この曲もう使っちゃうの?
──それと、第5章の曲の中でも特に印象に残っているのは「神託」です。ゼウスが降臨するときの曲で、これを聴くと「ダメだ、これは勝てない」と思ってしまうくらいで。
芳賀 「神託」はおっしゃる通り、主人公たちが絶望してしまうくらいの存在感を表したくて作った曲です。かなり力を入れて作ったんですが、ローンチ前の配信番組「Fate/Grand Order カルデア放送局 Vol.13 第2部 第5章 オリュンポス 配信直前SP」で「オリュンポス」の本編が紹介される際にこの曲が使われていて。正直に言うと、「え、この曲もう使っちゃうの?」と思ったんですよ(笑)。「いきなりこの曲が流れるくらい、この章はすごいことになるんだな」と直感しました。
──曲を納品している段階でも芳賀さんにはシナリオの詳細が知らされていないんですね。
芳賀 発注時に聞くざっくりとした大枠以上のことは特に知らないです。もちろん言えばシナリオはもらえますが、それを読み込んで準備するタイミングが現状では見当たらなくて。なので、ユーザーの皆さんと同じようにリリースされてから普通にプレイして知ることのほうが多いですし、それ以外の「FGO」の発表事でも驚くことも多いです(笑)。
──どんどん強敵が出てきてBGMもそれに合わせて盛り上がっていく中で、ポセイドンのマップ曲「神代巨神海洋:ポセイドン」でスッとサウンドがシンプルになるじゃないですか。そこの緩急の付け方がすごいなと思いました。
芳賀 そこはもともとシナリオ側の意図がありましたね。ポセイドンのマップ曲に関しては、曲がいらないかもしれないという話だったんです。海底の雰囲気を出すために海中の自然音だけにするアイデアもあって。ただせっかくだからその雰囲気を曲で表現したくて。
──「虚空を斬る」もそうでしたが、芳賀さんから提案して楽曲が作られることもよくあるんですね。
芳賀 よくと言うほどでもなく数えるほどですが、長年「Fate」プロジェクトの音楽を作っていますから、ストーリーのどこで何が必要になるかはなんとなくわかるんです。提案して大変になるのは自分なんですが、「ここでこういう曲が流れないとFateじゃない」みたいな感覚はあって。一度何かしら形が浮かんでしまうと、後悔しないためにはやるしかない。そのあたり妥協をしないようにはしています。
FGOの夏イベントならこうですよね?
──サウンドトラックにはゲームのイベント用に作られた曲も収録されています。メインストーリー用の曲とイベント用の曲を作るのとでは、曲作りでどういう違いがあるんでしょうか?
芳賀 シナリオの振り幅はイベントのほうが大きいので、曲を作るにあたって少しは考える時間が違いますね。そうは言っても10分くらいの差ですけど。
──たった10分……。
芳賀 まずはどういった楽器編成にしていくかという部分で、メインシナリオは基本的に管弦なので迷いがないですが、イベントはそればかりでなくてもよいので、そういったところですね。内容的にもイベントのほうが自由度が高いです。例えば「ぐだぐだファイナル本能寺」に関しては、「カッコよければいいよね?」というのをライターさんと話しただけで、好きなように作らせていただきました。
──シナリオやキャラクター設定にギャグ要素があるからこそ、BGMはカッコよさに全力を出しているわけですよね。
芳賀 なんとなくそのほうが面白いかなと思いまして。ギャグ要素が強い舞台だからこそ、曲はコテコテにカッコよくしてやろうと。今考えると発想のきっかけは「星の三蔵ちゃん、天竺に行く」だったかもしれません。銅角登場からの「蘇る神話 ~FGO~」で爆笑してしまって(笑)。
──「ぐだぐだファイナル本能寺」は、ショップの曲もすごくカッコいいですよね。ゲームだとだいたいキャラクターがボイスで面白いことを言っているから、プレイ中は気付いていなかったんです。
芳賀 面白おかしいやり取りのバックでカッコいい曲をかける、というのは先程言ったように僕らなりの笑いでもあるんです。ただ、最近はそういう部分も含めたおじさんのセンスが若い人たちに通じているのか心配になって、毛蟹さんのような若いクリエイターにも相談しています(笑)。
