「Fate/Grand Order Original Soundtrack IV」|カドック役・赤羽根健治が聞く!「FGO」音楽の作り方

作り始めるのはリリース数週間前

──「大奥」のBGMに使われているシタールの音色は、第2部第4章のBGMにも効果的に使われています。インドを舞台にした第4章のBGMはどのように作ったんでしょうか?

芳賀 第4章でまず作ったのはマップの曲「ユガ・クシェートラI」ですね。音楽を聴くだけで「インドに来たぞ」という感じを表現するために民族楽器の音やフレーズなど、思い付く限りの“インドっぽさ”をすべて1曲に突っ込んでいます。ただちょっと誤算があって……ストーリーの関係で、第4章で初めに流れるマップの曲が「ユガ・クシェートラII」なんですよ(笑)。

「Fate/Grand Order」第2部第4章のマップ。

──ちょっと補足をしますと、第4章は大きく4つの時期に分かれていまして、平和な状態からだんだん荒廃した状態になり、1周して再度平和な状態に戻る、という輪廻を繰り返しているんです。主人公がインド異聞帯を訪れたのは2つ目の時期、音楽で言うと「ユガ・クシェートラII」が流れる時期で、芳賀さんが今おっしゃった「ユガ・クシェートラI」が流れるタイミングは、物語がわりと進んでからなんですよね。

芳賀 そうなんです。音楽の作り方としては「I」をまず作って、それをベースに「II」「III」「IV」を作っていったんですけど、ストーリーが「II」の状態から始まると聞いて、急いで「II」を作り直しました(笑)。

──そもそも芳賀さんは「FGO」の音楽を作る際に、どこまで詳細にシナリオのことを把握しているんでしょうか?

芳賀 章ごとに情報量が違うこともありますが、主に発注のお題としての断片的な情報です。第4章を例にすると舞台がインドであること、登場するクリプターがペペ(スカンジナビア・ペペロンチーノ)であること、新サーヴァント情報はジナコとアルジュナ〔オルタ〕くらいで、それとマップが4つの時期に分かれますということなどですね。そこからお題だけでは方向性がわからないものについては質問してもうちょっと詳しく説明してもらっています。

──章ごとの概要が説明されるタイミングで「ここの音楽が欲しい」みたいなオーダーをされるんですか?

芳賀 そうですね、BGM発注の会議で。この会議はかなり早いタイミングであります。ただ実際に制作が進まないとわからないところもあって。発注後に変更があって必要なものが変わってくることもあります。そういった流れでBGMリストがまとまり、そこから実際に音楽を作り始める時期はだいたいリリースの数週間前になることが多いんです。

──そんなに短い時間でこれだけの曲数を作っているんですか?

芳賀 本当はもっと早くから作り始めたいんですけど、最初のスケジュールが押し気味で始まってしまったのを引きずり続けて、数週間しかない周期で曲を作り続けています。特に宝具演出用など、曲によってはゲームがプレイできるような状態に近付かないと作れないものもあるので、そういう意味ではちょうどいいんですけど……(笑)。

「うりぼうのテーマ」に代わる曲を

──第4章の音楽では毛蟹さんが「消えない想い~FGO~」の編曲を手がけています。「消えない想い」は「Fate」シリーズのファンであれば誰もが聴いたことのある名曲ですが、なぜ毛蟹さんに編曲を委ねたんでしょうか?

芳賀 実はこの曲、第4章に実装される予定ではなかったんです。単純にシナリオとか関係なく、ピアノ1本で涙腺を刺激するような曲が「FGO」にはこれまでなくて。同じ系統でもほかの楽器が鳴っていたり、イントロが静かで長かったり。そんな中「うりぼうのテーマ ~旅立ち~」というコントの曲があるんですが、使い勝手が非常によく、ちょっといい感じの雰囲気になってピアノの曲が欲しくなるといつも流れるようになってしまったんです。第2部第1章ではシリアスなシーンなのにサリエリがこの曲を弾くシーンがあったり……。

──第4章に向けて作られたというわけでなく、ゲームのBGMとして涙腺を刺激するようなピアノ曲が必要となり、「消えない想い ~FGO~」が生まれたんですね。

芳賀 はい。そもそも僕がよく作るピアノ曲はあまり弾いている感がないものが多く、こういうスタンダードなピアノ曲を作るのが苦手だったので、思い切って毛蟹さんにお願いしようと思ったんです。それで「『消えない想い』を『うりぼうのテーマ ~旅立ち~』みたいにしてくれない?」というオーダーをしてみました。

毛蟹 「消えない想い」は「Fate」ファンにとってものすごく大事な曲なので、依頼をいただいたときは震えました。翌日には第1稿を出したんですが、この曲だけは芳賀さんから1回リテイクをいただいたんです。

芳賀 内容的なリテイクではなくて、僕の伝え方が間違っていたんですよね。毛蟹さんは「消えない想い」のオリジナルを踏襲して静かに始まる形の曲を作ってくれたんですけど、「イントロは必要なくて、最初から広い音域を使って泣かせる方向にしたい」と再度オーダーさせてもらいました。この編曲は本当に毛蟹さんだから頼めた曲ですね。「『消えない想い』をピアノアレンジしてほしい」とお願いして、「どんな曲かな?」という人には頼めないんですよ。どういう曲でどういう意味があるか、それを知ってる人にしかお願いできない。しかも毛蟹さんなら「うりぼうのテーマ」のことまで知ってるという(笑)。

