ゴスペラーズがコロナ禍のアカペラツアー「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」で歌った希望

ゴスペラーズが、今年4月から7月にかけて行った全国ツアー「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の模様を収めたライブ映像作品をリリースした。

アカペラアルバム「アカペラ2」を携えて行われたこのツアーでは、ボイスアクターとして小野大輔を迎えて全国を巡ったゴスペラーズ。5人がコロナ禍ならではのエンタテインメントを表現した“声”だけのライブは、来場した多くのファンに希望を与えるものだった。ゴスペラーズの活動においてもエポックメイキングなこのツアーはどのような意義を持つものだったのか。レビューを通して振り返る。

文 / 黒田隆憲

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

「今の(コロナ禍の)状況の中で、どういうステージが作れるか。我々も考えた結果ですし、すべての現場、すべての職業の方が、きっとこの状況下で一歩でも前に進めるトライを続けているかと思います。そういう意味で、我々にとっても忘れがたい『アカペラドラマ』になったと思います」

ライブ終盤、リーダーの村上てつやはオーディエンスに向けて、このような感謝の言葉を述べた。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」は、2021年3月におよそ18年ぶりとなるアカペラのみで構成されたオリジナルアルバム「アカペラ2」を発表した彼らが、同作を携えて行ったもの。ただし冒頭の村上の言葉にもあるように、その内容は通常のライブとは少し趣の異なるドラマ仕立てのものだった。そのボイスアクターとして、「ジョジョの奇妙な冒険」の空条承太郎役や、「進撃の巨人」のエルヴィン・スミス役でも知られる小野大輔が参加。ライブの“狂言回し”ともいうべき重要な役割を担っている。小野は以前、ゴスペラーズの楽曲をカバーしたばかりか、彼らが10年以上前に出版したハーモニーブック「VOICES」を参考に、さまざまな声色を出す練習を大学生時代にしていたこともあるという。そんな浅からぬ縁のある2組の“共演”も見どころの1つだ。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

村上てつや

村上てつや

Blu-ray / DVDには6月4日の東京・日本青年館ホール公演の模様が全曲収録されている。筆者もこの公演を観に行ったのだが、新型コロナ感染予防のため「声出し禁止」や「マスク着用」が徹底され、ソーシャルディスタンスを確保するために座席を半分に減らしての開催となりつつも、5人による生のハーモニーをひさしぶりに体感できるとあって、会場内が開演前から静かな熱気に包まれていたのを覚えている。

客電が落ち、「アカペラ2」の冒頭を飾る「INFINITY」からこの日のライブはスタート。パワフルかつ包容力あふれる歌声の村上、突き抜けるようなハイトーンボイスの黒沢薫、甘くてセクシーな声が特徴の安岡優、轟くような低音ボイスの北山陽一、そんな彼らのハーモニーを支えるヒューマンビートボックスもコーラスをしながら担当する酒井雄二と、5人の持ち味を存分に生かしたこの曲は、彼らの名刺代わりの1曲とも言えよう。

続いて披露された「風が聴こえる」は、タイトル通りそよ風を肌で感じるようなさわやかなハーモニーが特徴。ゴスペラーズ初の試みとなる、アカペラ楽曲の一般公募によって選ばれた楽曲だ。MCでは、「いったいどのくらい応募があるのか不安だったけど、蓋を開けたら700曲以上も集まった」と、その反響の大きさを安岡がうれしそうに語っていたのが印象的だった。さらに5人はオールディーズ風味の「マジックナンバー」では、多種多様な声を合わせるゴスペルの楽しさや醍醐味を歌詞に乗せて高らかに歌い上げ、美しいバラード「インターバル」では、5人それぞれの魅力を別のメンバーがリレー方式で愛情たっぷりに紹介し合ってみせた。

安岡優

安岡優

黒沢薫

黒沢薫

今回のツアーがユニークだったのは、冒頭でも述べたように、彼らのアカペラコンサートと並行して「アカペラドラマ」が繰り広げられていたことだ。何かしらの理由で記憶を失くしてしまったと思しき「ある女性」と、なぜかその女性の傍にいる「ある男性」との会話劇になっており、その男性の声を小野が担当。女性のセリフは、舞台上のモニターに表示され、それを観客である私たちが心の中で“読む”ことによって、このドラマが成立するという演出になっているのである。

