ナタリー PowerPush - FPM
ニューアルバム「FPM」発売記念 田中知之に聞く空想リミックス計画
素材に対してどれだけトンチの効いた答えを返せるか
──それでは本日のイベント、架空のリミックス大会です。
はい。楽しみにしてました。
──1曲目はクラシックつながりでルーファス・ウェインライト。これは2003年の楽曲で、モーリス・ラヴェルのバレエ曲、「Boléro」を完全に自分の楽曲の中に取り込んでいて……
Rufus Wainwright「Oh What A World」
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うわっ! さっき言ってた大ネタというのは、まさにこの「Boléro」なんですよ! ビックリした!
──僕もビックリしました(笑)。
「Boléro」という曲の構造を大きく俯瞰してみたときに、僕はテクノを連想したんですね。ジワジワジワジワとアゲていって、ドカーンと爆発したら最初に戻っているというところにもダンスミュージックの様式美を感じたし、緻密な構成の根底に、ものすごく長いワンループが横たわっているというのも、非常に未来的。とても数学的な楽曲ですよね。
──「Boléro」のテクノ化といえば、まさにカール・クレイグとモーリッツ・フォン・オズワルドがやってましたね(Carl Craig & Moritz Von Oswald「Recomposed By」)。
カラヤンの盤を丸ごと使ったやつですよね。うん、確かにあれもよかったんですけど、僕には少し不満が残ったんですね。いくらなんでももう少し攻めてもいいんじゃないかと。たとえば僕なら、ひたすらに硬質でテッキーなトラックの上で、ソフトロック調のボーカルで主題をスキャットしてもらって、ミニマルでありながら、きちんとメロディも際立たせたものにするかな。そこをクリアした上で、大きな流れやうねりを作っていく。
──じゃあ、このリミックスに関しても、その方向で作っていきますか?
基本はそう。ただ、この曲の肝はあくまでオリジナルの楽曲に「Boléro」を組み込んだところにあると思うので、その偉業を讃える意味もあって、彼のボーカルは使いたいですね。生のままだと僕がやろうとしているトラックの質感には馴染まないと思うから、声は加工して、「Boléro」の数式の一部にしてしまう。彼の声からは数学的というよりも文学的な匂いがするので、この人の得意科目を文系から理系に持っていくようなリミックスができると面白いかな。
──(笑)素材との距離感が、とても田中さんらしいですね。
リミックスは大喜利ですからね。素材に対して、どれだけトンチの効いた答えを返せるか。最近はそのスキルやバランスに関しても、余裕というか、幅が出てきた感じがしますね。たとえばくるりのリミックス(「ワールズエンド・スーパーノヴァ - FPM EVERLUST MIX」)にしても、数年前の自分だったら、もっと過剰なアレンジを加えていたと思うんですよ。でも最近は「岸田くんの歌がいいならそれをそのまま活かそう」と考えられるようになってきた。原曲に色を添える程度で大喜利が成立するのであれば、必ずしも自分が前面に出ていなくてもいいと思えるようになってきたんです。
──そもそも田中さんの長いリミックス歴において、最初の最初というのはどのリミックスになるんですか?