毛蟹 もちろんです(笑)。

芳賀 本当は第4章のあとに実装される予定だったイベント「オール信長総進撃 ぐだぐだファイナル本能寺2019」から使ってもらおうと思っていたんですけど、毛蟹さんの仕事が速かったので第4章から使わせてもらいました。ただ1つ困ったことがあって。「消えない想い ~FGO~」がいい出来すぎて、メインシナリオ用に書き下ろしたほかの曲が食われちゃうんですよ(笑)。これから先、きっといろんなシーンでこの曲がかかると思うので、これに負けないものを作らないといけませんね。

赤羽根健治

機神のメカメカしさを音楽に

──第2部第5章の音楽についても話を聞かせてください。第5章の舞台はギリシャで神々と戦うことになるんですが、第1部の「第七特異点 絶対魔獣戦線バビロニア」も神々との戦いだったんですよね。物語の舞台が異なることで音楽の雰囲気もガラっと違うものになっていますが、何か意識的に変えたところはあるんでしょうか?

芳賀 確かに“神”というキーワードは共通したものですが、「FGO」でのギリシャの神々はなんというか“メカメカしい”んですよね。

毛蟹 第5章の曲はいわゆるデジタルなシンセ系のサウンドが多いですよね。

芳賀 確かにそうだね。第5章にはフルでシンセの曲もあります。第1部の終盤で戦った神はやっぱり“肉体的”な神秘を持った存在だったんですよね。だから楽器選びでひねるようなことはしていなかった。でも第2部第5章の神々は“機神”として描かれているので、音楽もデジタルであるべきかなと。

──第5章は「神代巨神海洋 アトランティス」と「星間都市山脈 オリュンポス」の2部構成ですが、「オリュンポス」の曲数がすさまじいですよね。「アトランティス」で新規追加された曲が5曲で、「オリュンポス」ではその倍以上の曲数が追加されました。

芳賀 最初はただ単にシナリオが2つに分かれているだけかと思っていたんです。「アトランティス」で新しく用意した曲と同じぐらいの分量が求められるのかなと思っていたら、「オリュンポス」は非常に見せ場の多いシナリオだったので、それに伴って曲数もどんどん増えていって……。

──「オリュンポス」の大きな見せ場の1つは、カルデアサイドが“最大の攻撃”を仕掛けるシーン。ここで流れるのが「Final Strike」という曲ですね。

芳賀 シナリオサイドから「ここのシーンは一瞬しかない」と言われていて。長い曲がかけられないことは最初からわかっていたんです。なので、助走なしで盛り上がりを演出するためにサウンド上ではヒロイックな要素以外を入れない、くらい割り切って作った曲です。サビだけで構成されている、みたいなちょっと特殊な曲ですね。

──「Final Strike」が使われたシーンのすぐあとに、「虚空を斬る ~雫の先へ~」が流れるシーンがあります。ここ、僕の推し(宮本)武蔵ちゃんが活躍するシーンなんですけど、曲の後半からコーラスが入るんですよね。シナリオと相まってそこがすごく刺さりまして……。

芳賀 最初、武蔵のシーンに関しては曲の発注がなかったんですよ。ただストーリーの説明を受ける中で「このシーンは曲があったほうがいいんじゃないですか?」とこちらから提案させてもらったんです。で、しばらくしてからこのシーンのビデオコンテができたというので見せてもらったら、これがかなり力の入ったシーンで。

──イベントスチル含め、明らかに武蔵ちゃんの見せ方に力が入ってますよね。

芳賀 武蔵をイメージした曲はこれまでも何曲か作っていたので、その中でも「鏖殺を斬る~英霊剣豪七番勝負~」をアレンジして「オリュンポス」用に用意したのが「虚空を斬る」ですね。先にビデオコンテを見せてもらっていたので、具体的な流れを表現していった結果、頭の中に尺感がずっと残っていて、約5分20秒という「FGO」最長の曲になってしまいました。ただ、あとでビデオコンテと合わせてみたらちょうどシーンが終わるタイミングと曲の終わりがピッタリだったんですよ。もちろん人によってタップするスピードが違うので、実際には皆さん同じ形でゲームと音楽がシンクロするわけではないんですが、自分の中で思い描いていた要素をすべて入れて、それがぴったりハマったときに「この曲はこれでいいんだな」と、すごく腑に落ちたのを覚えています。

──曲の長さで言えば、コヤンスカヤ戦で流れる「Nine Drive ~コヤンスカヤ異聞録~」もけっこう長いBGMですよね。これまで何度も敵対してきたコヤンスカヤ戦だからこその要素が入った聴き応えのある1曲です。

芳賀 「Nine Drive」という曲は第1章から第4章までのメインテーマをちりばめた、いわばメドレー的な曲なんですよね。確かにサントラ上の収録時間は「Nine Drive」が長いですが、あくまで1曲としての長さで考えるなら「虚空を斬る」が最長だと思います。