ナタリー PowerPush - 古川本舗
グラデーションを描く12話のオムニバスストーリー
古川本舗はボーカロイドを使用し、エレクトロニカやポストロックを取り入れた独特のポップソングを作るアーティスト。しかし彼は2011年に、ボーカロイドを一切使わずに実在の歌手をボーカルに迎えた1stアルバム「Alice in wonderword」を発表し、ニコニコ動画発のボカロPというイメージを払拭する存在感を示した。
そして今回発売される1年半ぶりの2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」も、前作に続いて多数のゲストシンガーが参加した作品。ニコニコ動画などで活動する歌い手たちのほか、空気公団の山崎ゆかり、Spangle call Lilli lineの大坪加奈、advantage Lucyのアイコ、拝郷メイコ、YeYeなどがボーカルを担当している。今回のインタビューでは、彼がこの作品で何を表現しようとしたのかや、その制作の裏側について語ってもらった。
取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 佐藤類
バンドではアジカンやエルレのような音楽をやってた
──こういう音楽をやってるボカロPって珍しいんじゃないでしょうか。
そうかもしれないですね。ボーカロイド界隈にいる人って、キャラクターに対して愛情を持ってる人と、シンセサイザーとして面白がってる人とで二分化されていて、僕はどちらかと言うと後者なんですが、でもそっち側の人がやる音楽ってテクノやハウスが多いんですよね。僕はそれともまた違うんで、異端の異端、そのさらに異端、みたいな(笑)。だから「そもそもなんでボカロ使ってたの?」ってよく訊かれます(笑)。
──実際どうして使い始めたんですか?
「自分が作った曲を女の子の声で歌わせられるんだ!」って驚いたのが最初ですね。僕は昔、バンドでギターをやってたんですけど、それもボーカルは男の子でしたし。
──昔から女性ボーカルの曲を作ってみたかったんですか?
それはなかったですね。だからこそ作れることが新鮮で面白く感じたというか。歌詞がまだできてない曲でも「これを女の子の声で歌ったらどうなるのかな」っていうのをすぐ試せるんで。女の子に頼んで歌ってもらうのとはニュアンスが違うんですよね。自分が歌ってる感じなんだけど女の子の声が出てるっていう、全然別の感覚がありました。
──バンドの頃はどんな音楽をやっていたんですか?
いわゆるギターロックです。10年くらい前なんですけど、ASIAN KUNG-FU GENERATIONやELLEGARDENのようなバンドが盛り上がってきた頃なんで、そういう感じの音楽をやってましたね。
──現在の音楽性とはだいぶ違いますね。
バンドをやってたときはギター2本、ベース、ドラムの4ピースで再現できるものを念頭に置いてアレンジしてたんで、「ピアノとかストリングスなんか入れたところで、ライブではどうすんの?」みたいなストッパーがあったんですね。でもバンドを辞めて普通に働き始めて、しばらく時間が空いて久しぶりに曲を作ってみようと思ったとき、すごくフラットな気持ちになってたんですよ。「CDにしなくちゃいけない」とか考えなくてもいいし、思いついたことができればそれでよかった。本当は多分昔から、打ち込みのエレクトロとかストリングスを重ねた曲もやってみたかったんだけど、やったところでゴールはないだろって思ってて。その前提が崩れた結果、今のような音楽が解放されたんです(笑)。
最終型になるまで53バージョン作ってる
──リスナーとしては今までどんな音楽を聴いてきたんですか?
