音楽ナタリー Power Push - 藤井フミヤ

ようやく芽生えたシンガーとしての自覚

10人中8人が「おいしい」と思うラーメンを目指す

──歌うときに意識することはありますか?

歌詞の主人公になりきること。ただ、あんまり感情を込めすぎてもいけないと思ってて。よく役者さんが歌う場合って、感情を込めすぎていて、聴いているほうは引いちゃうんだよね。ミュージカルだといいんだけど、それが音楽だけになると感情を込められても共感の余地がない。いろんな人に共感してもらうためには、悲しい歌を悲しくは歌うけど、泣きながらは歌えないってことだよね。

──そのさじ加減ってすごく難しいですよね。

うん。だからあくまでも意識して歌うようにしてる程度。どこかクールな部分がないと、聴いてて暑苦しいし、クサくなる。例えるなら10人中8人が「おいしい」と思うラーメンを目指すようにしてる。ポップスっていうのはそういうもんだから。ロックは聴くのは好きだし、音がロックなのも歌うけど、根本的には俺が歌うものはポップス。そういうふうに思ってるよ。

──なるほど。レコーディングのときの歌入れはどうでしたか?

今回はどの曲も5回歌ったか歌わないかくらいだね。

藤井フミヤ

──それは少ないですね。

ほかのアーティストと比べたら少ないかもね。でも5回以上歌うとセレクトも大変だしさ(笑)。本番の歌入れの前のレコーディングで仮歌入れとかしてるから、感覚はつかめているのよ。少ないときは2テイクで終わる。今回のアルバムだと「愛しいゴースト」なんてほぼ一発録り。この曲はちょっとよれた感じがいいと思ったから特に。俺の歌う曲は、よれたりはずれたりしないと面白くないのよ。R&Bとかはきっちりしていないといけないけど、ロックの曲がきっちりしすぎても面白くないでしょ?

──そうですね。

言っちゃ悪いけど、歌が特別うまいわけじゃないじゃん、ロックシンガーって。

──そういう一面もありますね。でも、フミヤさんは歌が上手だと思うんですが……。

うーん、バラードが歌えるからそう言われるのかなと思う。一応、ロックもポップスも歌えるけど、俺はロックシンガーにはなれないと思ってる。例えば(甲本)ヒロトくんの曲を俺がカラオケで歌うと、なんとも味のないものになっちゃう。俺が「リンダリンダ」とか歌っても全然味がない! まったくイケてないんだよ(笑)。味なんだよね、ロックシンガーの歌で大事なのって。

──ヒロトさんのような声や歌い方に憧れたことはありましたか?

ない。俺の歌は俺の歌だし、彼の歌は彼の歌だし。お互いコンプレックスとかはないと思うよ。

──フミヤさんの中でのロックの定義ってどんなものですか?

うーん、不器用な生き方してるヤツはロックだと思う。

──っていう意味でいくと、フミヤさんの生き方は不器用には見えませんが。

俺は器用だよね(笑)。だから生き方は決してロックではないと思う。ロックな歌はたくさん歌ってきたけどね。まあ、昔と比べるとロックの定義って小難しくなったよね。俺がバンドを始めた頃は、ただ何も考えずにロックミュージシャンに憧れて、ああいうふうになりたい!と思ってただけだから。心のレイプみたいなもんだったから。「やられた!」みたいな。今、ロックって言うと哲学っぽい話になりがちじゃない? 大学出のロックバンドも多いし、みんな頭いい。俺の時代っていうか、ロックンロールの時代はすごいシンプルだったんだけど。

時間を無駄にできない

──今作はタイトルにもある「大人」も大きなテーマだと思うんですね。歌詞が大人向けになっているとお話にありましたが、じゃあ大人ってなんだろうと。先ほどお話しされた、未来よりも過去が長い人っていうのもあると思いますが。

藤井フミヤ

あんまり多くのものはいらない、っていう感覚は大人ならではかな。火事になったときに持って逃げたいと思うものがなくなったもんね。体が無事だったらOKみたいな。昔はそうはいかなかった。あれも持っていかなきゃ、これも持っていかなきゃだった。あと、40代くらいになってあんまり無謀な大きな夢を見なくなったね。こっそりでっかい夢を抱いていたりはするけど。俺の場合は、死んだあとに自分の絵が売れたらいいなっていう夢があったりする(笑)。でもそれくらい。

──なるほど。30代の頃のフミヤさんというと、音楽以外のいろんなことに挑戦されて、それこそいろんな夢を抱いていたと思うんですが。

うん。ガツガツしてたねえ。それがだんだん身の丈を知ったというか、身の程をわきまえるようになったというか。そのほうが心地いいと思えるようになったんだよね。30代のときに夢を見てたのだって、自分が大人だと思ってなかったからだろうし。

──ご結婚されて、お子さんが生まれてからも?

