フィッシュマンズ茂木欣一、「LONG SEASON」を語る|奇跡のような“35分16秒”はどのように生み出されたのか? (3/3)

ZAKが目から血を流しながら作業していた

──諸々のレコーディングを終えて、そこから先はZAKさんの作業になるわけですよね。資料によるとミックスと編集に2週間以上を費やされたそうです。

茂木 あのミックス作業は尋常じゃなかったと思いますよ。ひたすらスタジオにこもって作業してましたから。奥多摩までジャケットの撮影に行くことになって、午前中にスタジオに集合したらZAKが夜通しで作業してて。撮影を終えて夜、スタジオに戻ってきたら、2階からまだ作業してる音が聞こえてくるんですよ。それで佐藤くんとユズル(柏原譲 / B)が見に行ったら、ZAKが目から血を流しながら作業してたみたいで。なんという集中力だと思いました。

作業の合間に休憩する柏原譲(B)。

作業の合間に休憩する柏原譲(B)。

──完パケした音源を最初に聴いたときの印象はいかがでしたか?

茂木 「たぶんこういう感じになるんだろうな」という、なんとなくのイメージはあったんですけど、それを遥かに超えていましたね。あれだけの要素を1曲にまとめあげたZAKの功績は半端ないと思います。今に比べてデジタルレコーディングの技術が未発達だった96年にあれをやれちゃったのは本当にすごいことなんです。そもそもパソコンのメモリが死ぬほど高かったですから(笑)。当時は録音したトラックをやむを得ず消して、使えるデータの容量を確保してから、そこに新しいトラックを入れたりしてたんで。トラックをバックアップするためにメモリを買い足していくと、すごい値段になっちゃうわけです。フィッシュマンズの制作費用は決して潤沢ではなかったので、ZAKはそういう問題とも闘いながらミックスに取り組んでくれて。絶対に大変だったと思う。ただでさえあんなに細い体なのに、大げさではなく命を削って「LONG SEASON」を形にしてくれたと思います。

ワイキキビーチの壁に描かれた落書き。落書きは主に佐藤伸治(Vo)によるもの。

ワイキキビーチの壁に描かれた落書き。落書きは主に佐藤伸治(Vo)によるもの。

佐藤伸治(Vo)による落書き。

佐藤伸治(Vo)による落書き。

「LONG SEASON」の意外な初披露の場とは?

──素朴な疑問なんですけど、「LONG SEASON」をライブで演奏することは想定していたんですか?

茂木 作ってる最中は、そこまで考えが及ばなかったですね(笑)。「LONG SEASON」という作品を完成させることしか頭になかったんで。1枚の大きな絵を描き上げるような感覚でした。でも、のちのちライブで演奏することになるので、心のどこかに「この曲を再現したい」という気持ちはあったかもしれない。

──ちなみに「LONG SEASON」がライブで初披露されたのは、1996年11月29日に行われたDe La Soulの来日公演のオープニングアクトをフィッシュマンズが務めたときでした。会場は当時、新宿にあったLIQUIDROOMです。

茂木 よく覚えてます。お客さんガラガラでしたね(笑)。

──海外アーティストのオープニングアクトで、誰も知らない30分超の新曲を演奏するって、今思うとめちゃくちゃ攻めてないですか?(笑)

茂木 ははは。確かに(笑)。でも、あれはチャンスだったんですよ。オールナイトのイベントで、23時に会場がオープンして、いわゆるDJタイムみたいなものが続いて、確かDe La Soulが出てきたのは明け方くらいだったんじゃないかな。僕らは、あまりお客さんが入っていないであろうオープン直後の23時台にブッキングされて、「これは絶好のチャンスだ!」と(笑)。会場にいたのは、ほんの数十名だったと思うんですけど、そこにいるお客さんに聴かせるでもなく、躊躇なく「LONG SEASON」を演奏した記憶があります。

──ある種、試運転というか。お客さんの反応はいかがでしたか?

