音楽ナタリー Power Push - 藤井隆
“道”でつながる音楽史
映像に残る15年前の自分
──こうやってこれまでの楽曲とMVをまとめたベストアルバムという形で過去の自分に対面するのはどんな気分ですか?
藤井 聴いてる分にはね、さっきも言いましたように自分の携わっているところは一部分なので「ああいいなあ」と素直に思えるんですけど、ミュージックビデオは本当にひさしぶりなのですごく照れくさいですね。当時もらったのはVHSでしたし、そうそう観返す機会がなかったので。「ナンダカンダ」はちょっとした紹介VTRに使われたりするのでまあまあなじみがありましたけど、それ以外は本当にひさしぶりなものばっかりだったので。
──「ナンダカンダ」や「アイモカワラズ」は15年前の映像ですからね。
藤井 「ナンダカンダ」なんて観返してみると、ダンスに必死で床が揺れてたり、スタッフが見切れてたりしていて(笑)。「アイモカワラズ」は時間がなさすぎてリハまでに完璧な準備ができてなかったから、自分で自分が許せなくて機嫌が悪いんですよ。うまくいかなくて「ああもう!」って床を蹴ってるシーンがそのまま使われてたりして(笑)、恥ずかしくてしょうがない。「未確認飛行体」なんて逆にヘラヘラ笑ってるんですよね。大きな円盤に乗ってグルグル回るもんだからセンター(ポジション)が取れなくて、どこで何を踊ってるのかわからなくてヘラヘラしてるんです。自分がなぜこれをやろうとしているのか、なぜ歌うのか、折り合いが付いてなかった時期で。作家さんも監督もダンスの先生もみんな真摯に向き合ってくださって、僕も必死で食らいつく。でも藤井隆という商品のせいで、なんか違うところに着地しているんじゃないかというジレンマがあって……。「ロミオ道行」(2002年2月発売の1stアルバム)の頃までの映像を観返すと、本当お世話になったなあとしみじみ思います。
──映像だと個人的な思い出もはっきりフラッシュバックしそうですね。
藤井 ええ。そういえばこの間「MUSIC JAPAN」の収録で、たまたま当時のレーベル担当の方とお会いしたんですよ。その方は当時のことをいっぱい覚えてくださっていて。振り付けの先生も当時から一緒だったので懐かしいなあってお話していたら、たまたま別のアーティストの振り付けで当時のダンサーさんもいらっしゃっていて(笑)。全員でウワーッ!っとなって昔話で盛り上がりましたね。あの頃は本当に恵まれていたし、皆さんにすくい上げてもらってようやく成立してたと思うんですよ。
初めて作詞した「1/2の孤独」
──2ndアルバム「オール バイ マイセルフ」(2004年7月発売)は楽曲も映像も、藤井さんのカラーが色濃く反映されているように思います。
藤井 「わたしの青い空」(2004年7月発売の5thシングル。アルバム「オール バイ マイセルフ」にも収録)はMVも好きにアイデアを出していいですよと言われて、2時間ぐらいかけて絵コンテを書いて「場所はお台場のあそこで」と勝手にロケハンまでしてたんですけど、監督さんには全然違うB案があったんでしょうね。結局できあがったのはB案のほうで「ちょっとちょっと監督さん、全然違うじゃないですか!」って話もあったんですけど(笑)、今ではすごく気に入っているビデオです。自分の意見を口にするようにはなったものの、まだ採用されてはいない時期ですね。
──そもそも2年半ぶりのシングルとしてこの曲が出たときに、すごくびっくりしたんですよね。なんでこんな趣味性の高い暗い曲をシングルで出すんだろう?と。
藤井 それまではシングル中心に作ってきたんですけど、このときはまず「アルバムを作りましょう」というところから始まっているんです。「わたしの青い空」はレコーディングの風景もはっきり覚えてますね。よしもとアール・アンド・シーのスタジオ……当時の小室(哲哉)さんのホームスタジオでアットホームな場所だったから、それほど緊張せずやれたんですけど、プロデューサーの本間(昭光)さんが「ひさしぶりのレコーディングだし、今日完成しなくてもいいから、まずはリラックスして1回歌ってみよう」って言ってくださって。それで歌ったのがOKテイクになったんですよ。
──アルバムの中には、今回のベストにも入っている「ある夜 僕は逃げだしたんだ」や「月と砂漠と」みたいなキャッチーな曲がほかにもありましたよね。でもこんなダークな曲をシングルにしたのは、何かよほどの意図があるんだろうなと思っていたんです。
