自分の好きなものを一度疑ってみたかったんです
──藤井さんには80年代好き、歌謡曲好きみたいなイメージがあったと思うんですが。
藤井 そう思われてもしょうがないことを言ってきましたし、好きは好きなんですが、決して詳しくはないんですね。じゃあ90年代に詳しいかって言ったらそんなこともないんですけど、僕は1972年生まれなので、結局90年代のものに影響を受けているんじゃない?っていうズレは薄々感じてて。深夜のテレビでえげつない本数のCMが流れてたじゃないですか。僕はそれで育ったと思ってるんです。
──確かに世代的には、90年代の影響が一番強いのが自然ですよね。
藤井 冨田さんは「こんなのご存じですか?」っていろんな曲を聴かせてくださって、また好きな曲が増えることが多いんですけど、リコメンドしてくれる曲がなんで好きなんやろ?って思ったら、CMっぽいとか、サビが強いとか、そういう傾向があるなとずっと感じてたんですね。「Coffee Bar Cowboy」では自分の好きなものを伝えて形にしていただいたんですけど、今回はその好きなものを一度疑ってみたかったんです。「この曲は好きかな……わかんないけど、この15秒は嫌いじゃない」みたいな。そうして冨田塾長のもとで自分を疑って、好きなものを回収する1枚になればいいなと思ってました。その過程で出てきたのがCMソングというキーワードやったんです。
──それで架空のCMを集めたトレイラー映像を作ることになったんですね。
藤井 CDのケースにタイアップのステッカーも貼ってみたいんですよね(笑)。90年代後半のCDみたいに。
──冨田さんがおっしゃった通り各曲に架空の企業や商品が割り振られていますが、そのイメージで曲を作ったんですか? それともあと付け?
藤井 混在してます。「90年代のCMっぽいので」とだけお伝えした方もいれば「この商品で」と指定させて頂いた方もいます。サウンドも「あの時代に寄せてください」じゃなくて、冨田さんが今いいと思うものが欲しかったし。
冨田 僕は藤井さんよりも歳上なので、80年代から90年代への音楽の変遷をある程度、当事者として体験してるんですよね。実際には90年代のサウンドもすごく多様なんですけど、青春時代の藤井さんに響いてた90年代がどんなものか、ロジカルに「こういう路線の、こういうビートで、こういう歌が好きだったんだな」とわかったんです。そのエッセンスを1曲ごとに割り振って2017年現在のサウンドに落とし込んでいきました。わりと早い段階で、ノスタルジアに走るわけじゃないということは確認していたので。
藤井 そう。だから、コアに90年代を追求されてる方には「どこが?」って言われてもしょうがないぐらい、今の音ですよね。
冨田 最近ちょくちょくある、狙って90年代感を出してるものとは違うんです。
藤井 「守ってみたい」は去年の秋に録ったんですけど、そのときにコーラスで、僕が出えへんキーのところを塾長が歌ったときに「これです! これが90年代です」って(笑)。そういうちょっとしたニュアンスなんですよ。
役者・藤井隆をプレゼンテーションする10曲
──それから今回のアルバム、藤井さんの歌がとにかく素晴らしい。
冨田 そうですね。
藤井 いやいや、そんなことはないです。
冨田 前作は作詞も作曲も藤井さんで、内面にあるものを曲ごとに吐き出してもらうっていう作り方をしてるんです。今回は作曲を外部に振って、場合によっては作詞もお願いして、それを藤井さんがどう咀嚼するか、という作り方をしてます。その結果、役者としての側面が前面に出る形になったわけですね。
──なるほど。
冨田 藤井さんは演技力に定評がありますけど、前作「Coffee Bar Cowboy」の録音のとき、主人公の気持ちになって感情を出していける力量を痛感したんです。だから今回はそこをどんどんプッシュしていこうと思って。今作では1曲ごとのストーリーを、藤井さんが見事にキャラを変えながら演じてくれたわけです。聴く人には曲の主人公がどういう人かが伝わってくるし、自分の気持ちを投影しやすい、入り込みやすいものになったんじゃないかなと思いますね。10曲を通して役者・藤井隆をプレゼンテーションできている気がします。
藤井 演技力に定評はありませんが、冨田さんがおっしゃった通り今回は“演じる”ことを求められたんですけど、主人公の気持ちになりきるには、例えば「今、僕は歩道橋の上にいるのか下にいるのか」ぐらいは理解しないと景色が浮かばないっていうことはこれまでに教わったので。
