俺は多重人格か?
──「その愛と死を」と同様に、「オレンジピール」と「18SDGs」も劇伴的に使われていますね。
e-ZUKA 最初に言ったように今回のミニアルバムはサントラ的なものにしようと決めて、そのうえでどういう曲があったら面白いかなと思って。テーマソングの「未来線を上って」はできてたから、残りの4曲として「骨太なロックナンバーと、かわいくてちょっとファンキーな曲と、ボカロPが作りそうなインスト曲と、バラードがやりたいです」と僕が言ったんですよ。それも12月の終わりぐらいでしたよね?
直 そうでしたね。その4曲のストーリー内での位置付けをこちらで決めさせてもらって。
e-ZUKA (スマホをいじりながら)今メールを発見したけど、12月21日に「未来線を上って」のデモをお渡ししてますね。その返信が翌22日に来ていて「ロックな曲は日下部達也のテーマ、かわいい曲は達也の幼馴染・月森未奈のテーマ、インストはゲーマーの中原蓮のテーマ、バラードは真田千秋のテーマ」と。で、年末年始にかけて4曲仕上げなきゃいけなかったんですけど、この12月末から年明けまでの期間って恐ろしくて、年をまたぐから時間があるように錯覚しちゃうんですよ。でも、12月31日が終わればすぐ1月1日になるんですよね。
──加えて三が日なんて、一瞬で過ぎ去りますよね。
e-ZUKA そうそう。っていうか三が日は休まなきゃいけない(笑)。だから全然時間がなかったんだけど、実は「オレンジピール」と「その愛と死を」は、去年の自粛期間中にスケッチがあったんですよ。「やることもないし、曲でも作るか」みたいな感じで。それがちょうど今回の脚本に合いそうだなと思って。だから意外と早く4曲できました。
──「オレンジピール」は、先ほど「かわいくてちょっとファンキー」とおっしゃった曲ですが、GRANRODEOとしては異色ですよね。
e-ZUKA 別にどんな曲をやってもいいと思ってるんですけど、これなんかは単純に「Aメロをずっとファルセットで歌ったらどうなるかな?」って。
KISHOW GRANRODEOは彼の実験の場なんでね。
e-ZUKA そういうプリンスみたいな曲はやったことなかったなと。自粛期間中に作ったのはAメロだけだったんで、そこから完成形にするのはわりと大変だったんですけど。あと、とにかく時間がなかったから歌録りも彼にがんばってもらって。やっぱり声優の仕事もあるし、喉に負担をかけるのはよくないから普段は1日でマックス2曲なんですよ。でも今回は、1日に3曲歌ってくれたんです。おかげで僕が使える時間が増えました。
KISHOW そうなんですよ。テーマソングの「未来線を上って」に1日設けて、あとの3曲は全部同じ日に録ったんです。「俺は多重人格か?」って、我ながら器用だなって思いましたよ(笑)。
e-ZUKA あの日のバリエーションはすごいよね。まずバラードの「その愛と死を」を録って、次に「オレンジピール」をファルセットで歌って。
KISHOW プリンスというよりは、だんだん矢野顕子さんみたいになっていきましたけどね(笑)。
直 面白い曲ですよね。歌詞もAメロとBメロで主体が入れ替わるというか。
KISHOW 平たくいうと1番はファルセットのAメロで女性の気持ちを、地声のBメロで男性の気持ちを歌っているんですけど、2番で男女が反転する。つまり2番Aメロは、矢野顕子さん的な歌唱法で男性の心情を吐露するという。この倒錯した感じが自分でも非常に面白かったので、リスナーの皆さんにも面白がってほしいですね。
──最後に録ったのが、e-ZUKAさんいわく「骨太なロックナンバー」である「妄想GRAVE」ということになりますね。
e-ZUKA だからバラード、矢野顕子さんからの、ゴリッとしたリフ押しの「妄想GRAVE」でシャウトで締めるっていう。
KISHOW 「(やっとレコーディングが)終わったー!」っていうテンションでね(笑)。
出オチみたいにならなきゃいいな
──ところで、先ほどe-ZUKAさんが「我々がちょい役で出演させてもらった」とおっしゃったように、お二人は先生役として出演もされていますね。
KISHOW 僕は短いセリフをいただいて、カメリハを1回やって本番だったんですけど、見事にトチりまして。ちょい役のくせに2テイクも撮らせてしまいました。僕は声優という、演技とは切っても切れない仕事をしているはずなんですけど、顔を出して、しかもセリフを覚えないといけないというのがとんでもないプレッシャーになりまして。
直 普段は顔を出さずに、台本を見ながら絵に声を当てているわけですもんね。
KISHOW そうなんですよ。なぜだかわからないけど人前で演技をするというのに苦手意識があって。もうね、自分が出てるシーンは恥ずかしくて見てらんないですよ(笑)。
直 僕もアーティスト活動をなさっている声優さんを何度か撮影したことがあるんですけど、わりとシャイな方が多いですね。それプラス、俳優さんとは恥ずかしがるポイントが違うというか。「え? それは恥ずかしくないのに、これは恥ずかしいんだ?」みたいな。声優さんは、例えばビシッとポーズを決めるのは得意なんですけど、自然に振る舞う感じの動作が苦手だったり。
KISHOW わかる!(笑)
直 今回、KISHOWさんにもただ歩くだけのシーンがありましたけど……。
KISHOW カッチコチでしたね。だから本当にワンカットでよかったし、作品の邪魔になっていないことを祈ります。
──e-ZUKAさんはいかがでしたか?
