若者たちが憧れるアメリカ西海岸をモチーフにした鈴木英人のイラスト。そして、そのイラストを表紙に使用して1980年代に一時代を築いた音楽雑誌が「FM STATION」だ。リアルタイム世代には懐かしく、後追い世代には新鮮なこの世界観が1枚のコンピレーションアルバム「FM STATION 8090 ~CITYPOP & J-POP~ by Kamasami Kong」としてよみがえったことが話題を呼んでいる。80年代から90年代にかけて生まれた名曲を、カバーも含めて丹念に選曲。しかも本作は、DJカマサミ・コングによる英語のナレーションで曲をつなぐという、80年代に流行ったラジオ番組スタイルで構成されている。通常のCDだけでなく、LPジャケットサイズ仕様のバージョンやカセットテープ版など、隅々まで“バック・トゥ・80's”感覚を打ち出したこのアルバム。仕掛け人であるDJ BLUEに、作品に対する思いや80年代当時のライフスタイルについて語ってもらった。
取材・文 / 栗本斉撮影 / 佐藤類
音楽雑誌「FM STATION」の世界観を1枚の作品に
──DJ BLUEさんは、比較的90年代モノのコンパイラーというイメージが強いですが、今回の作品はかなり80年代シティポップに寄っている印象です。そもそもこのコンピレーションを企画したきっかけは?
これまでも80年代から90年代の歌謡曲やJ-POPを中心に、ミックスCDを出したりイベントを開催したり、いろんなことをしてきたんです。去年は「JR SKISKI」(1991年にスタートしたJR東日本のスキー旅行キャンペーンCM)の30周年を記念したコンピレーションアルバム「JR SKISKI 30th Anniversary COLLECTION」を作りました(参照:ZOO、globe、GLAYからsumika、Eve、マカえんまで「JR SKISKI」30周年CMソングコンピ盤)。で、次に何を作ろうかなと考えたときに、シティポップの世界観で何かやりたいな、と。
──ご自身のルーツということですか。
そうそう、自分が10代の頃に通ってきたのが、まさに70年代から80年代のシティポップなんです。中学生のときに大滝詠一さんの「A LONG VACATION」と山下達郎さんの「FOR YOU」をよく聴いていたのですが、それらの作品のジャケットに永井博さんや鈴木英人さんのイラストが使われていて、あの世界観にすごく憧れていました。だから、シティポップ関連の作品を作るなら鈴木英人さんのイラストを使わせていただきたいなと思って。英人さんといえば、伝説の音楽雑誌「FM STATION」の表紙のイメージもあるじゃないですか。そこからさらに連想して、「待てよ、80年代をメインテーマにした作品を作るんだったらカマサミ・コングの英語のDJに乗せて曲を聴かせるといいんじゃないか」と思い付いたんです。
──カマサミ・コングはハワイ出身のラジオDJ。山下達郎さんのコンピレーションアルバム「COME ALONG 2」(1984年)に彼のDJがフィーチャーされていることで、シティポップファンにもお馴染みです。あの作品はハワイのラジオ番組みたいな構成になっていますね。
僕が高校3年生だったのが84年なんですが、達郎さんに加えて、角松敏生さんの「SUMMER TIME ROMANCE~FROM KIKI」、杉山清貴&オメガトライブの「カマサミ・コング DJスペシャル」と、1年に3枚もカマサミ・コングをフィーチャーした作品が出ているんです。当時の僕は高校生でハワイにも行ったことがないし、それどころか車の免許も持っていないから海岸線をドライブしたこともない(笑)。シティポップで描かれているような世界観は、当時の自分にとって憧れだったんですよね。そういう世界観をパッケージにしたら、同世代には絶対に刺さるんじゃないかと思ったんです。
作品イメージは「カマサミ・コングの架空のラジオ番組」
──これまでに作ってきた90年代の楽曲がメインのコンピレーションと、今回のように80年代の世界観にフォーカスした作品とでは、やはり制作時の視点は違いますか?
