ゲスの極み乙女。|混沌の時代に一層ゲスらしく

ゲスの極み乙女。がニューアルバム「ストリーミング、CD、レコード」をリリースした。「キラーボールをもう一度」や「私以外も私」など、過去の代表曲を引用した楽曲を含む本作は、川谷絵音(Vo, G)いわく「ゲスの極み乙女。を再提示する作品」に。タイトル通りにストリーミング、CD、アナログレコードの3形態に加え、“賞味期限付きのアルバム”も発売される。果たして、その真相は? 川谷に話を聞いた。

取材・文 / 金子厚武

日本の音楽業界の混沌さとフィットした

──「ストリーミング、CD、レコード」、インパクトのあるタイトルですね。

ちゃんMARIとのLINEによると、このタイトルが決まったのは去年の9月らしいです。アルバムの打ち合わせをしていて、「どういう形態で出そうか?」「レコードを出したい」みたいな話をしてる中で、「それをタイトルにすればいいじゃん」と決まって。これまでの作品のタイトルが毎回漢字だけ、平仮名だけだったので、そこから脱却したいという思いもあったんです。indigo la End(以下、インディゴ)も、もともとは日本語のタイトルが多かったけど、英語のタイトルに移行した時期があって。でもゲスに英語の気取ったタイトルは似合わないと思ったから、ちょっと斜め上から「ストリーミング、CD、レコード」にしたら、パンチがあるかもと思ったんです。

──今は作品を出すにあたって、リリース形態とか、“アルバムを出す意味”とか、そこから考えることが必要な時代ですもんね。

はい。もともと僕のやっているバンドはストリーミングに関しては全部オープンだったんですよね。特に僕はここ最近リリースの数がめちゃめちゃ多かったから、結果的にストリーミング向きだったというか。ストリーミングで新曲が1曲リリースされると、過去の曲も聴いてもらえるから、ライブラリが多ければ多いほど全体的に再生回数が増えるので。それを狙ってやってきたわけじゃないけど、勝手に時代にフィットしてきた。最近やっと日本でもストリーミングが中心になってきましたが、僕にとってはもともと中心だったものなんです。

──今さら「ストリーミングの時代だ」と声高に言うつもりはないだろうし、もちろん「どれがいい」みたいな話でもなく、感覚的につけたタイトルという意味では、これまでのタイトルとも変わらないというか。

そうですね。いつもと変わらないと言えば変わらないですけど、1つ思っていたのは、音楽業界が混沌としてるじゃないですか。CDの売り上げが下がって、レコードが売れるようになってきて、でも日本にはいまだに握手券とか特典で作品を売る文化もあって、世界で一番CDが売れてる。その混沌とした感じを表したかったし、アルバム自体わりと混沌とした内容なので、フィットするだろうと思いました。

店頭に並ぶCDには“賞味期限”がある

──アルバムはタイトル通りに「ストリーミング、CD、レコード」の3形態でリリースされるそうですが、さらに“賞味期限付きのアルバム”としてバームクーヘンが販売されるそうで、これは一体……?

CD、ストリーミング、レコードの全形態で出そうという話はもともとしていて、特に僕と(休日)課長がレコードを出したかったんです。みんな実はCDはジャケットと歌詞カードのために買って、再生してなかったりするじゃないですか。そういうのもあって、ただ「全形態出しました」だけだと面白くないと思ったんですよね。今回の制作に加わってくれた新しいスタッフの人が「賞味期限付きのアルバムってどうですか?」と提案してくれて、「めちゃくちゃ面白いじゃん」って作ることにしました。

──“賞味期限付きのアルバム”はどういうコンセプトなのでしょうか?

毎週ショップには新しいCDが並びますけど、面出しは最初の数週間だけで、すぐ目立つところでの展開はなくなるじゃないですか。そういう意味でCDには“賞味期限”があると考えたんですよね。それなら最初からホントに賞味期限付きの何かを出したら面白いんじゃないかなって。“初の賞味期限付きアルバム”みたいな、そういう面白いことをやるのはゲスっぽい。だけど奇をてらって「この時代に僕らがやってやるぜ!」みたいな感じはサムい。もちろんファンの人たちに何かいいものを届けたいという思いはあるし、みんなが必要としているジャケットと歌詞カードは付けて、聴かれないCDの代わりにバームクーヘン入れちゃえと思ったんです。形はCDと同じだし、バームクーヘンを嫌いな人はあんまりいないでしょうし。

──有名パティスリーのKIHACHIとのコラボなので、きっとバームクーヘンもおいしいですよね。でも音源の形態としてCDは入ってなくて、その代わりにバームクーヘンが入っているというのはすごい。