茂木 ポカーンですよね。当たり前ですけど(笑)。12月に「LONG SEASON '96~97」というツアーが始まることが決定していたので、少し言葉は悪いけどウォーミングアップみたいな感じでしたね。ツアーで「LONG SEASON」を演奏することは決まっていて。それにしても11月29日に初めて演奏して、12月3日にツアーがスタートしてるんだから、今思うとすごいですね(笑)。

「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。

「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。

──12月26日に赤坂BLITZで行われた「LONG SEASON '96~97」の最終公演は僕も観に行きましたが、「LONG SEASON」の演奏が終わったときの「すごいものを観てしまった……!」という会場全体の空気をいまだに覚えています。

茂木 僕らとしても、すごく手応えがありましたね。リハーサルでも「LONG SEASON」だけ繰り返しやってたんで。本当に延々やってたんですよ。

──「LONG SEASON」をライブで演奏するときのテンションってどんな感じなんですか?

茂木 やっぱり緊張しますね。最初のシーケンスが鳴り始めた瞬間に背筋がピンと伸びるというか。「始まったな……」という感じがすごくある。毎回ドキドキしますよ。みんなで一緒に同じ箇所を間違えるんだったらいいけど、1人だけ勘違いして小節数を間違えると大変なことになってしまうので。僕らはヤマハのQY10というサンプラーを使ってシーケンス出しをするんですけど、そのボタンを押すのがユズルなんですよ。ボタンが小さいし、あれは緊張するんじゃないかな。特に難しいのが後半のDパートに入る箇所。あそこはユズルがサンプラーのボタンを押しながらベースの1音目を鳴らすのと、僕がドラムを叩くタイミングが一緒なんですよ。毎回、目配せでやってて。

──そうなんですね!

茂木 だからボタンを押すのを失敗したら、とんでもないことになるんです(笑)。ただ当時は全員30歳前後で半端なく集中力があったし、いやというほどリハーサルを繰り返して構成を体に叩き込んでいたんで大きな問題は起こらなかったですね。約40分、集中力の塊っていう感じでやってました。

茂木欣一(Dr, Vo)

茂木欣一(Dr, Vo)

──「LONG SEASON」の演奏がスタートした瞬間、会場の空気が一変する感じがありますよね。曲が進むにつれ、どんどん異世界に飛ばされていくような感覚を毎回覚えて。ちょっとしたトランス状態というか。演奏している皆さんも“プレイヤーズハイ”みたいな状態になるようなことはあるんですか?

茂木 あります。すごくノリが気持ちいいときは、シーケンスと演奏が合ってるとか合ってないとか、そういうことをまったく意識しない状態になるんですよ。「体が地面からちょっと浮いてるような感覚になるよね」って、みんなでよく話すんですけど。本当に無敵な感じというか。スカパラのメンバーはそれを“自動演奏状態”って呼んでるんですけど、まさにその表現がぴったりで。ライブでハイな状態になると自分が演奏してる感じがしないんです。「LONG SEASON」の演奏でも何度もその感覚を味わっていて。あれは何物にも代えがたい幸福感ですね。

──プレイヤー冥利に尽きるという。

茂木 そうですね。「こんな気分になれるような曲を自分たちは作ることができたんだ!」って。本当に幸せな瞬間です。それはスカパラの現場でも同じで。自分たちの作ったもので、いつでも最高に幸せな瞬間を味わいたい。その気持ちはずっと変わらないですね。

「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。

「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。

「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。

「LONG SEASON」ジャケット写真撮影時のアザーカット。

海外で「LONG SEASON」を鳴らしたい

──最後に改めて、「LONG SEASON」という作品が今現在、世界的に評価されていることについて、茂木さんはどのように感じていますか?