e-ZUKA いやあ、緊張しましたよ。僕の役にもセリフがあると聞いていたから、撮影の前日に台本を確認したんです。そしたら先生は2人いて、どっちが俺だかわかんない(笑)。
一同 (笑)。
e-ZUKA で、たぶんこっちだなと思った先生には「ホームルーム始めるぞ。みんな席に着いて」「ほらそこ、席に着け」というセリフがあって。そこで「これは優しい感じで言うのがいいのかな? それともちょっと怒ってるのかな?」とか、一応役作りっぽいことをしたうえで撮影に臨んだんですよ。そしたら現場で「すみません、セリフ変えます」と言われて「ええー!」みたいな。いきなり動揺しちゃって。
直 申し訳ありません……そこのセリフは「はい、今日はこれで以上になります」「はい、さようなら」になりました。
KISHOW ホームルーム終わってる(笑)。
e-ZUKA これは入学式のあとのホームルームなんだけど、リハのときに生徒役の皆さんが「このあと部活覗いてく?」みたいなことをたぶんアドリブで言っていて。それに感心しちゃって「俺もなんかやんなくちゃいけないのかな?」と、本番で教卓の上に置いてある出席簿とプリントを整えてみたり(笑)。
直 「はい、さようなら」というセリフのあとの「気をつけて帰ってねー」もアドリブなんですよね。
e-ZUKA 生徒役の皆さんにも迷惑かけちゃいけないから、出オチみたいにならなきゃいいなと思ってがんばったつもりです。
「作品の一助」を超えた何か
──ここまでのお話の通り、ミニアルバム「僕たちの群像」は5曲入りでありながらバラエティに富んだ、充実した作品になりましたね。
KISHOW やっぱり「ロストマインズ」がなければできなかったアルバムだと思うので、俗にいうWin-Winってやつなのかな、相乗効果的な意味で。映像のほうも餅は餅屋というか、脚本を読んだときに「こうあってほしい」と思ったイメージがそのまま映像化されていて、引き込まれましたね。新進気鋭のキャストの皆さんの演技も素晴らしくて。彼らの今後の活躍も楽しみです。あと、僕はアニメのタイアップ曲を作るときは「この曲が作品の一助になれば」という感覚なんですけど、今回はそういう感じでもなくて……ええと、うまく言えないな(笑)。
一同 (笑)。
KISHOW 脚本を元に歌詞を書くというやり方自体はタイアップとほぼ同じだし、自分としてもタイアップのつもりっぽく書いたけど、できあがった「僕たちの群像」と「ロストマインズ」の関係性は、タイアップのそれとは明確に違うんですね。つまり「作品の一助」を超えた何かで……やっぱり言葉にするのは難しいんですけど、すごく不思議な達成感があります。なので、早く皆さんに映像込みの音楽、音楽込みの映像として視聴していただいて、反応を伺ってみたいですね。
e-ZUKA 曲作りはバタバタしてたんですけど、映像に合わせて作るサントラ的なアルバムだったので、僕としては「新しいものを見せてやろう」とか「もっと驚かせてやろう」とか、そういう気負いがなかったぶん、すごく楽しかったですね。とはいえ、特に「未来線を上って」は僕にとって本当にシンプルな曲だから、反応が気になっちゃって。ラジオで初めて流したときはドキドキしながらエゴサしたんだけど、めちゃくちゃ評判よくて。
直 シンプルに名曲ですよ。
e-ZUKA とにかくエモくはしたかったんですよ。サビをキャッチーにするとかじゃなくて、歌い上げちゃうみたいな。でもメロディは単純で、1回聴いたらなんとなく歌えちゃう。そういう感じの曲を作れたのもよかったし、何よりそれが皆さんに受け入れられたのが本当にうれしかった。あと、何しろ時間がなかったから全体としてアレンジもシンプルなんですけど、今回は逆にそれがよかったかもしれない。
