ナタリー PowerPush - 古川本舗

変化への序章、アルバム「SOUP」全曲解説

古川本舗が3rdアルバム「SOUP」をリリースした。過去2作のアルバムでは野宮真貴、カヒミ・カリィ、山崎ゆかり(空気公団)、大坪加奈(Spangle call Lilli line)、アイコ(advantage Lucy)などさまざまなボーカリストを迎えて自らの世界観を表現した彼だが、今作は歌い手としても活躍する若きシンガーソングライター、キクチリョウタが全曲のボーカルを担当。どこか憂いを帯びた透き通った歌声が、古川本舗の詩的な楽曲に絶妙な相性で彩りを添えている。

この特集では古川本舗が自ら「SOUP」の全収録曲を解説。それぞれの楽曲が作られた背景や裏テーマなど、初めて明かされるさまざまなエピソードを本人に1曲ずつじっくりと語ってもらった。

取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 佐藤類

当たり前と思われてる状況を裏切ってやりたかった

──前作、前々作は1曲ごとに異なるボーカリストを迎えた作品でしたが、今回はキクチリョウタさんが1人で全曲歌ってるんですよね。なぜこういう構成に?

古川本舗

本当に自分は性格が悪いなと思うんですけど(笑)、1枚目2枚目でいろんな人とやってきたので、3枚目を出しますって発表したときに、お客さんからもスタッフからも「次は誰とやるの?」みたいに聞かれるんですよ。その「いろんな人とやるのが当たり前」と思われてる状況が面白くねえなと思って、そのイメージを裏切ってやろうって(笑)。

──やっぱり期待されますよね。

でもあくまで「この曲に合う声って誰だろう?」って考えてからボーカルをお願いするのが基本で、そこを外して「勢いがある人と一緒にやろう」っていうのはちょっと違うと思うんですよ。例え自分が好きなボーカリストでも、その曲と合うかのほうが重要。それをないがしろにしたら古川本舗のアルバムとして成り立たなくて、ただの歌が上手な人を集めたオムニバスになっちゃうと思う。

──キクチさんをボーカルに選んだ理由は?

次は男性ボーカルでやりたいなって漠然と思ってたんです。「古川本舗は女性ボーカル」っていうイメージを持たれがちで、それもつまらんなと思って(笑)。予定調和が好きじゃないんですよ。あと、僕のことを説明する上でボーカロイドとかニコニコ動画っていうキーワードがどうしても外せないものになってて。それ自体がイヤなわけじゃないけど、別に自分はニコ動やボーカロイドありきで曲を作ってるわけではないって、昔からずっと抵抗があったんです。その話をキクチくんとしたら、彼もやっぱりシンガーソングライターとして活動している側面がありながらどうしても「歌い手」として見られてしまう悩みがあったので、「わかるわかる!」って。僕も今ではもうボーカロイドを触っていないし、ボカロPとか歌い手っていうキーワードを抜きに、自分が作るものの本質を聴いてほしいっていう思いがあって、そこが彼と一致していたので、「あ、こいつは一緒にやれるかな」と思ったんです。ボーカロイド文化自体は今でも全然好きだし理解してるんだけど、だからこそ乗っかりたくない。これも予定調和を裏切りたいっていう気持ちと同じかもですね。

──なるほど。

古川本舗

あと、今までの構成だとなかなかライブで再現できないっていうのがあって。ゲストボーカルを全員連れてくるのは難しいし、それが理由でライブができないっていうのも本末転倒だなって。でも僕は「インターネットの中の人」にはなりたくなくて、そうならないために何ができるかっていったらライブなんですよ。だったらライブのためにスタジオミュージシャンを集めるんじゃなくて、バンド的なことがやりたいなって。

──ということは、このアルバムはキクチさんとの2人組ユニットの作品という意識なんですか?