正直、全然違いますね。僕は1990年にとあるレコード会社に入社して、それ以降ずっと音楽業界の中で働いているんですが、90年代コンピはどこか音楽業界からのプロとしての仕事目線で作ったりしていますね。「これは売れる / 売れない」とか(笑)。でも80年代は学生だったから、青春時代そのものだし、当時よく聴いていた音楽は当時の記憶とともにストレートに自分の心の中に残っているので。どちらかというと個人の記憶と感性頼りに制作したりしています。
──80年代といっても幅広いですが、今作の選曲の基準はどういうところでしょう。
まずは自分が10代であったがゆえに、手の届かない憧れとして妄想していた世界観──海外のリゾートや海岸線のドライブ、そして大人の男女のスタイリッシュな恋愛みたいな歌詞の世界観を持つ曲というところが基準になっています。稲垣潤一さんの「思い出のビーチクラブ」や杉山清貴&オメガトライブの「ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」、あと今回はBeverlyのカバーを収録しましたが、山下達郎さんの「悲しみのJODY(She Was Crying)」とか、この世界観で作り上げたいなと。
──アルバム全体が流れるような構成になっていますね。朝から夜に移り変わる時間帯のイメージもそうだし、前半は80年代ベースで後半は90年代という流れも面白い。
“シーサイドドライブ”というイメージで曲を選び始めたら、アルバム1枚の構成を1日の流れにするのがいいかなと思ったんです。カマサミ・コングの「グッモーニング!」という挨拶で朝が始まって、カセットでいうとA面が「思い出のビーチクラブ」で終わる。なので、「(曲の中では)“ステイゴールド”って言っているけれど、番組は“ステイチューン”で」というラジオ番組風のフレーズをカマサミ・コングに言ってもらって(笑)。そしたらB面はどうなるかっていうと夜になる。だからEPOさんの「DOWN TOWN」を入れて。あの曲はこれから街に繰り出そうという曲なので、B面から徐々に夜に向かっていくという。で、ピチカート・ファイヴの「東京は夜の七時」を「DOWN TOWN」の次に置いて、19時くらいに街に出るという設定にして、SING LIKE TALKINGやICEなど90年代の楽曲も、スタイリッシュな都会の夜というようなイメージがあったので、この並びになりました。そして最後は「真夜中のドア~Stay With Me~」で終わるという。
──曲順にもしっかりストーリーがあるんですね。
はい。カマサミ・コングの架空のラジオ番組を作るというイメージを念頭に置いて、番組のストーリーと選曲を合わせていったら、こういう流れになりました。
高校の文化祭で模擬店をシティポップ仕様に
──オリジナルの80年代の曲、例えば稲垣潤一さんや杉山清貴&オメガトライブなどはリアルタイムで聴かれていたと思うのですが、収録曲の中で特に思い入れのある曲はありますか?
80年代のシティポップには全部思い入れがあるんですが、特に高中正義さんのギターインスト「BLUE LAGOON」を聴くと、80年代の夏の記憶がよみがえります。僕が通っていた高校では、高校3年生になると文化祭で毎年「アロマ」という名前の喫茶店をやるのが恒例になっていたんです(笑)。でも、普通にやるのはつまらないから自分たちの代で変えたいなと。なので僕らの年は「アロマ」じゃなくて「アロマトロピカーナ」にしたんです。トロピカルって当時のトレンドだったし、当時Wham!の「Club Tropicana」が流行っていたから(笑)。それと「A LONG VACATION」のジャケットを手がけた永井博さんのイラスト集を買って、こういうイメージにしようと。永井さんのイラストを模造紙に切り張りし店内に装飾したりして、憧れの世界観を高校生なりに文化祭に投入していたんです。その喫茶店のBGMで「BLUE LAGOON」を使っていたこともあって個人的にも思い入れが強くて。あと、稲垣潤一さんの「思い出のビーチクラブ」は、当時付き合っていた彼女にプレゼントしたオリジナルテープに入れました。ラストは山下達郎さんのバラード「YOUR EYES」で終わるっていう。
──ベタですね(笑)。
そう、ベタなんですよ(笑)。自分は平均的な高校生で、そのど真ん中でベタなことをやっていて。でも当時の多くの中高生の心の中には、手の届かない妄想の世界があった。そういった憧れの世界をカセットテープや文化祭の喫茶店に落とし込んだりして、必死に自分ができる範囲でアプローチをしていたんだなと。振り返ると、あの頃の自分がかわいく思えてきます(笑)。青春時代を思い出しながら、今回の作品を作りました。
──そう思うと思春期を過ごした80年代、そして社会人になってからの90年代の楽曲をコンパイルした今作には、DJ BLUEの個人的音楽史という側面もありますね。
そうですね。でも結局10代、20代ってどういう音楽を聴いても、その体験が青春の1ページとして色濃く残っているし、当時聴いていた音楽の歴史みたいなものが今回の作品には反映されているような気がします。
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「これだよ、俺が聴きたかったのは!」