今年12月にメジャーデビュー30周年を迎えるゴスペラーズが、5曲入りのアニバーサリーEP「Pearl」をリリースした。
本作はメンバー全員が作詞作曲に参加した書き下ろしの新曲4曲に加え、彼らのカップリング曲の中でもとりわけファンに愛され続けている「東京スヰート」に、ビッグバンドアレンジを加えた2024年バージョンとして収録。ファンとともに積み重ねてきたその軌跡を、貝の中で層となり結晶化する「パール(真珠)」にたとえた本作は、まさにファンへの感謝の結晶とも言える作品だ。さらに彼らは、12月18日に全シングルのカップリング曲を網羅した5枚組カップリングコレクションボックス「G30 -Beautiful Harmony 2-」のリリースも控えている。今回の特集では、メンバー全員に「Pearl」の制作エピソードはもちろん、カップリング曲を通してこの30年を本人たちに振り返ってもらった。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / YURIE PEPE
音楽も長く残れば、時代を超えて多くの人に愛されるものになる
──「Pearl」を制作するにあたり、どんなテーマやコンセプトがあったのか聞かせてもらえますか?
村上てつや せっかくのメジャーデビュー30周年なので、何か「30」にちなんだキーワードがないかいろいろリサーチしていたところ、「パール婚」というものを知ったんです。それまで馴染みのなかった言葉でしたが、それだけに僕らには新鮮な響きがあって。パールはいわゆる鉱物とは違い、貝の体内でカルシウムの結晶とタンパク質が交互に積層されていくから独特の深みがある。それが僕たちとファン、スタッフ、メディアとの関係性を表しているようで、すごくしっくりきたんです。まずはそれでEPのテーマを反映させた1曲を作ろうと。ほかの曲もそれぞれスタイルや切り口を変えながら、30周年のテーマに合ったものにしていきました。
北山陽一 前作「HERE & NOW」では若手のクリエイターに楽曲提供をお願いして(参照:ゴスペラーズ「HERE & NOW」インタビュー)、その前の「The Gospellers Works 2」はいわゆるセルフカバー集だったので(参照:ゴスペラーズ「The Gospellers Works 2」特集)、今回はひさしぶりに自分たちで制作したオリジナル曲をそろえました。なかなか大変な作業になるだろうと予想はしていたのですが、一度道筋が見えてしまえば、あとはお互いの信頼関係でどうにかなるだろうと。それぞれが曲のアイデアを出し合い、みんなで「ああでもない、こうでもない」と意見を交わしながら作っていきましたね。
──今日は皆さんパールを身に着けていらっしゃいますが、パールにどんなイメージを持っていますか?
黒沢薫 僕はEPがこのテーマに決まる前から「パールっていいな」と思っていました。というのも、最近は若い人たちがパールをよく身に着けているんですよ。男性もカジュアルにパールを使ってのおしゃれを楽しんでいますし、以前より真珠がすごく身近に感じられるようになったというか。能登地震のチャリティーアイテムでも真珠のアクセサリーが出ていて、それを購入してSNSでオススメしたりもしていたので、なんとなく縁があったのかなと個人的には思っています。
北山 最初にリーダー(村上)が言っていたように、パールってすぐにできるものじゃないんですよね。真珠自体が少しずつ層になって形作られていくところが、僕たちの歩みと似ているというか、一歩一歩進んでいく感じがあってとてもいいなと思ったんです。しかも、真珠は二枚貝からできるんですよね。2枚の貝殻にいろんな意味を持たせることができるんじゃないかなと。
安岡優 僕自身はこのテーマが決まったことをきっかけに初めてパールを身に着けているのですが、思い返すと母がパールを身に着けていた姿が思い浮かびます。それと同じように、音楽も長く残れば、時代を超えて多くの人に愛されるものになると思うんですよ。この30周年の瞬間をともに過ごしてくれているファンのみんなとの“今”を、音楽として残していけるのは本当にうれしいことですね。
聴いてくれているファンの視点も
──ではさっそく、EPの収録曲について1曲ずつお話を聞かせてください。まず、冒頭曲「F.R.I.」はどのように生まれたのですか?
