年間行ったんですけど、そこまでに培ったものしか貯えがないというか。この業界に入ってからは必死にやってくしかなかったから、当時ほどインプットできてないんですよね。影響を受けた中でも大きいのはマルコム・マクラーレン、Nirvana、デヴィッド・ボウイですね。それらを掘り下げて、広げてを繰り返してる感じ。僕自身すごく凝り性ではあって、学生時代は「ロッキング・オン」「クロスビート」のデヴィッド・ボウイ、Nirvanaの記事をくまなく読むみたいな人間だったので、10個年上とかの方でもけっこう話が通じることは多いです。あとイラストレーターのJun Inagawaは若手ですけど、彼はTHE MAD CAPSULE MARKETS、Sex Pistolsとかが好きで、自分が高校生の頃に大好きだった音楽とも共通点があるから話が合うなあと。
田中 Sex Pistolsもデヴィッド・ボウイも、僕ですらリアルタイムじゃないですからね。
渡辺 そうですよね。僕はすごくラッキーな時期に青春を過ごしたと思います。90年代、中学ぐらいまではまだインターネットの回線がすごく遅かったんですけど、だからこそ図書館に行って雑誌を読み漁っては伝記を読むみたいな行動につながって。高校生ぐらいからすごくネットが発達して、2000年代に入ってYouTubeが出始めてからは昔のライブ映像がたくさん観られるようになった。それこそデヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト・ザ・モーション・ピクチャー」は、テープが擦り切れるぐらい観たんですけど、今ではネットで簡単に観られるから。でも自分で掘っていったりとか、文献を読んだりしていたときのほうがインプットしてたなという気はしていて。それで言うと本当のルーツは小中学生ぐらいまでに知ったことなのかなと感じることもすごくあります。なので「ウゴウゴルーガ」で触れた田中さんの作品も確かなルーツなんだろうなって。とにかく「プリプリはかせ」が大好きだったので(笑)。
田中 ははは(笑)。僕もやっぱり子供の頃に観たり読んだりしてたものの影響は強いです。僕の場合、赤塚不二夫とか山上たつひこのマンガがルーツになっているので。「プリプリはかせ」みたいなことをやっちゃったのも、昔読んだギャグマンガの影響でしょう。渡辺さんの話からも感じましたけど、結局ルーツってそういうことなんですよね。