茂木 やっぱり、すごくうれしいですよね。ただ僕らとしては、純粋に自分たちが聴きたかった音楽を作っただけで、それこそ“特別な夏の創作物”みたいな(笑)。自分たちがワクワクできるような宝物ができた感じなんですよ。作った当時は、日本の音楽シーンを変えてやろうとか、そういう気持ちも全然なかったですし。

──それが発表から27年を経て、海を越えて世界中の人々に届いているというのは素敵なことですよね。

茂木 本当にそうですよね。フィッシュマンズの音楽は時代を超えて、いろんな人のもとに届くべきだという思いが、僕の中にはずっとあるんです。それこそ「いかれたBaby」なんて、あの曲を発表した90年代には想像できなかったくらい、今ではいろんな人たちが口ずさんでくれる楽曲になっていて。驚きもしているけど、その一方で、「やっぱり愛されるべき曲だよね」という気持ちもあるんです。そうこうしてるうちに今度は海外の人たちもフィッシュマンズの音楽を聴いてくれているという情報がどんどん入ってきて……これは個人的な願望なんですけど、来年ニューヨークで「LONG SEASON」を演奏したいなと思ってるんですよ。

──え! それはぜひ実現してほしいです。

茂木 スケジュールさえ合えば、やってみたいですね。でも本当にびっくりしますよ。こないだもスカパラのライブでメキシコに行ったんですけど、現地のフィッシュマンズファンが「I'M FISH」って書いてあるフィッシュマンズのTシャツを着て、ホテルのロビーで僕のことを待ってくれていたんですよ。しかも(元メンバーの)ハカセ(HAKASE-SUN)の名前も知っていたりして、本当に好きで聴いてくれてるんだなって。あとニューヨーク留学から帰ってきた学生の知り合いにも、「みんな普通にフィッシュマンズ聴いてますよ」って真顔で言われてびっくりしました(笑)。正直、メンバーの年齢もどんどん上がっていくから、集中力があるうちに海外で「LONG SEASON」を鳴らしたいですね。やると決めたからには、本気で準備しないと。

──今回のツアーでも「LONG SEASON」の演奏を多くの人たちが楽しみにしていると思います。

茂木 ね! 僕らも今から楽しみです。少し前に話題になったモール・グラブの「LONG SEASON」リミックスにも刺激を受けましたし。「そうそう、この自由な発想が大事だよね!」って。90年代のフィッシュマンズは、その時々の気分で、ライブごとにどんどん表現を変えていったんですけど、今の自分たちも当時と同じくらい自由に音楽と向き合えるんじゃないかなと思っているので。2023年の今の気分で「LONG SEASON」を鳴らしたいですね。

茂木欣一(Dr, Vo)

茂木欣一(Dr, Vo)

ツアー情報

フィッシュマンズ「FISHMANS TOUR "LONG SEASON 2023"」

  • 2023年10月24日(火)東京都 Zepp DiverCity(TOKYO)
  • 2023年11月1日(水)愛知県 DIAMOND HALL
  • 2023年11月2日(木)大阪府 なんばHatch

FISHMANS are
茂木欣一(Dr, Vo) / 柏原譲(B) / HAKASE-SUN(Key) / 木暮晋也(G) / 関口“ダーツ”道生(G) / 原田郁子(Vo)

Special Guests : UA / ハナレグミ


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プロフィール

フィッシュマンズ

1987年に佐藤伸治(Vo, G)を中心に結成。1991年に小玉和文(ex. MUTE BEAT)のプロデュースのもと、シングル「ひこうき」でメジャーデビューを果たす。当時のメンバーは佐藤、茂木欣一(Dr, Vo)、柏原譲(B)、ハカセ(Key / のちのHAKASE-SUN)、小嶋謙介(G)。ライブではZAKがPAで加わるなどして、徐々に独自のサウンドを作り上げていく。ハカセ、小嶋の脱退を経て、1996年にアルバム「空中キャンプ」をリリース。レゲエを軸に、ダブやエレクトロニカ、ロックステディ、ファンク、ヒップホップなどの要素を取り入れた、独特の世界観で好評を博す。その後も木暮晋也(G / Hicksville)、ダーツ関口(G / ex. SUPER BAD)、HONZI(Key, Violin)をサポートメンバーに迎え、音源リリースやライブ活動を展開。1998年末をもって柏原がバンドを脱退し、その後の動向が注目される中、1999年3月に佐藤が急逝。これによりバンドは活動休止を余儀なくされるが、バンドは2005年夏に「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2005 in EZO」で、ゲストボーカルを迎える形で復活。その後も単独ライブやイベント、フェスなどで不定期にライブを行っている。