うん。20代の延長だと思ってた。40代くらいに自分の身の丈を知って。さらに50過ぎるといきなり自覚するんだよ、自分の未来が過去よりも短いって。そう考えると時間を無駄にできないって思うようになる。

──人生の残り時間を意識すると。

そう。この年齢になってくると、亡くなってく人もいるんだよ。そう考えると、自分の人生そう長くもないかもなって。前のアルバムまではそういう感覚がなかったんだよ。でも、今作を作ってるときに「あと何枚くらいアルバム出せるんだろう」って思ってね。そういう意識があるから、4年ぶりにアルバムできたばっかりだけど、またすぐに作ろうかなって感じになってる。

──ひさしぶりにアルバムを作って満足したというよりは……。

逆だね。もっと作ろうっていう意識になった。それこそどんどん出していってもいいのかなって。メジャーレーベルに所属していた頃はどういう形態で出すかとか契約に縛られていたんだけど、インディーズになっちゃうと何かに縛られずにどんどん作ってもいいんじゃないかって思うようにもなったし。

──なるほど。今作からフミヤさんはインディーズですよね。長年メジャーレーベルに在籍していた分、違いを感じることも多いのでは?

藤井フミヤ

違いはいろいろあるね。ただインディーズに移籍するには、自分にある程度の余力が必要だと思ったんだよ。藤井フミヤのパワーがなくなってからインディーズになるってのは大変だろうなって。だからタイミング的にはよかったかな。今の時代って、レコード会社がレコード会社じゃないじゃんって思ってて。プロダクション化しているよね。CDも全体的に売れる枚数も減ってるし、月いくらか払えば、何万曲と聴けるサブスクリプションサービスもあるわけだし。CDが聴くものじゃなくて、PCやiPhoneにインストールされるものにもなった。1回インストールしたら、わざわざCDで聴かないでしょ?

──そういう人もいるかもしれませんね。

CDを作りはするけど、そこに重きは置かない。レコード会社に所属するメリットは今は感じないから。

──であれば、自分が自由に音楽を作れる環境に身を置いたほうがいい?

まあね。音楽の聴かれ方も変わってきたしね。音楽って今、大半がイヤフォンで聴かれていると思うんだよ。スピーカーで聴くっていう風潮はあんまりないだろうね。要は“イヤフォンミュージック”だよね。そうなると、音をどこまで追求するべきか、レコーディングにそんなにお金をかける必要があるのかってことになってくる。

ニューアルバム「大人ロック」 / 2016年7月13日発売 / Chaya-zaka Records
初回限定盤 [CD+DVD] / 4050円 / XQNA-91001
通常盤 [CD] / 3240円 / XQNA-1001
CD収録曲
  1. この空の真下で
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲・編曲:大島賢治]
  2. GIRIGIRIナイト
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲・編曲:大島賢治]
  3. 愛しいゴースト
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲:屋敷豪太 / 編曲:大島賢治 / ストリングス編曲:村田泰子]
  4. エデンの起源
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲:松本孝弘 / 編曲:大島賢治]
  5. どっちでもいいよ
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲:coba / 編曲:大島賢治]
  6. ひとりごと
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲:松本孝弘 / 編曲:大島賢治]
  7. 消えないキャンドル
    [作詞・作曲:藤井フミヤ / 編曲:増本直樹 / ストリングス編曲:村田泰子]
  8. 命の名前
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲:coba / 編曲:大島賢治]
  9. 友よ
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲:藤井尚之 / 編曲:大島賢治 / 唄:藤井フミヤ&憲武とヒロミ]
  10. ふるさと
    [作詞・作曲:藤井フミヤ / 編曲:石成正人]
  11. 最終目的地
    [作詞:藤井フミヤ / 作曲:屋敷豪太 / 編曲:大島賢治]
<通常盤ボーナストラック>
  1. シンデレラ(COOLSトリビュートアルバムより)
    [作詞・作曲:近田春夫 / 編曲:The TRAVELLERS & 中村達也、藤井フミヤ]
初回限定盤DVD収録内容
  • GIRIGIRIナイト ミュージックビデオ
  • 愛しいゴースト ミュージックビデオ
藤井フミヤ(フジイフミヤ)
藤井フミヤ

1962年生まれ、福岡県出身。1983年から1992年までチェッカーズのリードボーカルとして活躍後、1993年11月にシングル「TRUE LOVE」でソロデビュー。人気ドラマ「あすなろ白書」の主題歌にもなった同作は200万枚を超えるセールスを記録し、オリコン5週連続1位という快挙を果たす。その後も今日に至るまでコンスタントにリリースとツアーを展開する。2013年7月にデビュー30周年&ソロデビュー20周年を記念したシングル「青春」を発表し、大規模なアニバーサリーツアーを実施。バンド編成でのライブ以外にも、フルオーケストラ公演を開催するなどさまざまな形で音楽活動を行っている。2016年7月にソロとしては21枚目のアルバム「大人ロック」を発表。