冨田 そう。例えば登場人物が街中で、目の前を横切る車を見ながら心の中でつぶやいてるシチュエーションがあったとして、藤井さんと「歩道橋の上ですかね? 下ですかね?」みたいな話をするわけです。「それは、やっぱり下じゃないですか?」「あ、わかりました」って言って歌って、それがしっくりきた、みたいな。
──さすがの想像力ですね。
冨田 特に藤井さんはシチュエーションを映像的に捉えられるタイプだし、ちょっと位置が変わることによって伝えるものがガラリと変わることも認識されているので、話が早いんですよ。僕もアレンジしていくうえで映像はすごく考えるので、藤井さんの映像とバチっと一致するかはわからないですけど、「上よりは下かもしれない」みたいなやりとりを通してちょっとしたディテールを仕上げていく作業は面白かったですよ。
藤井 すべてバチ!っと一致させてくださってます! 冨田さんは「Coffee Bar Cowboy」のとき、僕のつたない口三味線を聴き取ってすてきな音楽にしてくださった方ですから。僕は楽器を演奏できないので、音楽を作るうえでの共通言語がないですよね。だから色で説明してみたり、「車の中の窓から見てるんですけど、停まってるんです」みたいな抽象的な話をするんですけど、聞いてくださるんですよ。「何言ってるんやろ」って思うときもあるはずやのに。
冨田 でも、それってむしろすごく重要じゃないですか。具体的な音楽理論よりも、マインドや哲学みたいなものをどうやって理解し合うか。一緒に楽器を鳴らしてもわからないことが伝わってきたりしますよ。
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シャイな人だからこそ生み出せる言葉の強さ
- 藤井隆「light showers」
- 2017年9月13日発売 / SLENDERIE RECORD
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[CD]
3000円 / YRCN-95284
- 収録曲
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- Going back to myself~再生のリズム~
[作詞・作曲:EPO] - mode in the end
[作詞:YOU / 作曲:RIS] - DARK NIGHT
[作詞・作曲:堂島孝平] - AIR LOVER
[作詞・作曲:ARAKI(BAVYMAISON)] - 守ってみたい
[作詞:藤井隆 / 作曲:冨田謙] - くちばしは黄色
[作詞・作曲:シンリズム] - 踊りたい
[作詞・作曲:澤部渡(スカート)] - カサノバとエンジェル
[作詞・作曲:西寺郷太(NONA REEVES)] - ドライバー
[作詞:藤井隆 / 作曲:葉山拓亮] - プラスティック・スター
[作詞:藤井隆 / 作曲:冨田謙]
- Going back to myself~再生のリズム~
- 藤井隆(フジイタカシ)
- 1972年3月10日生まれ。1992年に吉本新喜劇オーディションを経て、お笑い芸人として吉本興業入り。2000年にシングル「ナンダカンダ」で歌手デビューし、同年「NHK紅白歌合戦」に初出場する。数々のシングルのほか、2002年発売のアルバム「ロミオ道行」、2004年発売のアルバム「オール バイ マイセルフ」などで高い評価を得ながらも、2007年8月発売のシングル「真夏の夜の夢」以降はしばらくアーティストとしての活動を休止。2013年6月にニューシングル「She is my new town / I just want to hold you」で6年ぶりにアーティスト活動を再開した。2015年6月におよそ11年ぶりとなるオリジナルアルバム「Coffee Bar Cowboy」を自身のレーベル「SLENDERIE RECORD」から発表。2016年8月には早見優21年ぶりの新作「Delicacy of Love」のプロデュースを担当した。2017年7月には藤井隆の楽曲を多彩なクリエイターがリミックスしたアルバム「RE:WIND」、9月13日には2年3カ月ぶりのオリジナルアルバム「light showers」をリリースしている。
- 冨田謙(トミタユズル)
- キーボーディスト、プロデューサー、アレンジャー。これまでにNONA REEVES、宇多田ヒカル、FPM、サカナクション、ORIGINAL LOVE、YUKIら数々のアーティストのレコーディング、ライブツアーに携わってきた。藤井隆の作品にはアルバム「Coffee Bar Cowboy」でアレンジャーとして参加。最新アルバム「light showers」ではプロデューサーを務めている。