黒沢 最初に簡単なコード進行とリズムを僕が作って。でも1人じゃちょっと心もとなくて、酒井と北山に恐る恐る「これ、どうですかね?」と聴いてもらったんです。そうしたら2人ともノッてくれて、どんどんカッコいい形に仕上がっていきました。
北山 黒沢さんが目指す方向性が最初からはっきり見えたので、僕と酒井はそこにちょっとしたニュアンスを加えればいいのだろうなと。コードを変えてみるなど、思いついたアイデアをそれぞれ出し合いながら進めていきました。
酒井雄二 歌詞についても3人でけっこう話し合いましたよね。当初、僕らゴスペラーズだけの視点で「旅の一座」みたいなイメージの曲にしようと思ったんですけど、「チケット握りしめて It's Friday night!」というフレーズが入っているように、聴いてくれているファンの視点も入れたくなってきて。鏡のように、どちらの視点も感じ取れる曲にしようと3人で知恵を絞りました。
北山 この曲を聴いた方々から「新しい試みですね」と言ってもらえたのもうれしかったです。特に酒井さんが書いた、ラップとも歌ともつかない中間の部分とか、今までにも何曲かそういうことはやってきたのですが、今回はまた違った雰囲気になりました。
黒沢 ああいうアイデアは絶対に僕からは出ないですからね(笑)。
ゴスペラーズ流コライト法
──表題曲「パール」は黒沢さん、北山さん、安岡さんによる共作曲ですね。
北山 いつも僕と安岡がコラボする場合は、本当にゼロから少しずつコード進行を考えていくことが多いのですが、今回は黒沢さんから「ちょっと聴いてほしい曲がある」と言われて、「はい、ぜひ聴かせてください!」と(笑)。
黒沢 またそうやって大袈裟に言う(笑)。
北山 (笑)。「F.R.I.」はトラックだけでしたけど、「パール」は最初からメロディがあったんですよね。この曲を表題曲にしようと言ったのはリーダー(村上)だったかな。
安岡 そう。EP全体のテーマを「パール」にしようという話になり、リーダーの提案でこの曲が「パール」と名付けられ、そこからテーマに沿った曲を作る流れになった。
北山 そうだね。それで、3人でパールについていろいろ調べたり話し合ったりして、少しずつ形にしていきました。
安岡 コライトのよさって、最初から100点のアイデアを持ち寄るのではなく、みんなで10点くらいのアイデアを出して、そこから100点に向けて完成形をシェアしながら作り上げることだと思うんです。今回も黒沢さんのデモを、メロディの骨子の部分までシンプルに削ぎ落とし、そこにそれぞれが自由にアイデアを乗せていくという。まさに化学反応でしたね。
北山 コーラスのアレンジもこだわったんだよね?
安岡 例えば、「ここは5人で声を合わせたい」「ここでリードがワンフレーズだけ歌って、後ろでコーラスが追いかける」みたいな構成を紙に書き出し、それを見ながら具体的に詰めていきました。そうすると、1つのフレーズに入れられる文字数も決まってくる。それを踏まえたうえで、黒沢さんが仕上げてくるという。
黒沢 あれは本当に面白かったですね。
安岡 とはいえ紙の上で完璧にデザインしても、実際に歌ってみないとわからない部分もあるんだよね。僕ら、昔は作曲合宿とかもやっていましたから、コライト自体はひさしぶりではあるけど珍しいことではない。でもひさしぶりにやってみて、30年間それぞれが作家としても経験を積んできたことで、お互いの引き出しが増えていることを実感しました。しかも、前回より意見をざっくばらんに言いやすい環境になってきましたよね。
北山 アイデアを手放すのも早くなったというか、1つのアイデアに固執しなくなった。
黒沢 ここまで自由なコライトセッションは初めてかもしれないね。僕も、ずっと頭の中にあったメロディをやっと形にできた感じがして、「やっと完成した!」という達成感でいっぱいになりました。
──何が起きるかわからない不条理な世の中に対し、それでも心に響くオーセンティックなメッセージを届けたいという思いを歌詞からひしひしと感じました。
酒井 おっしゃるように、何が起こるかわからない不透明な時代だからこそ、その「わからない」ということが逆に希望でもあるとも思ったんです。パールは貝から取り出されるとそれ以上は育たない、つまり美しさの完成にたどり着いた時点で成長は止まる。「わからない期間」があることで、より美しくなる可能性が広がっている、そんな話をみんなでしたからこそ生まれた曲だと思いますね。