「藤井フミヤ アンソロジー」特集|藤井フミヤが語るポップス、ロック、エロス、青春、ラブソング (2/3)

DNAの中にいるエルヴィス・プレスリー

──フミヤさんが目標としているロックスターというと?

思い返してみるといないんだよね。もちろんキャロルに衝撃を受けたことが音楽を始めるきっかけだったし、彼らがいなかったら今の自分は存在していないけど、1人のアーティストにハマってそれに影響を受け続けたということがない。でもね、この前「エルヴィス」(2022年公開の伝記映画)を観たときに、自分のDNAの中にエルヴィス・プレスリーがいるとは思った。

──具体的にどういうところに対してですか?

まずパフォーマンスをしてるときに内股なところ。それと甘さのある歌い方だよね。スクリーンで観ながら「俺の中にこの人がいるな」と。

──幼少期にプレスリーの音楽に触れていたんですか?

そうだね。俺が音楽に目覚めて、いろんな曲を聴いていた頃に50年代の音楽が流行ってたんだよ。今の時代に80年代のカルチャーが注目されているように、俺が子供の頃は親の世代でヒットしたものが流行ってた。言ったらキャロルもクールスも50年代の影響を受けてるでしょ? ティーンエイジャーのときは、それと同じようにエルヴィス・プレスリーをめちゃめちゃ聴いてたんだよ。中学生のときに学校で悪さをしたのがバレて家出したことがあるんだけど、そのときにエルヴィスの写真集を持っていった記憶もある。

──当時はそこまで心酔していたと。エルヴィスはまさに生き方が不器用な人ですよね。

不器用だったがために死んじゃったと思う。毎日ラスベガスのホテルのステージに立ってはキャーキャー騒がれて、自分の部屋がホテルのスイートルームで、薬物依存もあったというし……早死にしちゃうよ。

──多くのロックスターが早逝する一方で、今でも元気にステージに立ち続けているアーティストもいますよね。例えばThe Rolling Stonesのミック・ジャガーとか。

昔は“セックス、ドラッグ、ロックンロール”だったのが、いつの間にか“ビューティ、ヘルス、エクササイズ”がロックの風潮になってるもんね(笑)。ミック・ジャガーとか今はめっちゃ真面目だと思うよ(笑)。

──それは今活躍している30代、40代のロックバンドのメンバーを見ていても感じるところはありますね。性別を問わず、筋トレや体力作りをしっかりしている人がすごく多い。

お酒も飲まない人も多いよね。

──歌ううえで体は資本だと思いますが、フミヤさんの理想のスタイルは?

肉体的にはバレエダンサーみたいな体が一番理想的だね。だから俺は筋トレじゃなくてストレッチしてる。

──フミヤさんはステージで踊られることが多いですが、練習はしているんですか?

しない。音に合わせて適当に踊ってるだけ。だって振りなんて覚えられないもん。疲れているときはあんま動かないし(笑)。だから振付が決まってたら大変だよね。マイケル・ジャクソンとか今も生きていたらどうしてたんだろうと思う。ステージに立ち続けるために鍛えないといけなかっただろうし。でも、パフォーマーと同じレベルでないにしても、歌手もステージに立ち続けるためには真面目に生きていくしかないんだよ。その自覚は歳とともに出てきた。ただ、(弟の)尚之には「兄貴だけは昔から酒の席に朝までいなかった」って言われたことがある。どこかで、声が出なくなったらまずいとか、ボーカリストとしてのストッパーが働いてたんだろうな。

音楽に下半身がない時代

──プレイリスト公開のニュースを掲載したとき、「フミヤさんの本質はR15+のプレイリストにある」というコメントをされているファンの方がいらっしゃって。

自分の曲を聴いてて思ったけど、本当にエロいんだよ(笑)。

──今だと過激に聞こえる曲もありますよね。

昔はセクシャルな曲が多かったんだよ。それもポップスに。山口百恵ちゃんの歌を小学生が普通に口ずさんでたけど、親はどう思ってたんだろうね。「青い果実」の「あなたが望むなら 私何をされても いいわ」とかさ。あと、かつて流行ってたムード歌謡は夜の音楽だったよね。「小指の想い出」の「あなたが噛んだ小指が痛い」とか。かつての歌謡の真髄は夜や性にあった。

──それが大っぴらに歌うものではなくなってきた。

日本に限らず、以前はブラックミュージックはセックスのことがメインだったのが、最近は減ったらしい。あと、そういったことを歌ってるのは男ではなくて、女性のラッパーなんだって。時代の影響なんだろうけど、音楽に下半身がないんだよ。

──その理由というのはフミヤさんはどう分析されていますか?