藤井 打ち合わせの一発目で「どういう音楽がやりたい?」って言われたときに「堀込高樹(KIRINJI)さんがいいです」って答えたんです。こういう景色で、こういうリズムでという意見を細かく伝えた覚えがありますね。
──「わたしの青い空」は「Coffee Bar Cowboy」にもつながる硬質なハウスミュージック、ダンスミュージックの要素も感じますけど、同じく高樹さんが書いた「オール バイ マイセルフ」のラストナンバー「1/2の孤独」がまた違った雰囲気で大好きだったんですよ。
藤井 これはベストアルバムに入れないつもりだったんですけど、郷太さんが「藤井さんが初めて作詞をした曲だし、入れといたほうがいいんじゃない?」って提案してくださったんです。四方海というペンネームで、1番の歌詞は島武実さんで、2番は僕が書いたんです。当時は恥ずかしくて僕が書いたなんて言えなかったのでペンネームにしたんですけど。
今は堂々と胸を張って「音楽が好きだ」って言えます
──その後「OH MY JULIET!」(2005年10月発売のシングル。Tommy february6プロデュース)や「She is my new town / I just want to hold you」(2013年6月発売のシングル。松田聖子プロデュース)といったシングルがあり、Small Boysやtofubeatsとのコラボ曲があり、最後に最新作「Coffee Bar Cowboy」からの自作曲「YOU OWE ME」で締めくくるという。
藤井 つくづく変わったことをやってきたなあと思います。自分では言い訳もいっぱい用意して、こうツッコまれたらこう切り返せば大丈夫という感じでやってきましたけど、自分でレーベルまで作ってアルバムまで出してたら、もう言い訳ができないですよね(笑)。「音楽好きなんでしょ?」って言われても「いやあ、やらされてましてねえ」とか……。
ミッシェル もう言えないですよね(笑)。自分でやってんだろっていう。
藤井 お前発信でしょっていう。でも今胸を張って音楽がやれるのは「ナンダカンダ」という曲に出会えたからですし、当時のスタッフの皆さんに大事にしてもらえたからで。当時からずっとお世話になっているメイクさんが2人いるんですけど、音楽が好きな人でね。音楽番組に出るときなんかに「恥ずかしいなあ」とか言ってたら「四の五の言わずに行ってきなさい! チャンスチャンス!」って叱咤してくださったり。「絶望グッドバイ」(2001年12月発売の3rdシングル)あたりでうすうす気付いてるんですよ、自分でも。音楽がよっぽど好きなんだなって。でも自分からはそれを言えなかった。今は僕の音楽をいいと言ってくださる方のほうを真っすぐ見つめていられるので、堂々と胸を張って「音楽が好きだ」って言えます。
──アルバムにはリリース順に並んでいるわけですが、特に後半に進むに従って明確な意思というか、好きなものに裏打ちされた美意識を感じるんですよね。
藤井 テレビの仕事も同じですけど、自分の好きなものをスタッフさんに伝えるとき「なんとなく好きなんです」じゃ伝わらなくなってきたんですよね。「こういうものが好きなんです」「できあがった」「やったー」で満足する自分も過去にはいたんですけど、どうやったらもっと自分の思いが伝わるんだろうと考えてたときに、いつも髪を切ってもらっている美容室で「Shinbiyo」という専門誌を読んだんです。それはお客さんじゃなくて美容師の方が読む雑誌なんですけど、僕はその雑誌が好きなので、僕が座るといつも「Shinbiyo」を持ってきてくれるんです(笑)。美容師って、お客さんのオーダー通りにすることはもちろん「似合わせる」という作業がありますよね。「こうすると似合うよ」「このほうがきっと好きになるよ」と提案しなくちゃいけない。「その感覚を磨くために、自分が好きなものを一度見つめ直しましょう」というコラムがある日読んだ「Shinbiyo」に載っていたんです。例えば好きな靴があったら、まずそれをデッサンするんですって。そしたら次は靴を見ずに思い出しながら描く。それでディテールが細かく再現できているところが自分の興味があるところ、ぼんやりしている部分がそうじゃないところ。
──へえー。
藤井 それを読んでから僕もすぐにやってみたんですよ。3、4年前だったかなあ。そのへんから「自分が好きなものはこうです」とすごく言えるようになったと思うんです。
