笑顔とアイロンをかけたズボン
──GFJBは、いつ頃結成したんですか?
2005年ですね。大学を卒業してから。4年間やっただけでトロンボーンで食っていくのは絶対無理だと思ってたので、眼鏡屋さんに就職したんです。でも、週末に卒業した友達同士で集まってよく飲みに行ってたんですよ。そうしたら「休日とかにちょっと吹きたい」、みたいな気持ちがみんなにもあって、「久保っち、やんなよ」と言われて。「じゃあやるよ」と言って、中央大学を卒業した人たちやほかの大学で一緒にやりたいと思ってた人たちを誘って、バンドを始めました。
──最初はあくまで、休日に楽しむためのバンドだったんですね。
そうです。そういうバンドって、けっこう世の中にいっぱいあるんですよ。アマチュアの世界でずっと長くやってる人たちもいる。ただそういうバンドをいろいろ見ている中で、「なんだか面白いことがないな」とはずっと思ってました。ジャズは人に観てもらうもの、踊ってもらう音楽という精神が基本にあるはずなのに、僕が観ていたビッグバンドの演奏は「観る人をあまり意識していないのかな」と思えるものばかりだったんです。コンボだとシリアスな顔をしてたほうがいいかもしれないけど、ビッグバンドはそうじゃなくて、ニコニコしながらできるので。
──そういう音楽にエンタテインメントを求める精神は、もしかして久保田さんがジャズに触れる前からあったのではないですか?
あったのかなあ。でもどこかでそれが芽生えたんだと思うんですよ。あのときは、ニコニコしながら演奏するビッグバンドをやれば絶対に注目されるという意識はありましたね。僕らの時代ってYouTubeとかでいろんなビッグバンドの古い映像が観られるようになっていて、遡ってみるとみんな面白いことをライブでやっているんですよ。例えば曲の最後にプレイヤーが前に出てきて、循環呼吸で楽器を吹き続けて演奏が終わらない、みたいな。それって音楽としてすごいし、エンタテインメントとしても面白いんですよね。
──YouTubeというメディアから教わったことも多いんですね。
そうです。GFJBで僕がやるアイデアの99%はYouTubeが元ネタです(笑)。すべてが自分のバンドでできるわけではなくても、もうちょっと僕らにできる形で表現していこう、みたいな感じで始めたのがこのバンドなんですよ。指揮棒を派手に振るのもキャブ・キャロウェイの映像を観て「これは演奏者だけでなく、お客さんにも伝わるな」と思ったからですし。
──GFJBを一緒にやるメンバーにも「これからはそういう面白いことをやる」と宣言したんですか?
それこそ最初の頃は強く言いました。例えば誰かがソロを吹いてるとき、普通のビッグバンドだと、ほかのメンバーはずっと譜面を見てたりして、ダラダラしちゃうんですよ。でも僕はまずそれをやめようと言いました。嘘でもいいからニコニコした笑顔で、楽しい感じにしようと。演奏はもちろん、演奏以外の要望をたくさん出したんです。衣装もそうですね。ちゃんとアイロンのかかったズボンを履いてこい、とか。ジャズをやる人はあまり格好とかを気にしない人が多いんですけど、昔のビッグバンドの人たちはすごくおしゃれだったんだから。
──久保田さんの目論見が実を結び、「あのバンド、面白いじゃないか」という声が出始めたのは、いつ頃でしたか?
社会人でライブをやり始めて2、3回目くらいにはもう手応えがあったんですよ。週末の昼間に赤坂の会場を借りて2、3バンドくらいで対バン形式のライブをするんですけど、僕らの演奏を目当てに来る人がすぐに増えた。GFJBだけでもワンマンいけそうだなというのはわりとすぐ感じました。
──昔から聞いてみたかった質問なんですが、バンド名のGentle Forest Jazz Bandの由来はなんですか?
