ナタリー PowerPush - 外道
伝説の暴走バンド40年史
ミック・ジャガーは3mだけど俺は50mだった
──外道はどういうコンセプトで結成したバンドなんですか?
人間ってさ、何も知らないくせに知ったかぶりするの。「死んだらどこに行くの?」「前世はあるの?」「宇宙人はいるの?」って聞いても、正解を答えられる人は誰もいないでしょ? だから俺は神様からもらった感覚をダイレクトに出していこうと思った。それは世間で正しくないとされていることかもしれないし、道から外れてると思われるかもしれないけど、直感を大事にして自分で道を選ぼうと。それで「外道」っていう名前で活動し始めたの。
──音楽的な方向性はイメージしていたんですか?
俺はブルースもやりたいけど、ポップな曲もやりたかったんですよ。当時はまだジャンルとして存在しなかったけど、ハードロックみたいな曲、パンクみたいな曲もやりたかった。クラシックみたいな曲、フラメンコみたいな曲、Pink Floydみたいな曲もどんどん出てくる。だから外道っていうジャンルで、すでにあるジャンルにこだわらないで自分のやりたいことをやろうと思ったんですよ。俺はその頃けっこう外人と一緒にやってて、「日本人は小さくて目立たないから、あの人たちの真似してスーツを着てライブをしても敵わない」って思ってたんです。だったら俺たちは着物を着て、神秘的な鳥居をステージに置いて、歌舞伎を取り入れて、日本人にしかできない日本語のロックを始めようと思ったんですよ。
──当時の日本のロックは、いかに海外に追いつくかっていう感覚だったと思うので、そこまで日本人であることを意識的に前面に出したバンドはなかなかいなかったでしょうね。
そうだね。海外は手本じゃなくて全部ライバルだったし。俺は最初から、世界中どこに行っても勝てるバンドを作りたかった。当時イギリスでThe Rolling Stonesを観てきた人が「ミック・ジャガーはステージで3mしか動いてなかった」って言っててさ。でも俺は50mのシールドで走り回ってた。世界中に走りながらギターを弾いてる人は誰もいなかった。俺みたいなスタイルはどこにもいないって。だから「Rolling Stones? ああ、かわいいじゃない」「ジミ・ヘンドリックス? 一緒に弾こうじゃない」って気持ちだったの。実際ジェフ・ベックと一緒にツアー回ったときは「おおベック、ギター弾いてるの? 有名なんだ。いいじゃない、ヨロシク」って感じだったよ。
俺のギターで台風が消滅するんですよ
──加納さんはギターを弾く上で参考にした人はいますか?
誰かに影響受けて「こんなふうになりたい」って思ったことはないね。僕の知り合いはだいたいみんな有名人に憧れてギターを始めて、「あんなフレーズ弾きたい」とか言ってたんだけど、俺は最初から自分のスタイルを作ることしか考えてない。やっぱり、もともと音楽があんまり好きじゃなくて、ギターを弾くことをあくまで職業として捉えてたからでしょうね。根本からまったく違うんですよ。
──なるほど。では「こんなギタリストになりたい」というイメージはありましたか?
例えば日本にすごい台風が来てるとします。みんなが「ワーッ!」って怖がってる。そこに俺が「大丈夫?」って颯爽と出てきて、クゥーッ!てギターを弾くと、台風が消滅するんですよ。そんなギターが弾けたらなってずっと思ってた。俺の魂のギターで戦争が終わるとかね。そんなことばかり考えてました。
──音楽的な目標とはちょっと違うんですね。
ギタリストはうまく弾けて当たり前。世界最高峰のテクニックを持って音楽理論をしっかり学んだうえで初めて「じゃあ何を表現すればいいのか」っていうことを考えなきゃいけない。
──スタート地点に立つだけで大変そうですね(笑)。
そうだね。でも理論を学ぶのに10年、テクニック積むのに30年かかるとか言って、実際そうやってる人がいっぱいいるじゃない。一度の人生、いろんなことをやってみたいのにさ、1個のジャンルで一生かかるんじゃたまんないでしょ。でも大丈夫。みんなが50年かかることを1年でやればいい。
──えっ? どうやって?
人間って本当はものすごい才能が眠ってるんですよ。自分ができると思ったらできるの。俺がロックを始めた16歳の頃、日本は外国に50年遅れてるって言われてたのね。だから俺は「じゃあいいじゃない、半年で取り戻せば。できるよ」って言ってやったのよ。でも、みんなできないって言う。簡単なことなのに。
腰を入れてチョーキングする理由
──加納さんは、今となっては日本のロックシーンを作った1人ですが、当時の音楽シーンの中でどう思われていたんですかね。
確実に浮いてたと思う。でも、俺はギターを弾き始めて3~4年で最初に加入したのが当時日本で一番うまいとされてたバンドで、デカいステージにも立ってたからみんな注目してたね。俺はまだ17くらいのガキなのに、寺内タケシとかがライブを観に来るの。「何しに来たの?」って聞いたら、勉強しに来たんだって。笑ったよ。「あんたの年、俺の倍くらいでしょ?」って(笑)。
──加納さん自身は同時代のバンドのことをどう思ってました?