毛蟹 サントラの収録範囲だと「ぐだぐだマーチ」と「見参! ラスベガス御前試合~水着剣豪七色勝負!」のショップテーマを僕が担当させていただいてます。「ぐだぐだマーチ」はその名の通り、ちょっとアレな感じの曲なんですが……。
芳賀 確かに「ぐだぐだマーチ」は水着イベントの中でゲスト的に出てくる曲なので、素直にぐだぐだしています。「『マンわか』で作った感じで!」ってお願いしたらすぐ作ってくれました。でも「見参! ラスベガス御前試合~水着剣豪七色勝負!」のショップテーマはかなりカッコいいよね。この曲はアコースティックギターのアルペジオをメインにするというイメージが先にあって、それなら毛蟹さんが得意なところかも、と思って発注したんです。
毛蟹 おそらく芳賀さんはほとんど打ち込みで曲を作っているんじゃないかと思いますが、僕はどちらかというと生演奏で曲を作るのが好きなんですよ。もしかしたらこれまでの「FGO」の曲にはあまりなかったかもしれませんが、「見参! ラスベガス御前試合~水着剣豪七色勝負!」のショップテーマではアコースティックギターの生演奏を録ってBGMにしているんです。
芳賀 これまでの「FGO」の音楽になかった要素を持ってきても“FGOらしさ”をちゃんと表現してくれるのが毛蟹さんなんですよね。「FGOの夏イベントならこうですよね?」というのを、言わなくても理解してくれてるのは本当に心強いです。
──イベントでもう1つ。取材時点で最新のイベントが「『Fate/Requiem』盤上遊戯黙示録」ですが、これは原作が小説ですよね。音のない作品世界を芳賀さんはどう読み解いて音楽につなげたんですか?
芳賀 本当にゼロからの音作りになるので、まずは原作者の星空めておさんがどういう音楽をイメージしているかを伺いました。もしかしたら僕が音楽を担当しない可能性もあったんですが、イメージを伺った結果、自分の作風が一番近いかなと思って僕が担当することにしたんです。
──芳賀さんの作風に近いとおっしゃいましたが、「Fate/Requiem」の曲はこれまで「FGO」で使われてきた曲のどれとも違う、新しい雰囲気を持った曲だと感じました。
芳賀 FGOで使っている部分とは違う引き出しでしたね。どちらかというと過去の、「Fate/stay night」や「Fate/EXTRA CCC」の感じがミックスされているかもしれません。もちろん原作も読んで、これまでのTYPE-MOONでやってきたこととはまたちょっと違う新しい世界観ということも理解していました。そういう背景もあって、これまでの音楽と違いを出すために、新しい作り方にも挑戦してみました。「涙の雨の日」という曲ではまず僕が完パケ状態の曲を作って、そこから毛蟹さんにピアノパートのアレンジをしてもらいました。それを受けて最終的なミックスを僕がやるという流れで1曲作り上げたのは初めてですね。
──「涙の雨の日」だけクレジット表記が違うんですよね。編曲が「芳賀敬太・毛蟹」の連名になっています。
芳賀 1巻のイメージからすると思ったよりもダークで「ここまでやっていいのかな?」という不安はありましたが、「FGO」ではしっかりとイベント用のシナリオが用意されていましたし、今回のイベント用の曲としては発注に対してきちんと応えられたと思っています。もちろん毛蟹さんと2人の力で。ただ「涙の雨の日」はイベントをけっこう進めないと流れなくて、実は何か失敗していたんじゃないかと焦りました(笑)。
毛蟹 そうでしたね。もしかしたらちょっと切なくしすぎたかもしれません。
芳賀 でもすごくいい曲になったと思います。イベントはもう終わってしまいましたが、いずれ復刻などがあるかもしれないので、そのときはどういうところで曲が使われているか、注目しながらプレイしてもらいたいですね。
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カドックには“から回った”音楽を