今から4年前、21歳にしてMCバトルイベント「凱旋MC Battle」を立ち上げた怨念JAP。同世代の若いラッパーや中高生も含めた若い観客を味方にTSUTAYA O-EAST、Zepp DiverCity TOKYOなどの大規模会場での興行を成功させ、MCバトルブームの追い風も受けて、その地位を短期間で確立させた。
そんな気鋭のMCバトルイベント「凱旋MC Battle」が2月23日に神奈川・ぴあアリーナMMで開催される。過去には「BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」が東京・日本武道館で開催されたことがあったが、テレビ番組の企画などに紐付かない独立したMCバトルイベントとしては最大規模となる。この特集では「凱旋MC Battle」を急成長させた怨念JAPにインタビュー。彼のキャリアを振り返りつつ、「凱旋MC Battle」が短期間でシーンでも有数の規模に成長した要因を分析する。さらに、ぴあアリーナMMでのイベントに向けた意気込み、そしてコロナ禍におけるイベントの開催意義など「凱旋MC Battle」を取り巻く状況と現在について話を聞いた。
また特集の後半では、YouTubeで公開されている過去のバトル映像から怨念JAPが5つの名バトルを選び、見どころを解説している。
取材・文 / 高木“JET”晋一郎 撮影 / 後藤倫人
初めて出るイベントは敷居が高かった
──このインタビューの入り口として、怨念JAPさんがラップに出会ったきっかけから教えてください。
自分には4つ上の姉がいて、姉がもともとヒップホップを聴いてたんですね。それで僕もなんとなくはヒップホップを聴いてたんですが、中学生のときに姉に連れられて2010年の「ULTIMATE MC BATTLE」のファイナルに行って、そこで観たMCバトルがとにかくカッコよくって。それが本格的にハマったきっかけですね。
──晋平太さんが初優勝した年ですね。
はい。出演者もお客さんも不良っぽい人が多かったんですけど、そういう人たちがラップでバトルする姿や、仲間同士で戦ったらラップで熱く会話する姿が衝撃だったんですよね。
──そこで自分でラップを始めたりは?
いや、毎年「UMB」や「BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」(通称:高ラ)を観に行ったりはしてたんですが、自分ではやってなかったですね。同郷の長野では「高ラ」で注目されたMC☆ニガリa.k.a赤い稲妻がいたんですが、僕の友達にはヒップホップやラップに興味を持ってる人がほとんどいなかったんで。ラップを始めたのは18で上京してからです。6、7年前ですね。
──最初に出たのはライブですか? バトルですか?
バトルですね。両国のSUNRIZEっていうクラブで行われてた「MC BATTLE THE罵倒」でした。
──ラッパーのG.O(ICE DYNASTY)さんが経営する「CASTLE RECORDS」主催の老舗バトルですね。
上京して知り合いもいなかったんで、まずは自分のことを知ってもらおう、友達を作りたいって気持ちもあってバトルに出たんですよね。それに「罵倒」や「戦極MC BATTLE」とかは、エントリーの仕方がわかりやすかったっていうのもあり、上京して最速で出れるイベントが「罵倒」だったので、すぐにエントリーしました。
──出場しての感触は?
……初心者の僕にはちょっと敷居が高かったですね。
──ハハハ。「罵倒」はMCバトルの中でもハードコアなムードがありますからね。
友達もいないし緊張しまくってたのもあって周りの方が凄く怖く見えちゃって……しかもバトルに出てる方が強い人しかいなくて。そもそも初めてクラブでマイクを持ったんで、カラオケみたいな持ち方をしちゃって全然声が通らなくて、1回戦ですぐ負けました(笑)。でも、そこから2年ぐらい、エントリー料を払えば出れるイベントにはほぼすべて出ましたね。
「自分だったらこうするな」ってアイデアが湧いてきた
──その動きを通して人間関係は広がっていきましたか?
広がりましたね。つながりも増えていって、その中で「戦極」を主催するMC正社員さんとも出会ったんですよね。僕のMCネームを正社員さんが覚えてくれて。変わった名前を付けてよかったです(笑)。それで2015年の「戦極第13章」にスタッフとして参加させていただきました。
──そのきっかけは?