それが……言うのもはばかれるような仕事なんですけど、実はビョークなんです。……といっても、それは自分名義じゃなくて、テイトウワさんの仕事を手伝ったってことなんですけどね。テイさんが「Hyper-Ballad」のリミックスをやった際に、「ちょっと手伝わない? イントロを好きに作ってよ」と声をかけていただいて。
──テイトウワさん、懐が深いですね。
懐の深さプラス、単なる気まぐれだと思うんですけどね(笑)。その頃、僕はまだ京都にいて、Sound ImpossibleというオタクDJチームをやっていたんですけど、あるイベントでテイさんがゲストに来てくださって、そこからのおつきあいだと思います。会うなり「レコードバッグの中、見せてくれる?」というのは小西康陽さんとまったく一緒で(笑)、その後も本当にお世話になりました。Fantastic Plastic Machine名義での初リミックスも、テイさんがプロデュースしていた今田耕司さん(KOJI1200)の「ナウロマンティック」という曲で。
──あれは名盤です。
うれしかったですね。当時はまだADATレコーダーというハードが主流の時代でしたね。ビョークの素材もS-VHSのテープで届いた記憶があります。
79年の曲を、74年の曲としてリミックス
──それでは引き続き京都時代を思い出していただきつつ2曲目を。現代のエレクトロやディスコパンクの源流ということで、THE SLITSです。
THE SLITS「Instant Hit」
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大好きでした。ちょうどこないだも聴き直してました。このレコードは異文化交流の賜物ですよね。プロデューサーのデニス・ボーヴェルにしても、決してこの音が本気のド真ん中だったわけではなくて、だからこその遊びと余白、ワクワク感がある。
──ここ数年、THE SLITSのレコードがターンテーブルに乗っていて、その隣にBPMカウンターがある図というのが、ある種のデフォルトになっているシーンがありましたよね。
CSSなんかはモロにそうだと思いましたね。ただ、僕は「これならTHE SLITSのほうがいいじゃん」って、ついついオッサンみたいなことを考えてしまうんですよ。僕はTHE BEATLESにしろハードロックにしろリアルタイムじゃないし、昭和フォークも通っていなければ、ディスコも最後の燃えカスしか残っていなかった時代のリスナーだから、CSSみたいな音っていうのは、音楽歴始まって以来の“既視感を伴うリバイバル”なわけです。そのぶん耳は厳しくなってしまいますね。僕の反骨精神みたいなものも、あの時代の音楽に叩き込まれたようなところがあるし。
──そのぶんこのリミックスは大仕事。恩返しをしないといけません。
本当に難しい(笑)。このBPMだとハウスにもレゲエにもなるしなぁ……。そもそも誰からどう頼まれているのかというのが全然想像できないし。
──(笑)いまのアーティストからの発注であれば、なんとなく自分に求められているものがなんなのか、というのが伝わってきますもんね。
そうそう。ただ、それがないと作れないというのは純然たるクリエイターの感性ではないから、ちょっとマズいんですけどね。……じゃあ、これは本当にTHE SLITSを好きな人のことを考えて作ることにします。今っぽい音が入るのを嫌がる人も多そうだから、丸いキックを足して、テープエコーなんかのビンテージ機材を総動員して、79年の曲を74年ぐらいにまで逆行させる(笑)。「実は彼女たち、デビューは74年でした。幻のミックスがありました。なんとミキシングはキング・タビーで、なおかつBPMは130。ハウスDJも使えます!」みたいな仕上がりですね(笑)。歴史を刷新するというか……
──ミッシングリンクを捏造するというか。
普通ならもっとガンガンにキックを足してフィジェットハウスなんかにしちゃうと思うんだけど、それだと賞味期限も短いだろうし、なによりニューウェイヴから反骨精神を学んだことにはならない。レーベルには無理を言ってでもジャマイカプレスの7インチを出してもらいますね(笑)。
CD収録曲
- If You Do, I Do (威風堂々)
- Without You
- I Think
- Hey Ladies
- Can't You Feel It?
- Forever Mine
- Madness
- Sex
- Alphabet
- Telephone & Whiskey
- No Matter What Others Say
- Ai No Yume
FPM(えふぴーえむ)
DJ/リミキサー/音楽プロデューサー/アレンジャーとして活躍する田中知之のソロプロジェクト。1994年に田中と安田寿之による音楽ユニットとして結成され、本格的に活動を開始。1997年に小西康陽主催のレーベルよりアルバム「The Fantastic Plastic Machine」でCDデビューを果たす。このアルバム以降は、田中のソロプロジェクトとして現在まで活動。ハウスミュージックをベースに、ラテンやボサノヴァ、ジャズなどを取り入れたサウンドが人気で、日本だけでなくヨーロッパなどでも高い評価を得ている。