ナタリー PowerPush - GOING UNDER GROUND
新生ゴーイング1stアルバム完成 松本素生が新作に込めた思い
「稲川くん」は完成にまで至らなかった曲のタイトル
──「稲川くん」というアルバムタイトルは、今までにないインパクトがありますね。
狙ってそういうタイトルにしたつもりはないんですよ。単純に、去年の夏ぐらいに「稲川くん」っていう曲ができたんですけど、完成にまで至らなくてアルバムには入らなかったんです。でも、自分たちの中でこの歌はすごく大事な歌になるだろうってことを早い段階から感じてたんですよ。
──タイトルの「稲川くん」というのは、実在の人物名なんですか?
そうです。小学校の同級生に稲川って奴がいて。「稲川くん」は彼を通して見た世界を歌ってるんです。彼は母子家庭の鍵っ子で、お母さんは夜の商売をしててそのことでからかわれたりするんだけど、優しくて底抜けに明るい奴で俺は好きでしたね。10歳ぐらいだとお母さんに甘えたいはずなのに、あまりかまってもらえてなくて。稲川くんの弁当は吉野家で買ってきた牛丼で、せめて弁当ぐらい作ってやれよって、当時なんとなく切なさみたいなのを感じて。あいつは10歳にして人間のグロテスクな部分をたくさん背負ってきたと思うんですよ。
──彼とは今でも親しいんですか?
いや、彼はその後に転校して全然行方はわからないんですけど、でもずっと心の中に彼のことがあって。子供の頃の俺は、そういうふうに生きてる稲川くんの存在をたぶん受けとめきれてなかったと思うんですけど、クラスメイトに変な顔して見せたりとか笑わしたりとかしてた姿が美しすぎるって今の俺は思うんです。
──そういう思いから、「稲川くん」という曲を作ろうとしたんですか?
実は「稲川くん」って曲は作ろうと思ってできたんじゃなくて、なぜか突然曲が自分の中に降りてきたんです。後になってから、今俺が喋ったようなことを自分で考えたんですけど……人の業みたいなところを含め、何かを肯定して明日に向かって生きていく行為っていうか、たぶん俺たちはずっとそこの部分を歌いたかったんだなって、改めて気付かされましたね。
──ひとつの転機になったと。
「ゴーイングってどんなバンドなの?」ってみんなでこの2年間話し合ったけど、結局この4人をつなぎ止めているものっていい歌を作ることでしかなくて。で、そのいい歌の要素が「稲川くん」っていう曲の中に全部入ってるような気がしたんです。今回は完成には至らなくてアルバムに入ってないんですけど、今ここにある10曲をまとめたときにバンドとしてのアイデンティティがまた1個増えた。だったら「歌っていうものを自分たちの手の中に取り戻したってことで、アルバムタイトルは『稲川くん』でいいんじゃね?」みたいな話になって。スタッフからは「聴き手は『稲川くん』ってタイトルの意味がわかるかな?」って言われたけど、「じゃあなんでゴーイングは2年ぶりのアルバムに『稲川くん』ってタイトルを付けたんだろうって思ってもらえればいいんじゃないの? こういうインタビューの機会を与えてもらったら、俺はそこでいくらでも伝えるし」って考えたんです。
このアルバムでは同世代感や同時代感をすごく意識した
──今回のアルバムは、歌詞がより生活に密着したものになってるなと感じました。
俺も子供ができたし、それこそ音楽で生活していくこともそうだし、確かにそういう部分が出てるかもしれないですね。それと、洋一が辞めるちょっと前に、事務所を自分たちの会社にしたので、会社の経営もしなくちゃいけない。「ミュージシャンが金のことを考えてどうすんの?」って思われるかもしれないけど、俺は俺として信じる道をやりたいし、やるしかないから。例えば会社の金を回すことを考えながら、ライブもやるし新曲の制作もする。そこで子供のことだって考えるし、明日のごはんのことも考えるし。
──それは人間が生きていく上で、当たり前のことですもんね。
