ナタリー PowerPush - 古川本舗
グラデーションを描く12話のオムニバスストーリー
移動中に何度も繰り返しデモを聴いてたせいで
──「KAMAKURA」は古川さんが自らボーカルを担当していますが、自分で歌った音源はこれが初めてですか?
こうやって、ちゃんとした形で歌うのは初めてですね。
──とても魅力的な歌声なのに、どうして今まで歌わなかったんだろうと思ったんですが。
元々今回は「自分が演奏しない」というのが命題だったんです。なんで?って訊かれると困るくらいなんの理由もなくて、とにかくヤダっていうことでしかなかったんですけど(笑)。だけど今回「KAMAKURA」のボーカルが最後まで決まらなかったんですよ。さっき言ったような「こんな声だろう」っていうイメージが自分の頭の中にもなかったんですね。
──ああ。
最初は「グレゴリオ」を歌ってるちびたに、この曲も歌ってもらおうと思ってたんです。でも締め切りが近くなって本当に考えないとダメだというときに、車での移動中とかに何回もデモを聴きながらイメージを膨らましてたら、ずーっと自分の声を聴いてるんで、この声が曲のイメージになっちゃって(笑)。で、腹をくくろうと。
──ははは(笑)。先程言っていたルールに従うのなら、そこは自分で歌うしかないと。
そうですね。もう自分の声がイメージから離れないんだからしょうがないなと思って。
──でも怪我の功名というか、これは新しい才能が発見された感じがしますよ。これから自分で歌う気はないんですか?
どうなんでしょう。わかんないですね。今の段階では考えてないです。
──そうなんですか。
自分のことをあんまりボーカリストとして見たことがないんです。前にバンドをやってたときに一緒に組んでたボーカルの子のことが、今でもすごい人だと思ってて。それを差し置いて自分が歌うっていうのが、どうも引っかかるところがあって。まあ、その気持ちが若干ほどけてきてるから、今回歌ったわけですけど。わかんないですね(笑)。興味がなくはないし、やらないとも言えないけど、やる気十分とも言えないです。
もしかしたら俺は1人で場違いなことやってるんじゃないか
──では、ボーカロイドだけで今回のような流通アルバムを作ることに興味は?
前作の頃からなかったですね。前作は複数の人間で一緒に作ることがテーマで、極力自分は演奏もせず、プログラミング以外はしないつもりだったんです。で、僕にとってのボーカロイドは「もし自分が女の子の声が出たら」という機材で、「ボカロを使ったらそれは自分が歌うのと同じ」と思って使わないと決めてたんです。でも今回は理由が全然違って。
──どう違うんですか?
初音ミクのイベントが3月にあって、裏方としてお手伝いをしていたのでライブを観たんです。ステージ上に立っている初音ミクを、お客さんたちが本当に1人のアーティストとして見てるんだなってすごく感じちゃったんですよ。それを観て不覚にもすごく感動してしまいまして(笑)。終演後には客席同士が「がんばった! がんばった!」みたいな空気になってて。自分は今までボーカロイドを楽器として、自分の声を代弁する機材として捉えてたけど、初音ミクをちゃんとしたアーティストとして考える使い方こそがもしかして正しいんじゃないかって思っちゃったんです。なのに自分には残念ながら、キャラクター的に楽しむっていう感覚がないので、もしかしたら俺は1人で場違いなことやってるんじゃないかという気持ちになってきて。僕には資格がないからもう使うべきじゃないな、って。
──そう言われると残念な気もしますね。
でも今回も、アルバムの効果音的にはちょこちょこ使ってるんですよ。逆再生とか。
──それは楽器としてってことですよね(笑)。
やっぱり面白い効果になるんですよ。どんなシンセでも出ない音が出ちゃうんで。そういう意味では今もすごく魅力を感じてます。でも1人のボーカルとして使ったときに、キャラクターとして初音ミクを応援してる人に対して、「裏切り」って言うと大きな話になっちゃうんですけど、申し訳なく感じるようになったというか。「別に好きでもねえのに使うなよ」って意見に納得がいっちゃったというか。別に意地になって使わないとかそういうわけではないんですけどね(笑)。
次は踊れる曲を作ってみたい
──しばらく経ったらまた使う可能性はありますか?
そのときはきっとジャケットに初音ミクの絵が描いてあるかもしれないですね(笑)。
──わはは(笑)。
今のところ多分ないと思いますが、そうなったら愛を覚えたんだなと思ってもらえたらうれしいです(笑)。でも、ああいう楽しみ方っていうのは本当楽しいんだろうなって思ったんですよね。お客さんもみんなすごくいい顔してたし、僕自身もそれで感動しちゃったし(笑)。制作の方々もすごく真剣で、とんでもない技術が投入されてたりするんですよ。そういうのを見ると根幹にあるのはキャラクターへの愛だよなと。初音ミクを1人のボーカリストとして認めてる環境があって初めて成立するものだから、それが欠けてる以上、自分が触るのはあんまりよろしくないんじゃないかなって感じです。
──では、今後はどんなことをやりたいですか?
僕は好きな音楽がとにかく多くて、やりたい音楽もいっぱいあるんです。最近はMANCEAUというフランスの四つ打ち系バンドが好きなんですけど、ああいうの聴いてると「やっぱ踊れる曲って楽しいよな」とか思ったりして。今回はメロディの美しさを考えて作ったから、次は体が動くような、リズムを感じさせるものを作ってみたいですね。ちゃんとそこに着地するのかはわからないけど、オーセンティックな音にするにしても、エレクトロにいくにしても、ネタはいっぱいあるのでやってみたいです。
──今回のアルバムでは、その引き出しは全く開けてませんよね。
そうですね。開けちゃうとオムニバス盤みたいになっちゃいそうだったので。今回は「開けちゃなるめえ」と思って(笑)。
古川本舗 「魔法 feat.ちょまいよ」MUSIC VIDEO(A faulty Day.ver)
収録曲
- 魔法 feat.ちょまいよ
- 月光食堂 feat. acane_madder
- グレゴリオ feat. ちびた
- KAMAKURA feat. 古川本舗
- ルーム feat. 花近
- IVY feat. 歌うキッチン
- KYOTO feat. アイコ(from advantage Lucy)
- 春の feat. 大坪加奈(from Spangle call Lilli line)
- はなれ、ばなれ feat. ばずぱんだ
- 恋の惑星 feat. 拝郷メイコ
- family feat. YeYe
- girlfriend feat. 山崎ゆかり(from 空気公団)
古川本舗 ふるかわほんぽ
楽曲制作からデザインまで幅広い分野を手がけ、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するソロアーティスト。10代の頃より作曲活動を始め、数々のバンド活動を経て宅録に目覚める。2009年に初音ミクを使ったオリジナル曲「ムーンサイドへようこそ」をニコニコ動画に投稿し、これを皮切りにネット上で人気曲を次々に発表。エレクトロニカやポストロックを取り入れた、ノスタルジックかつ幻想的な独特の作風で一躍人気ボカロPとなり、同人音楽としてCDを頒布する傍ら、多数のコンピへの参加や楽曲提供などをメジャーやインディーズに関わらず行う。2011年には8人のボカロPによる、新しい形の音楽流通を目指すレーベル「balloom」の設立に参加。同レーベルの第2弾作品として初の流通盤アルバム「Alice in wonderword」を発表した。同年、Billboard JAPAN主催の音楽賞「Billboard JAPAN Music Awards」で優秀インディーズアーティストにノミネート。2012年11月にはSPACE SHOWER MUSICより2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」をリリースする。