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- ベストアルバム「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL」2015年10月21日発売 / よしもとアール・アンド・シー
- CD+DVD 4000円 / YRCN-95248
- CD 2500円 / YRCN-95249
CD収録曲
- ナンダカンダ
- 絶望グッドバイ
- 代官山エレジー
- 乱反射
- 未確認飛行体
- わたしの青い空
- ある夜 僕は逃げ出したんだ
- 月と砂漠と
- 赤と黒
- 1/2の孤独
- T&T / T&T
- OH MY JULIET!
- RAIN RAIN RAIN...
- She is my new town
- Selfish Girl feat. 藤井隆 / Small Boys
- ディスコの神様 feat. 藤井隆 / tofubeats
- YOU OWE ME(Radio edit)
DVD収録内容
- ナンダカンダ(Music Video)
- アイモカワラズ(Music Video)
- 絶望グッドバイ(Music Video)
- 未確認飛行体(Music Video)
- わたしの青い空(Music Video)
- T&T(Remix version)/ T&T(Music Video)
- OH MY JULIET!(Music Video)
- Selfish Girl feat. 藤井隆 / Small Boys(Music Video)
- ナウ・ロマンティック / Like a Record round! round! round!(Music Video)
- kappo! / Like a Record round! round! round!(Music Video)
- YOU OWE ME (Music Video)
- 負けるなハイジ -Live-
- アイモカワラズ -Live-
- discOball (Music Video)
ライブ情報
ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL 発売記念イベント
- 2015年10月21日(水)東京都 新宿LOFT
ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL TOUR
- 2015年11月2日(月)北海道 Sound Lab mole
- 2015年11月14日(土)大阪府 名村造船所跡地
- 2015年11月15日(日)京都府 KYOTO MUSE
「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL TOUR」番外編(※ライブイベント「でゑれ~祭」出演)
- 2015年11月21日(土)岡山県 旧内山下小学校
ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL RELEASE PARTY
- 2015年11月22日(日)東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール
藤井隆(フジイタカシ)
1972年3月10日生まれ。1992年に吉本新喜劇オーディションを経て、お笑い芸人として吉本興業入り。2000年にシングル「ナンダカンダ」で歌手デビューし、同年「NHK紅白歌合戦」に初出場する。数々のシングルのほか、2002年発売のアルバム「ロミオ道行」、2004年発売のアルバム「オール バイ マイセルフ」などで高い評価を得ながらも、2007年8月発売のシングル「真夏の夜の夢」以降はしばらくアーティストとしての活動を休止。2013年6月にニューシングル「She is my new town / I just want to hold you」で6年ぶりに個人としてアーティスト活動を再開した。その後はさまざまなアーティストとのコラボレーションも展開し、2015年6月におよそ11年ぶりとなるオリジナルアルバム「Coffee Bar Cowboy」を自身のレーベル「SLENDERIE RECORD」より発表した。同年10月には初のベストアルバム「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL」をリリース。