そう。これもいろんな意見があると思うけど、俺は単に夢や希望を打ち出す時代ではもうないと思ったんですよ。みんな自分の信じたとおりに一生懸命がんばってるけど、挫折したり苦しい思いもするわけで。そういう部分を表現する人がいなくてどうすんのよと思ったし。いろいろやっていく中で悔しいことも悲しいこともたくさんあって、そこで「もういいや」って諦めるのは選択として簡単なんですよ。ことバンドに関しては性格上、簡単なことに逃げたくないっていうのもあるし。今考えるとその嫌だと思ったことがバネになっていて、そこで感じたことがこのアルバムに詰まってるんだと思います。
──なるほど。
嫁さんや子供がいて癒されもするんだけど、本当の芯の部分で救ってくれたのは、幸か不幸か音楽だった。それは自分たちの音楽だけじゃなくて人のレコードもそうで、ある夜に聴いた音楽が俺の背中を押してくれたっていうのがあって。そういう部分も歌詞に反映されてると思います。だから、生活感っていうか普通の目線に近いのかもしれない。
──今の素生さんの等身大の目線で、それこそバンドでの生活や日常生活といった今が本当にそのまま表現されてるなと思いました。
俺が今、単純に聴きたいのもそういう普通の目線で表現された音楽なんですよ。自分がそういう状況にいるからかもしれないけど、そうやって聴き手に刺さる音楽を作りたいなっていうのはありましたね。
──今回のアルバムでは歌詞がすごくストレートな音に乗ってるから、余計聴き手に突き刺さると思います。
これは丈さん(河野丈洋/Dr)が言ってたんですけど、このアルバムでは同世代感や同時代感っていうところをすごく意識したって。考えてることは俺と同じだなって感じました。
CD収録曲
- Merry Christmas Mr.INAGAWA
- 名もなき夢 ~煩悩青年とワーキング・ママ~
- LISTEN TO THE STEREO!!
- 所帯持ちのロードムービー
- RAW LIFE
- ジョニーさん
- ベットタウンズ チャイム
- さよなら僕のハックルベリー
- 詩人にラブソングを
- LONG WAY TO GO
GOING UNDER GROUND 10th Anniversary Tour 2011 「Rollin' Rollin'」追加公演
2011年5月4日(水・祝)
東京都 日比谷野外大音楽堂
OPEN 16:30 / START 17:30
料金:前売3500円 / 当日4000円
GOING UNDER GROUND(ごーいんぐあんだーぐらうんど)
THE BLUE HEARTSに憧れて松本素生(Vo, G)、中澤寛規(G, Vo)、石原聡(B)伊藤洋一(Key)が集まって中学時代に結成。河野丈洋(Dr)が加わり、何度かのメンバーチェンジを経て、高校卒業時に5人体制となる。インディーズシーンでの活躍を経て、2001年にシングル「グラフティー」でメジャーデビュー。「ミラージュ」「トワイライト」「ハートビート」など、切なく爽やかメロディで幅広い支持を集める。2005年には「トゥモロウズ ソング」をNHK「みんなのうた」に提供し、新境地を開拓。2006年7月に初の日本武道館公演を行い大成功を収める。2007年初頭には彼らの楽曲が原案となった映画「ハミングライフ」が公開された。2009年4月に伊藤が脱退。以降はサポートメンバーを迎えた形でライブを行いつつ、松本や河野はソロ活動も積極的に行っている。2010年にポニーキャニオンへの移籍を発表。同年5月に新体制として初のシングル「LISTEN TO THE STEREO!!」をリリースした。メジャーデビュー10周年を迎えた2011年は、記念ツアー「GOING UNDER GROUND 10th Anniversary Tour 2011『Rollin' Rollin'』」を実施。4月に約2年ぶりのオリジナルアルバム「稲川くん」をリリース。