小細工なしのストレート勝負
直 e-ZUKAさんのアレンジにかける時間がなかったというお話は、感覚的にわかる気がします。というのも、僕ら映像チームも立ち止まらずにひたすら走り続けていた感じなんですよ。だからあまり小技も使わず、ただ来た球を打ち返すみたいな。物作りって、若いうちは「これが作りたい!」という初期衝動で突っ走れるんですけど、40代半ばにもなるとそこのモチベーションがどうしても弱くなっちゃうと思うんです。マンネリズムに陥って飽きてきちゃったり。もちろん飽きないための努力もしているつもりなんですけど、今回は余計なことを考えずに済んだんですよね。
e-ZUKA 単に余裕がなかったから(笑)。
直 まあ、そうなんですけど(笑)。自分の中で「ロストマインズ」は運動神経だけで撮りきったと思っていて、正直「新しい挑戦」みたいな意識もなかったんです。でも、できあがった作品はすごく愛情を持てるものになったんですよ。結果として、このコロナ禍で僕自身も立ち止まってしまった時期もあったんですけど、結局「クリエイティブ」とか偉そうなことを言っても、手を動かさないことにはなんにもならないというのを改めて思い知ったというか。細かいことを気にせず没頭できたのは、自分にとってもよかったですね。
e-ZUKA どちらサイドもスピード感を持ったまま制作に取り組んで、最後にがっちゃんこして完成したみたいなところもあって、それがまた面白いですよね。よく「神は細部に宿る」とか言うけど、我々はもう老眼なんで細部は見えないんですよ(笑)。
一同 (笑)。
e-ZUKA もちろんディテールを蔑ろにしたわけじゃないけど、小細工なしのストレート勝負というか、勢いでガッと作り上げた感じもちょっと青春っぽいなって。
直 あるとき、僕が作業部屋で1人で編集している最中に、たまたまお二人のラジオを聴いてたんです。そしたらギターソロを聴いて曲名を当てるコーナーがあって。僕も大学時代に軽音楽部に入っていたので、合宿とかでそういう遊びをしたことがあるんですけど、お二人が本当に楽しそうにそれをやっていて。
KISHOW なんか恥ずかしいな(笑)。
直 そこでe-ZUKAさんが「LOUDNESSの曲は全部わかるから」と豪語していて、「ああ、e-ZUKAさんみたいな先輩いたわ」と思って(笑)。ものすごく懐かしい気持ちがよみがえってきて、青春時代に戻ったような。
e-ZUKA 監督が戻った青春時代って、僕らにとっての今ですけどね(笑)。
直 けっこう疲れてたんですけど「よし、もうちょいがんばろう!」という気にもなりました。僕は今回初めてGRANRODEOさんとご一緒する機会を得られたんですけど、先ほど話に出た千秋役の高山さんだけじゃなくて、うちの事務所の女性スタッフとか、あと近所の中華料理屋の店員の女の子もお二人のファンで。
e-ZUKA 庶民派で売ってますから。
KISHOW 780円の定食ぐらいの気軽さで聴いてもらいたいよね。
直 その中華料理屋の女の子はいつもわりとぶっきらぼうな感じなんですけど、ある日、GRANRODEOのTシャツを着て働いていたので、僕が「GRANRODEO好きなんですか?」って聞いたら急に愛想がよくなったんです。
KISHOW 非常にわかりやすい、いいエピソードだなあ。
e-ZUKA そのお店、今度食べに行きましょうか。