コロナ禍でさまざまな制限が設けられている中、ライブを再開したアーティストたちはみな工夫を凝らし、観客とのコミュニケーションを図りながら「新しいライブのかたち」を模索している。先日、筆者は横浜アリーナにて行われた秦基博のライブを観に行ったのだが、あらかじめ観客からサビのメロディを歌った音声データを募り、その素材をエンジニアとともにミックスさせていくことによって擬似的なシンガロングを作り出す試みがなされていた。かと思えばあいみょんの武道館ライブでは、オーディエンスがメッセージボードを掲げ、それをあいみょんが読み上げるという形でのコミュニケーションを成立させていた。きっとほかにもさまざまな取り組みが、世界中のライブハウスやコンサート会場で同時多発的に行われていることだろう。しかしながらゴスペラーズのように、オーディエンス“全員”を舞台上のドラマに黙読という形で否応なく参加させ、これまでにない没入感を味わわせることに成功したアーティストはほかにいないのではないだろうか。

果たしてドラマの中で、女性は記憶を取り戻すことができるのだろうか。傍にいる男性はいったい何者で、女性とはどんな関係なのか。個人的には映画「きみに読む物語」や「ラ・ラ・ランド」、「わたしはロランス」などを彷彿とさせるような、ロマンティックなストーリーに胸を締め付けられた。が、何より唸らされたのは物語後半で、交差して歌われる「I Want You」や「誰かのシャツ」、「北極星」の歌詞世界を見事にシンクロさせていく展開。その結末はきっと、私たちがコロナ禍で経験している喪失と再生のメタファーでもあるのだろう。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

北山が初めて作詞に挑んだ「ハーモニオン」、そのタイトルの由来について話す一幕も心に残った。以前、音楽ナタリーのインタビュー(参照:ゴスペラーズ「アカペラ2」村上てつや&北山陽一インタビュー)でも話していたように、「ハーモニオン」は北山による造語で、人と人の間、物と物の間、音と音の間にあり、それらをつなぐ架空の物質のことを指す。これも以前、筆者が観た映画「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」の中で、主人公の女性が話すセリフ「もし神様がこの世に存在するなら、それは人々の心の中ではなく、人と人との間に存在していると思う」を思い出さずにはいられなかった。

ほかにも、酒井がルーパーを駆使しながらリアルタイムでリズムを組み立て操作する、その様子を手元の固定カメラで撮影しモニタースクリーンに投影していく「嘘と魔法」など、5人はキャリア27年にしてなお健在な果敢なチャレンジ精神も私たちに見せつけた。

北山陽一

北山陽一

酒井雄二

酒井雄二

ライブ終盤は「灼熱の後半戦」と題し、歌詞の韻の踏み方にヒップホップからの影響を強く感じさせる「いろは」で始まり、「夜をぶっとばせ」を含むアカペラメドレー「UPPER CUTS 9502」とアップテンポの楽曲を畳みかけていく。そしてゴスペラーズ、否、J-POP屈指の名曲「ひとり」を美しいハーモニーでしっとりと聴かせ、最後に「深呼吸」を披露してゴスペラーズはこの日の公演に幕を閉じた。

5人の個性がぶつかり合うハーモニーを、自ら「ケンカアカペラ」と称しているゴスペラーズ。ケンカはケンカでも、お互いの個性を潰し合うことなくその先に調和を目指す彼らの音楽性は、多様性と言いながら個性を潰し合い、対立と分断を加速させている現代社会において、なんらかのヒントになるのではないだろうか。「UPPER CUTS 9502」の中で村上は、「侍ゴスペラーズ」の歌詞を「日本全国アカペラ人 あの頃の俺たちが描いた未来もあと少し」と替えて歌ってみせた。この混沌とした時代の先にも、きっと明るい未来が待っている。そう信じさせてくれるような、美しくも力強いコンサートだった。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の様子。

プロフィール

ゴスペラーズ

北山陽一、黒沢薫、酒井雄二、村上てつや、安岡優の5人からなるボーカルグループ。1994年にシングル「Promise」でメジャーデビュー。以降、「永遠(とわ)に」「ひとり」「星屑の街」「ミモザ」など、多数のヒット曲を送り出す。他アーティストへの楽曲提供、プロデュースをはじめソロ活動など多彩な活動を展開する。2019年12月にメジャーデビュー25周年を迎えることを記念して、初のシングルコレクション「G25 -Beautiful Harmony-」を発表。2020年10月から2021年2月にかけて配信シングルを5カ月連続で発表し、2021年3月に18年ぶりとなるアカペラアルバム「アカペラ2」をリリースした。同作を携えて行われたツアー「ゴスペラーズ坂ツアー2021 “アカペラ” #あなたの街にハーモニーを」の映像作品を12月に発表。