「戦極第13章」の本戦をお客さんとして観に行こうとしてたら、正社員さんから「スタッフとして手伝ってよ」って声をかけてもらったんです。それで裏方の仕事をやらせていただいたらすごく興味深くて、もしかしたら自分はプレイヤー側よりスタッフや裏方の方が向いてるのかな、って思ったんですよね。それから「戦極スパーリング」とか「戦極」関係のバトルの司会をさせてもらうようになったら、それも面白くて、運営や司会、スタッフィングに興味がどんどん湧いてきて。イベントが好きすぎて、バトル自体の内容に加えて「イベントとして自分だったらこうするな」とか「こういう構成でやったら面白いんじゃないかな」っていう方向に、アイデアとか意識が向くようになったというのもあると思います。それで2017年の9月に「凱旋MC Battle」を東京・club bar FAMILYでスタートさせました。
──初回の感触は?
フリーエントリーだったんですが、MCは80人ぐらい、お客さんも入場制限がかかるぐらい集まってくれたので、1回目にしては大成功でしたね。終わったあとに「また呼んでください」「また遊びに来ます」っていう声が多かったのがとにかくうれしかったんです。そのおかげでもっとがんばろうって思えたし、レギュラーとして続けていくイベントにしようって。
──「凱旋」というイベント名の由来は?
日本各地、いろんな地方からMCに集まってもらって、勝って地元に帰ったら「あのMCバトルで優勝したんだ、すごいね!」って言ってもらえるような、つまり「凱旋」できるようなイベントにしたい、という思いで付けました。
──「地方勢」にもフォーカスをあてたいという気持ちがあった?
そうですね。大きな大会は基本的に東京で開かれて、そこに全国のラッパーが集まる場合が多いので、どうしても東京や関東の方が中心になって、関西や地方のラッパーの方が少なめ、みたいな形になりやすい。その流れで東京や大都市のMCに出ていただいてもいつも決まったメンツになってしまうと思いましたし、全国からお客さんに来ていただけるようにしないと、シーン自体が頭打ちになってしまうんじゃないかという意識はありましたね。例えば東日本と西日本で同じ人数のMCという構成のイベントにしたら、そのバランスがちゃんと取れるんじゃないかとか、そういう自分のイメージを具現化する場として「凱旋」があって。それがこのイベントを立ち上げた理由でもありました。
初めての方でも楽しめる空間にしたい
──怨念JAPさんは現在24歳なので、立ち上げたときはハタチそこそこだったということになりますね。その年齢で“パーティ”を開くのはさほど珍しくはないけど、「レギュラーのバトルイベント」を成立させるのは珍しいと思うのですが、その年齢でバトルを主催する必要性を感じたのは?
バトルブームの中で、どんどん若いラッパーが参戦するようになったのに対して、大きい大会を主催されてる方は大人の方だったんですよね。だから現役でバトルの最前線で戦ってるMCと歳の近い裏方がいないのは、逆にチャンスなんじゃないかって思ったんですよね。絶対人気になるであろうラッパーやカッコいいMCをいっぱい知ってたんで、そういう人たちにスポットを当てたいって気持ちでしたね。
──「凱旋」は、とにかく出場MCもお客さんも若い印象があるんですが、それは意図的なものですか?
そうですね。最初は僕と同世代から年下の人間が和気あいあいとバトルをするっていうところから始めようというイメージがありました。初めての方でも来やすい、楽しめる空間にしたいなって。実際に規模が大きくなってきた今は、出演者もお客さんも年齢が関係なくなってバランスがよくなったと思いますね。
──「若さ」もストロングポイントだったというか。
例えば「凱旋」のバトルがTikTokに切り抜かれたり、SNSにアップされた動画がバズったりっていうのは、若い世代にフォーカスしたことで生まれたと思うんですよね。でも、そうやって拡散してくださいってお願いしたんじゃなくて、自主的に拡散してくれて、それが若い世代だったり、バトルに今まで興味がなかった層にも広がって「凱旋」の注目度につながっていったんだと思います。若い子を通したSNSも「凱旋」の強みになったと思いますね。
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