いや、ユニットっていうよりは、ギターの和田(たけあき)くんとか、ベースの二村(学)くん、ドラムの森(信行)さん、アカネ(acane_madder)やちびた、ピアノのdajiくんとかも含めて古川本舗っていうバンドみたいな感じで。バンドやってる子らを見てると、みんなでワイワイやってる感じがうらやましかったんですよね(笑)。1人で作ってると、演奏者に対してどこか仕事で発注してる感覚があって。でも固定メンバーで作業すると、みんなのアイデアも吸収しながらできるし、1人で作ってるときよりもできあがったときの喜びも大きいんですよ。

20代前半に好きだった音楽の総決算

──固定メンバーで、ライブを意識して曲を作ったことで音楽性に変化はありましたか?

結果として、そこはあんまり変わらなかったですね。ライブを見据えて作りましたけど、曲作りの段階で「ライブで再現できなそう」ってブレーキかけちゃうのも、なんかちょっと変だなと思ったので。

──とは言え、やっぱりサウンドは今まで以上にバンド感があると感じました。

僕が好きな音楽って20代前半から変わってないんです。最近の音楽も積極的に仕入れてるんですけど、おじいちゃんおばあちゃんが20代前半に聴いていた演歌を今でも聴き続けてるように(笑)、なんだかんだでやっぱりDinosaur Jr.のほうがいいなって。でも、自分の音楽の根幹がUSやUKのオルタナだからって、そればかり繰り返しているといつか煮詰まっちゃうので、そろそろそこから抜けて、20代中盤から最近にかけて好きになった音楽が自分の中でどう昇華されてるのか確認するタームに移る時期かなと思ってるんです。そういう意味で「SOUP」は、20代前半に好きだった音楽の総決算というつもりで作りました。

──ああ、確かに1曲目からケヴィン・シールズばりの轟音ギターが鳴ってますね(笑)。

そうそう、あれは完全に「マイブラやろうぜ」って感じでした(笑)。

──歌詞についてはどうでしょう。過去作と比べて変わりましたか?

歌詞も曲と同じで「自分が今まで好きだったものを吸収して、最後まで出しきる」みたいな感覚で作ってました。これまでの作品は「喪失感」をテーマにしてきたんですが、今回も新しいテーマを作るんじゃなくて、さらにそこに踏み込んでいこうと。1曲ごとに違う色で喪失を表現した感じですね。だから全体的なテーマは何かと言ったら、やっぱり「喪失感」に着地していくんですよね。

ニューアルバム「SOUP」/ 2013年11月6日発売 / Head.Q.music / 2500円 / PECF-3062
ニューアルバム「SOUP」 ジャケット
収録曲
  1. スカート
  2. あいのけもの
  3. HOME
  4. 東京日和
  5. orbital
  6. emma brown
  7. 枯れる陽に燃える夜は
  8. ストーリーライター
  9. アン=サリバンの休日
  10. SOUP
ライブ情報
古川本舗 ワンマン・ライブ「.QII.」
  • 2014年2月28日(金)
    東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
    OPEN 18:30 / START 19:30
    前売3500円(ドリンク代別)
    一般発売:2014年1月11日(土)
【先行抽選受付】

2013年11月10日(日)18:00
~11月23日(土)23:00

古川本舗(ふるかわほんぽ)

楽曲制作からデザインまで幅広い分野を手がけ、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するソロアーティスト。10代の頃より作曲活動を始め、数々のバンド活動を経て宅録に目覚める。2009年に初音ミクを使ったオリジナル曲「ムーンサイドへようこそ」をニコニコ動画に投稿し、これを皮切りにネット上で人気曲を次々に発表。エレクトロニカやポストロックを取り入れた、ノスタルジックかつ幻想的な独特の作風で一躍人気ボカロPとなり、同人音楽としてCDを頒布する傍ら、多数のコンピへの参加や楽曲提供などをメジャーやインディーズに関わらず行う。2011年には8人のボカロPによる、新しい形の音楽流通を目指すレーベル「balloom」の設立に参加。同レーベルの第2弾作品として、野宮真貴やカヒミ・カリィらをゲストに迎えた初の流通盤アルバム「Alice in wonderword」を発表した。同年、Billboard JAPAN主催の音楽賞「Billboard JAPAN Music Awards」で優秀インディーズアーティストにノミネート。2012年にはSPACE SHOWER MUSICより2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」をリリース。2013年にはシンガーソングライターのキクチリョウタがすべてのボーカルを担当したアルバム「SOUP」を発表した。