CDはファンアイテムとして、映像特典を付けた豪華盤としてリリースします。もともとCDは配信リリースしてから2、3カ月後に出そうと思ってたんですけど、今、新型コロナウイルスの影響でみんな4月にリリース予定だった作品の発売を延期していますよね? それはCD主体の作品を作っちゃったからなんだと思うんです。僕らはもともとCDを受注販売するつもりだったので、そういう点では何も問題はなかった。これもさっきのストリーミングの話と一緒ですけど、たまたま時代に合っちゃったというか。

ゲスの極み乙女。

──ホントにそうですよね。くしくも音源のあり方についてもう一度考えざるを得ないタイミングで「ストリーミング、CD、レコード」というタイトルの作品がリリースされるというのは、なかなか示唆的だなって。

コロナの流行があって、音楽業界はまるっきり変わっちゃうのかなとも思ったけど、きっとそうではなくて、ただ時代が早回しされるだけなのではと思っています。要はちょっと前にチャンス・ザ・ラッパーとかがやったことが、今の日本にマッチしてきてるわけじゃないですか。だからあるべき姿になるだけなのかなって。日本で「まるっきり変わる」みたいなことは絶対にないけど、ちょっと前のアメリカのようにSpotifyの人口がどんどん増えていくと思うんです。そうなるとやっぱりライブラリが多い人のほうが有利で、これまで僕たちがやってきたことが実を結んできているはずで。

──確かに。

今の状況を受けて、みんながいろんなことを考えていて、Twitterで弾き語りをつないでみたりしてるじゃないですか。それはそれで今はいいんですけど、僕としては今後のことを考えるとこれから何かやろうとしてももう遅くて、今まで積み上げてきたものが重要になってくると思うんです。もはやCDが足かせになってきているというか、リリースを延期しなきゃなのもそうだし、いいことがないと思っていて。届けたいときに届けられないと、「春の歌なのに6月に出る」とかそういうことにもなりかねない。

──賞味期限付きのアルバムというコンセプトの面白さはそこですよね。そもそも音楽自体に賞味期限なんてないのに、CDというメディアに閉じ込めた結果、賞味期限的なものが生まれてしまうという。

それすごくわかりやすいですね。

──だから「CDの代わりにバームクーヘンを売る」というのは、悪ふざけっちゃ悪ふざけだけど、ある意味ポップアート的というか、物事を考えるトリガーにもなり得るなと。

バームクーヘンはもともと店頭で売るつもりだったんですけど、今の状況があるので、受注で売ることにしたんです。それは当初考えていたこととちょっと違うものになっちゃうかなと思ったけど、逆によかったんですよね。よく考えたらバームクーヘンをレコード店で売るってちょっとひねくれすぎかもと思ったんです。オンラインショップにサクッと置いてあるほうが、いい意味で賞味期限付きと謳いたいだけのものになったというか(笑)。結果的にいい方向に転びました。

自分たちが飽きないアルバムにするために

──楽曲自体も「ストリーミングの時代におけるプロダクション」を意識しているのかなと。

ストリーミングのプレイリスト、特にSpotifyの圧縮は気にしましたね。日本はSpotifyのユーザーが少なくて、Apple MusicとLINE MUSICのほうが多いんですけど、海外ではSpotifyがメジャーなので、そこでしょぼく聴かれたくなかった。なので、Spotify対策としてミッドに音を集中させないように音数を減らして、ギターをジャーンとは鳴らさないようにしました。去年「キラーボールをもう一度」を配信したときは、ランディ・メリルにマスタリングを頼んだんですけど、今回のアルバムはテッド・ジェンセンにお願いしました。

──ギターの割合が減った分、ストリングスやホーンセクション、プログラミングの割合が増えて、結果的にサウンドの幅が広がってますよね。

自分たちが飽きないアルバムを作りたかったんです。やっぱりバンドなのでソングライターの自分だけではなくて、メンバーみんなが楽しめて、納得する作品を作りたいという思いがずっとあって。曲作りにおいては、僕中心な側面もあるけど、いつも託すところは託すというか、バンドなのでちゃんとメンバーが目立つようにしたい。ただ、それをやりすぎると音が細かくなりすぎちゃうからバランスを取るのが大変で、ギターの存在をなくすのが一番早かったというか(笑)。今はジェニーハイでもギターを弾いてるし、インディゴとの差異を出すという意味でも、ギターはいらないなと思ったんです。

──そこは複数のバンドを抱えているからこその発想でもあると。

そうですね。あとは、楽曲提供をする中で、(景山)奏(Nabowa、ichikoro、THE BED ROOM TAPE)くんとか木下哲くんとか、いろんなギタリストと一緒に曲を作ると、ほかの人が弾いたギターのほうが好きだなって思ったりもして(笑)。ギターの音はめちゃめちゃこだわるんで、僕が「こういうの弾いて」と言ったときに、いろいろ返してくれると「これもいいな」と発見がある。ichikoroでもichikaくんと一緒にギターを弾いてるし、全部のバンドでギターを弾かなくてもいいかなって(笑)。