音楽を聴き始めた14歳くらいの頃はヴィジュアル系が好きでしたね。で、V系の人たちって皆さん真面目に練習するから、僕もその流れでより速くて重い、テクニカルなメタルを聴くようになって。そこからルーツを掘り下げてハードロックも聴いてました。その流れでHi-STANDARDとかGREEN DAYみたいなメロディックパンクも聴いてましたね。
──前作「Alice in wonderword」に野宮真貴さんとカヒミ・カリィさんがゲスト参加していたので渋谷系がルーツにある人なのかと思っていたんですが、意外にもそうじゃないんですね。
多分さっきの話と近くって。もちろんカヒミさんもピチカート・ファイヴも好きで聴いてたんですけど、結局「あれはどうやったらライブで再現できるの?」ってところに考えが行ってしまうという(笑)。練習してどうにかできるもんでもねえだろって思ってたから、好きだけどアウトプットとしては全く出てこなかったですね。でもやっぱり、アウトプットを考えないで聴ける音楽って純粋にリスナーとして楽しいから何回も聴いちゃうんです。速いメタルを聴いてると曲を作りたくなっちゃうんで(笑)。今の自分には、その二段階の蓄積があるんじゃないかって感じですね。
──それまでずっと速さと重さを追い求めてきたのに、今のような繊細なポップスを作るための知識やスキルも、自然と身に付いていたんですか?
理論的なことは全然知らないんですよ。感覚で理解してる部分はあるかもしれないけど、体系化して説明してとか、譜面を書いてとか言われるとちょっと困るんですよね。今回のアルバムに入ってる「魔法」って、最終型になるまで53バージョン作ってるんですよ。「なんか違う」「なんか違う」を繰り返していじってるうちに積もり積もって53になったんですけど、多分ちゃんと手順を踏んで作ったら4バージョンくらいで済むと思うんです(笑)。
──53バージョンもあると最初の音源とは全然別物になってそうですね。
わかっている人にはすごくもどかしい思いをさせているかもしれないですね。ギターを弾いてくれてる和田たけあきくんは音楽理論をわかってる人なんでそういうことが多いかもです。いつだったかスタジオで「なんかこういう感じの押さえ方だとすごくいい感じのコードが……」って伝えたら「それディミニッシュですね」って言われたり(笑)。
──わはは(笑)。
「あーそれね、はいはい、知ってる知ってる」みたいな(笑)。
──古川さん自身が元々ギタリストなのに、レコーディングでは自分でギターを弾かないんですか?
そうですね。デモは自分で演奏して、和田くんに渡して改めて弾いてもらってます。彼のほうがうまいからっていうのもあるんですけど、人に弾いてもらうと自分には出せないニュアンスが出るから。デモの時点で自分の中で最高と思える状態まで作るんですけど、その結果、レコーディングはそれを清書する感覚でしかなくなるのが嫌だったんです。なんでもいいから僕はびっくりしたいのに、このまま録音すると僕自身が全く面白くない、となりかねないので(笑)。
収録曲
- 魔法 feat.ちょまいよ
- 月光食堂 feat. acane_madder
- グレゴリオ feat. ちびた
- KAMAKURA feat. 古川本舗
- ルーム feat. 花近
- IVY feat. 歌うキッチン
- KYOTO feat. アイコ(from advantage Lucy)
- 春の feat. 大坪加奈(from Spangle call Lilli line)
- はなれ、ばなれ feat. ばずぱんだ
- 恋の惑星 feat. 拝郷メイコ
- family feat. YeYe
- girlfriend feat. 山崎ゆかり(from 空気公団)
古川本舗 ふるかわほんぽ
楽曲制作からデザインまで幅広い分野を手がけ、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するソロアーティスト。10代の頃より作曲活動を始め、数々のバンド活動を経て宅録に目覚める。2009年に初音ミクを使ったオリジナル曲「ムーンサイドへようこそ」をニコニコ動画に投稿し、これを皮切りにネット上で人気曲を次々に発表。エレクトロニカやポストロックを取り入れた、ノスタルジックかつ幻想的な独特の作風で一躍人気ボカロPとなり、同人音楽としてCDを頒布する傍ら、多数のコンピへの参加や楽曲提供などをメジャーやインディーズに関わらず行う。2011年には8人のボカロPによる、新しい形の音楽流通を目指すレーベル「balloom」の設立に参加。同レーベルの第2弾作品として初の流通盤アルバム「Alice in wonderword」を発表した。同年、Billboard JAPAN主催の音楽賞「Billboard JAPAN Music Awards」で優秀インディーズアーティストにノミネート。2012年11月にはSPACE SHOWER MUSICより2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」をリリースする。