才能ないと思ってた。だってオリジナル曲やってないじゃない。外国の曲をまねしてるだけだから。それに俺は、台風がぶっ壊れるくらいのエネルギーを出さなきゃいけないって考えながらギターを弾いてるから、みんなと会話が合わないの。「誰々のフレーズがよかった」とか俺なんの興味もないし、楽器のことも全然詳しくないんですよ。
──あ、そうなんですか。それは意外です。
おふくろが質屋さんで買ってきてくれた無名メーカーのアンプとギターを使ってたんだけど、弦高がすごく高くって、半年も弾かないうちに指先が全部割れて血だらけになっちゃって。でもそういうものなんだって思って結局、最初に外道が解散するまで15年くらいずっとそれを弾いてたの。外国に行ったとき、向こうの人にギターを貸してくれって言われたんだけど、弾かせてみたらコードが押さえられなくて(笑)。あと「なんで加納さんって腰入れてチョーキングするんですか?」ってよく聞かれるんだけど、「弾いてみな」って言って渡すと納得するの。弦が動かない!って(笑)。だから手を血だらけにしてギター弾いて「プロレスラーじゃないんだから」って言われて(笑)。あっ、プロレスといえば昔、ロックとプロレスを一緒にやりたいって頼まれて、ロック史上初めてプロレスの興行でライブをやったんですよね。蔵前国技館だったんだけど、その日にデビューしたのが初代タイガーマスクだったの。
──そういえば、外道は変わったところでライブをしている印象がありますね。
そうだね。「お寺でロックなんて絶対にダメ」っていう時代に、増上寺でライブをやってみようって話になったんですよ。でも、仏教のお寺に「外道」はさすがにマズいんじゃないかって(笑)。当時は「外道参上!」って言って全国回ってたんですけど、一応この日だけ「外道御免!」というタイトルにしましたね。それでライブやって大騒ぎしてたら、後ろのほうで観てた偉いお坊さんたちが足でリズム刻んでたの(笑)。ロックバンドがいろんなところでライブができるようになったのはあれからですね。スタートラインは全部俺が作ってきたんですよ。
- 外道 ニューアルバム「魂の叫び」 / 2013年11月6日発売 / 3150円 / KING RECORDS / KICS-1979
- 外道 ニューアルバム「魂の叫び」 ジャケット
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収録曲
- 虹の彼方から
- この世界に
- 心の叫び
- マイラブ
- Rock'n Roll マウンテン
- そんな
- Hey Rock'n Roll 外道
- 横浜スイートブルース
- YELLOW MONKEY
- ビュン・ビュン
- 香り
- 記憶の向こう側へ
外道結成40周年&レコ発
LIVE TOUR 2013
- 2013年11月9日(土)
- 北海道 小樽GOLD STONE
- 2013年11月10日(日)
- 北海道 岩見沢MPホール
- 2013年11月13日(水)
- 東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
- 2013年12月21日(土)
- 埼玉県 北浦和エアーズ
- 2013年12月22日(日)
- 栃木県 ダイニングバーken
- 2014年1月13日(月・祝)
- 東京都 渋谷CLUB CRAWL
- 2014年2月7日(金)
- 愛知県 Tokuzo
- 2014年2月8日(土)
- 大阪府 堺TICK TACK
- 2014年2月9日(日)
- 大阪府 soma
外道(げどう)
加納秀人(Vo, G)が中心となって1972年に結成され、警察から「外道」と罵倒されたことをきっかけに1973年に外道と改名。シングル「にっぽん讃歌」でデビューし、翌1974年には横浜野外音楽堂のライブ音源を収めたミッキー・カーチスのプロデュースによる1stアルバム「外道」をリリースした。バンドは当時の暴走族たちから絶大な支持を集め、ライブ会場には数百人の暴走族が襲来することも。1975年にはハワイで開催された「SUNSHINE FESTIVAL」に招聘される。ハワイでは日本人初の海外フェス出演ながら10万人の観客に「外道」コールをさせ、アメリカやイギリスのメディアで報道される。1976年に日比谷野外大音楽堂でのライブをもって解散。1980年代に再結成して2枚のアルバムを発表し、1990年代にも「加納秀人 with 外道」名義でメンバーを変えて活動。2001年から再び外道を始動させ、2004年の解散までに「FUJI ROCK FESTIVAL」への出演など精力的な活動を展開する。さらに外道は2010年にも再始動。2013年には10年ぶりのスタジオアルバム「魂の叫び」をリリースした。