「ジャイアンのスーパーリサイタル」レビュー|あの“大型新人”がついに本格デビュー!? レビューで紐解くアーティスト剛田武

ジャイアンの愛称で親しまれる剛田武が今年7月、日本コロムビアよりオリジナル楽曲「ジャイアントドリーム」「おれはジャイアンさまだ!2022」をリリースした。

全国でもっとも有名なガキ大将として名高いジャイアン。これまで彼は「ドラえもん」という作品の中で豪快な歌声を聴かせてきたが、メジャーレーベルから楽曲をリリースするという知らせは多くの人々に衝撃を与えた。コンピレーションアルバム「ジャイアンのスーパーリサイタル」の発売に合わせ、音楽ナタリーではアーティスト・ジャイアンの音楽活動をレビューで紐解く。

文 / 臼杵成晃

「ジャイアン、歌手としてメジャーデビュー」

アニメ「ドラえもん」に登場するジャイアン(CV:木村昴)の楽曲「ジャイアントドリーム」「おれはジャイアンさまだ!2022」が7月20日に日本コロムビアから配信リリースされることが決定。ジャイアンが長年の夢であった歌手としてのメジャーデビューを果たす。

今年6月に報じられたそのニュースは、実に大きな話題を呼んだ。私もまたそのニュースに驚いた1人だが、驚きと同時に、深い感慨を覚えた。「あの剛田が、ついにやったか」と──。

剛田武の名は広く全国に知れ渡っており、私も幼稚園の頃から彼のことを認識していた。とある街の空き地を主戦場とする一介のストリートミュージシャン。小学生としては恵まれた体型で、気性の荒い性格。アーティストとしてではなく、ガキ大将としてよく知られた男だった。むしろアーティスト / ボーカリストとしての評判はすこぶる悪く、はっきりと言えば音痴である。それでも強引に歌を聴かせようとするものだから、身近な友人は大変な思いをしていた。アーティスト名でもある「ジャイアン」という彼のあだ名は、数々のガキ大将としての逸話とともに全国へと知れ渡っているのだ。

ジャイアン

かつて剛田はインディーズでレコードをリリースしたことがある。剛田が“心の友”と呼ぶ友人・野比のび太が剛田の乱暴をいさめるため、剛田の夢である「一枚でいいからレコードをだす」を叶えるために自主制作でプレスされたのが、実質デビュー作となる「乙女の愛の夢」だ(参照:てんとう虫コミックス「ドラえもん」11巻収載「ジャイアンの心の友」)。自らを“大型新人”と名乗り、手売りでレコードを販売した剛田。彼の周囲の者たちはもれなくこのレコードを購入したが、それは彼の歌声が聴きたかったというよりも、「買わなければどういう目に遭うかわからない」という理由によるものだった。たびたび空き地で開かれるリサイタルもすこぶる不評。音痴だという自覚のない本人はひたすら気持ちよさそうに歌うのだが、地響きのする「ボエー」というダミ声に、多くの聴衆は耳を塞いでしまう。

……と、剛田のエピソードを挙げるほどに、彼が夢見ていた歌手デビューはほど遠いように思える。が、それでもなお彼の仲間たちが見捨てることなく一緒にいるのは、剛田の心根のよさを知っているからだ。仲間たちが危機に瀕したとき、剛田は誰よりも勇敢で優しく、身を挺して仲間たちを守る。誰よりも情に厚く、涙もろい。大冒険に出たときに見せる人情家の一面こそが、彼の本質であると皆知っているのだ。いざというときは必ず助けてくれる、みんなのガキ大将。そんな彼が、歌手としての夢をついに果たした。私はいつしか彼の年齢を追い越したが、いつだって彼の活躍を見守り続けていた。「あの剛田が、ついにやったか」。日本全国老若男女、多くの私のような人々が、同じように思ったろう。やったな、ジャイアン。

2022年7月20日、配信シングル「ジャイアントドリーム」「おれはジャイアンさまだ!2022」をリリースした剛田が、早くもアルバム「ジャイアンのスーパーリサイタル」を完成させた。コンピレーションアルバムとして制作された本作には、前述の配信シングルをはじめとするソロナンバーに加え、野比のび太や骨川スネ夫、源静香、ドラえもんといった剛田の友人たちも客演として参加し、剛田のデビューアルバムを華やかに彩っている。これは自分の夢を叶えるときには大切なクルー(心の友)を紹介したい、という剛田らしい優しさのあらわれなのだろう。全体がひとつの“リサイタル”としてまとめ上げられたコンセプチュアルな大作だ。

アルバムは「みんな、ついにこの日が来たぜ!」という剛田の心からの雄叫びで幕を開ける。そして始まる1曲目「ジャイアントドリーム」は、The Jackson 5のかの名曲「I Want You Back」を剛腕でアップデートしたかのような軽やかなナンバー。「おまえのものはおれのもの」とたびたび語っていた剛田が「お前の夢は俺の夢」と他人の夢まで背負い込んで駆け出す様には思わず込み上げてくるものがある。剛田が活動初期から歌い続けているセルフボーストソングの最新版「おれはジャイアンさまだ!2022」、イントロのハードなギタープレイと剛田のダミ声が耳をつんざく「ジャイアンにボエボエ」、まるで魔王が登場するかのような不穏なムードに満ちた「そこのけ!ジャイアンさまだ」、スパニッシュの要素を取り入れた「ありがとう、オーレ!」と、序盤は剛田のソロが続く。中盤は骨川とのデュエット「フレンド・オブ・ザ・ハ~ト」を皮切りに仲間たちをフィーチャーした楽曲が並び、後半にはちびっこオーディエンスをも巻き込むべくあそびうたを収録。最高のクライマックスに向けてしっかりと体をほぐすラジオ体操を盛り込んでいるのは剛田なりの過剰なサービス精神か。アンコールとして収められているのは、問題作「ジャイアンのリサイタル」。この破壊力こそが剛田の魅力だと感じる向きにはもっとも適した1曲だろう。そしてこの作品にはさらにボーナストラックとして、映画「映画ドラえもん 新・のび太の大魔境 ~ペコと5人の探検隊~」の挿入歌に採用された声優・木村昴によるアコースティックバラード「友達」が収められている。ジャイアンのよき理解者である木村の優しく温かい歌声が、アルバムに深い余韻を残す。

ジャイアン

空き地の土管をステージに、町内の仲間たちだけに届けられていた剛田の歌声が、ようやく全国へと届けられる。地響きを起こす「ボエー」の奥底にあるヒューマニズム、唯一無二の個性が詰まったジャイアニズムを心ゆくまで堪能してほしい。

プロフィール

ジャイアン

6月15日生まれ。本名は剛田武。主に近所の空き地で音楽活動を行ってきた。2022年7月、配信シングル「ジャイアントドリーム」「おれはジャイアンさまだ!2022」をリリース。同年8月にアルバム「ジャイアンのスーパーリサイタル」を発表した。