たぶん社会が個人的になったからだと思う。俺たちの子供の頃って、エロはみんなで共有するものだったんだよ。エロ本が1冊あったら、「次、俺ね!」ってワーワー言って回し読みしたり。それが、社会が個人主義になったことでエロい会話が減って、歌の中から消えていった。

──確かに今の日本のポップスを聴いていて、エロティックな要素を感じる曲は少ない印象です。

「R15+」のセレクトをしているときに、時代を逆行してるなとは感じたんだよ。このプレイリストで初めて俺の曲を聴く人は驚くだろうね。ただ、6つのプレイリストの中では一番引っかかると思う。タイトルもそうだけど、サウンドも含めて。

──個人主義になったとしても、人間はリビドーやエロスというものから離れられないというのがあるでしょうね。もちろんサウンド的に隠微な雰囲気をまとっているものもありますが、GOING UNDER GROUNDの松本素生さんが作詞作曲されたキュートな雰囲気の「ケモノ マイハート」とか、ダンサブルでアップテンポな「UPSIDE DOWN」とかひと口に「R15+」と言っても、いろんなタイプの曲があるのもフミヤさんらしいなと。

世の中にはこういう世界もありまっせという感じだね(笑)。

ボーカリストとして長く生きていけるかどうかは色気次第

──「R15+」をテーマにしたプレイリストのタイトルは、Mr. Childrenの桜井和寿さんが作曲された「女神(エロス)」からの引用です。「女神(エロス)」は1994年4月リリースなので、制作が始まったのはMr. Childrenが大ブレイクを果たす前でしょうし、桜井さんにとって他アーティストに初めて提供した楽曲になります。

そうだね。ミスチルの1stアルバム(1992年リリースの「EVERYTHING」)がすごくよかったんだよ。それで曲を頼んでみようという話になってお願いしたんだよね。「この子らはすごいセンスある。売れるよ絶対!」って周りに言ってたら、今では背中も見えないほどに(笑)。

──ヒット曲を多数持ってるフミヤさんが何をおっしゃってるんですか(笑)。桜井さんはソングライターでもあると同時に、ボーカリストでもあるわけで、立ち位置的にはフミヤさんとは近いですよね。ライバル的な存在というか。そういった方に曲を書いてもらうという発想に躊躇はなかったんですか?

なかったね。俺、前も話したけど自分がシンガーソングライターであるという意識がまったくないんだよ。逆に自分が作った曲しか歌わないというアーティストにはなりたくなかった。全部似てきちゃうだろうし、自分で作った曲ばかり歌うのはつまらない。いろんなジャンルの曲を歌いたい欲が強い。ただ、人が書いた歌詞でハマらないものは歌いづらい。役者さんはドラマでも映画でも、いろんな役柄になれるじゃない? CMでもどんな役も演じられる。でも俺はどの役もできないんだよ。仮にCMに出るときは、藤井フミヤの役じゃないと無理。矢沢さんもそうでしょ? 車とかビールとかのCMに出てるけど、あくまで矢沢永吉として出てる。多くのミュージシャンは自分以外にはなれないと思うな。そういう意味では歌も同じで、自分の中で「この主人公、俺とは全然違う」となると歌えなくなっちゃう。

──藤井フミヤとして歌えるかどうかがポイントなんですね。

それで歌詞はなるべく自分で書くようになっちゃった。

──その作詞作業において大切にしていることは?

今はすごく日本語を大切にしてますね。あとは難しい単語とか英語は使わない。難しい言葉は歌には向かないから。英語も使うとして中学英語レベルだね。今となっては、「なんでここ英語にしちゃったんだろうな」って曲もあるよ(笑)。

──それは歌を伝えることを意図してですか?

それもあるけど、日本語って地球上で日本でしか使われていない言葉だし、その言葉で歌ってる以上、大切にしたほうがいいと思ったの。そもそも歌詞って、小説とかに比べて明らかに短いじゃない? だから1行も無駄にできないし、“てにをは”にも気を使うんだよ。「(歌詞の)1行も無駄にするな」というのは、小田和正さんからの教えですけど。

──ではボーカリストとして必要だと思っているものは?

艶というか色気のようなものは、ボーカリストとして必要だね。それがあるかないかで、ボーカリストとして長く生きていけるかどうかが決まると思う。

──ご自身のボーカリストとしての色気は、どういうところにあると思いますか?

声かな。声に特徴があると思う。基本的にどんなジャンルも歌えるというのもあるかな。でもね、俺が歌ってつまらなくなる曲もあるんだよ。甲本ヒロトくんの曲、例えば「リンダ リンダ」とか俺がカラオケで歌うと本当につまらなくなっちゃう(笑)。