カウント(伯爵)・ベイシーとか、デューク(公爵)・エリントンとか、ビッグバンドの偉人たちにはそういう名称があるじゃないですか。それに倣って「ジェントル(紳士)」を付けたのが僕の名前“ジェントル久保田”で、そこから“Gentle”を付けました。
──なるほど! デューク、カウントの流れでジェントルなんですね! では“Forest”の部分は?
そこは先人に倣ったわけではなくて、実は僕の本名が久保田森(しん)なんです。なので“森”の“Forest”を付けてGentle Forest Jazz Bandです。
実は“緊張しい”
──2007年から2009年にかけて、東京・高円寺のライブハウスSHOW BOATで浜野さん主催の「はまけんジャズ祭り」という年1回のイベントが開催されていました。清水ミチコさんや中納良恵さん(EGO-WRAPPIN')も出演していた豪華なこのイベントで、僕は初めてGFJBを見たんですよ。
確かGFJBの演奏をバックに、ハマケンに歌ってもらったんですよね。そういう機会にも恵まれて、僕らのバンドを観に来る人は増えていったと思います。
──ジャズのビッグバンドによくありがちな「敷居が高そう」みたいなハードルを、GFJBは越えていった印象があるんです。ライブでは久保田さんの話芸というか、MCも達者ですし。
もしかしたら意外に思われるかもしれませんが、実は僕、すごく緊張しいなんですよ。だから最初の何年かは、一字一句すべて話すことを用意していたんです。曲と曲の間のMCも、曲の途中でラップみたいにしゃべるところも全部です。2枚目のアルバム(2012年6月発売の「ハイ・プレゼント」)を出すくらいまでは、いろいろ試行錯誤していましたね。ただライブを重ねていくうちに、事前に用意しているトークと、場所や雰囲気に応じたMCが合わなくなってきたのを感じるようになったんです。会場には曲を聴きたい人もいるわけで、その場の雰囲気に応じてちょっと自由にやるほうがいいんじゃないかと思って。それからはあくまで曲をメインにして、トークはお客さんとの距離を縮めるくらいに考えるようになりました。
──ギャグと本気の境目みたいな問題もあると思います。笑われたいわけじゃない、というか。
以前はライブもトークもこっちが主導権を持っていなきゃいけない」と思ってました。こっちがしゃべって、お客さんの反応を促す、みたいな。でもお客さんがバンドのどこを見て面白いと思うのかは人ぞれぞれ違うし、僕が一所懸命やっていたとしても、別のところでメンバーが何かしてるのを見て、そっちが楽しいと思う人もいる。けっこうお客さんはいろんなところを見てるんですよ。だから、今はみんなが自由に楽しめる状況を作ることを意識していますね。
──ここ数年でだんだんメンバーも変わってきて、演奏面も確実にスキルアップしていますよね。
サラリーマン主体でやってきたんですけど、だんだん仕事が忙しくなったり、家庭を持ったりして辞めていった人たちも多くて。でも、プロの人たちが「面白そうだな」と僕らのバンドに入ってくれる機会も増えてきた。今は、僕にとって「この人は面白いな」と思えるメンバーがそろっている状態です。
──久保田さんだけじゃなく、別のメンバーに注目しても面白いという状況が自然と成り立っているわけですね。
はい。プロが増えてスキル的にはもちろん上がってるんですけど、めちゃくちゃうまい演奏を届けるのだけにこだわっているわけではない。それよりも、1人で出てきたときに音が独特だったり、すごく面白いことをやってくれる。そういう人が集まってくれているのはうれしいですね。
──最初は大勢が全体でやっているようにしか見えないけど、だんだんそれぞれの個性の集まりだと見えてくる。それもビッグバンドの魅力の1つですよね。
特に今は1人ひとりの個性を生かせるバンドになってきていますね。新作「GENTLEMAN's BAG」では、個性のあるメンバーのソロを面白く聴かせるように工夫しています。ビッグバンドの偉人であるデューク・エリントンのバンドも同じで、「みんなでやる」という印象だけじゃなくて、さらに1人ひとりが前に出て面白くする。そのことによって両方が生きてくるんですよ。
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1950年代のレコーディング手法を現代に