歌詞の温度感とメロディの関係
──楽曲制作にまつわる話も聴かせてください。どこのだれか(Vo, G)さんはハイトーンボイスが持ち味のボーカリストですが、「メルシー」ではしっかりと低音を聴かせているボーカルワークが印象的でした。
彼のハイトーンをサビで生かすことを前提に、AメロBメロをけっこう押さえて歌ってもらうことが神僕の曲では多いですね。特に「メルシー」という曲は、Aメロの歌詞では、情緒とはまた別の“歯痒いところ”を描写しています。感情的でないところを一生懸命歌われてもただヒステリックなだけだし、「ハイトーンは感情を表すときに効果的に使うべき」が持論なので、歌詞の温度感とメロディは矛盾が生じないように曲を作っています。
──今おっしゃったようなボーカルのディレクションは、レコーディング現場でやり取りをしているんでしょうか?
基本的に録るときは任せています。録ってもらったあとに「ここをこうしたい」といった要望が出てくることはあります。
──リズム隊のレコーディングについては?
ベースとドラムはスタジオで録らないといけないので、基本的には僕が立ち会うようにしています。ただ「メルシー」のレコーディングのときは、僕のコンディションがよくなかったこともあって、ちょっと立ち会えなくて。なので今回はボーカルだけじゃなくて、ベースもドラムもメンバーに任せて作り上げた、神僕ではこれまでやったことのなかった試みの曲、それこそ「挑戦」した楽曲になりました。時間が経って客観的にこの曲と向き合えるようになったときに僕自身がどう感じるかはまだわかりませんし、そういった意味での化学反応と言うか“バンドマジック”的な要素が「メルシー」にはあると思っています。
コラボしない理由が見当たらない
──MVはクリエイティブチーム・Facial Mapping(from P.I.C.S.)とのコラボ作品となりました。神僕のメンバーが被っているマスクにフェイシャルマッピングで映像が投影されるという、神僕にとっても挑戦的な内容のMVになったと思います。
はい。もともと僕らはマスクを被ることで、感情を露呈する概念をそぎ落として、アーティスト像そのものに具体性を帯びさせないようにしています。その狙いは聴く側に立ったときに音楽を他人事ではなく、自分のことのように受けとめてもらいたいというところにあって。ただ聴覚を使って楽しんでもらう鑑賞ではなくて、聴覚と言う感覚を越えた“体験”を、音楽を通じて味わってほしいと思っているんです。その一方で、映像という表現は、第三者のクリエイターが携わることになりますが、そういった意味で今回のフェイシャルマッピングという最先端技術を持ったFacial Mapping(from P.I.C.S.)さんは、コラボしない理由が見当たらないくらい神僕と相性がいいコラボ相手だと感じました。
──それはなぜですか?
僕は映像を、メタフィクション的な表現ができる媒体だと考えているんです。映像によって発せられた光が眼内に投影されて、それを脳が読み取って認識する、ならば視界をジャックすることで観る人の精神を作り手が描き出した世界に潜り込ませることができるんじゃないかなって。映像を介して他人の知覚を支配して自分がその世界の1人として立っているかのように演出できる映像の世界と、表情という情報をそぎ落として聴き手に当事者意識を持たせようとしている僕らの音楽の世界、それがフェイシャルマッピングという技術で1つになった。映像が完成して、コラボが決まったときに感じた期待感が間違いじゃなかったことを確認できた瞬間こそが、このコラボをした本当の意味を理解した場面でもありました。
──マスクにフェイシャルマッピングを当てる試みはかなり前衛的ですよね。マスクに顔を映し出すだけではなくて、歌詞の一部をマスクに表示するなどフェイシャルマッピングの使い方もさまざまで見応えがありました。
「挑戦」を地で行くMVだと思っています。ただ作為的にプロジェクションマッピングに頼った表現にしてしまうと、せっかくの映像という舞台を台無しにしてしまうとも思っていて。フェイシャルマッピングの技術を使った演出を効果的な局面のみに絞って、そうでない部分とのコントラストや行間を作ることで、より最先端の技術が引き立つ映像になったと思っています。
コラボを通じて立体的なバンドへ
──「メルシー」のMVを通じて、動画を観た方にどういうメッセージを受け取ってほしいですか?
新しいことをスタートさせる挑戦も、自分自身と向き合う挑戦も、体力や精神力が必要なことだと思っています。しかし今回僕らが提示した自分に意識を向けるってことは、難しいことであると同時に、誰しもが挑戦できることでもある。自分自身への挑戦をあきらめないでほしいし、自分を変えることに対して恐れを抱かないでほしい。自分が変わるための原動力を音楽をきっかけに見つけてもらえたらうれしいですね。
──東野さん自身が何かに挑戦するときの原動力になるものってなんですか?
何事もそうだと思うんですけど、吐き出し続けることは危険だと思っています。アウトプットももちろん大事なんですけど、同じ目的を持った作業の連続はルーチンワークを生んでしまうので、僕はインプットもものすごく大事にしています。音楽を聴くのはもちろん、映画も観る、旅行に行く、本を読む、ゲームをする。自分自身が変わっていくことに対する恐れを打ち消してくれるし、変化に対する原動力にもなると思っています。
──バンドがこれから挑戦したいことは何かありますか?
今日は僕1人しかいないので勝手なことは言えないんですけど、今回のコラボを通じて自分たちが持っていない力を借りることで、自分たちが目指すべき音楽や表現をより深く綿密に描けた手応えを感じたんです。自分たちの力だけで追求し続けることにも大事な意味があると思うんですけど、1人よがりになって殻にこもるだけじゃなくて、多角的な表現に挑戦することで僕らが音楽で目指している“感情の意識化”をより効果的に受け手に促すことができるんじゃないか、その道が開けたような気がしました。もっと立体的なバンドになっていきたい。
2018年3月29日更新