スクウェア・エニックスが手がけるPlayStation 5向けアクションRPG「FINAL FANTASY XVI」(以下FF16)。世界中で人気を博すゲームの最新シリーズとなる本作は、中世ヨーロッパを想起させる壮大な世界観とプレイヤーを引き込む重厚な物語、さまざまな過去を抱える魅力的なキャラクターたちがゲームファンの間で大きな話題を呼んでいる。
ゲームはプレイヤーが自らその世界に身を投じる“没入感”が重要視されるが、それに一役も二役も買うのが音楽だ。「FINAL FANTASY」はシリーズが始まった当初から印象的なサウンドの数々がゲーマーの間で好評を博してきたが、最新作である「16」には実に300曲近くのサウンドが実装され、ゲームの世界を彩っている。
音楽ナタリーでは、「FF16」の音楽を手がけたミュージックディレクター / メインコンポーザーの祖堅正慶、コンポーザーの今村貴文と石川大樹のインタビューを前編と後編に分けて掲載。前編となる本稿では3人のゲーム音楽観、今村と石川の2人の音楽遍歴、「FF16」サントラのコンセプトなどを聞く。後編では「FF16」の音楽制作の舞台裏を軸に、三者三様のこだわりを掘り下げた。
取材・文 / 倉嶌孝彦撮影 / 西槇太一
“音楽が作れる”より“ゲームが好き”か
──「FF16」のサウンドがどのように作られているかに迫る特集企画をご提案した際、THE PRIMALSのインタビューでもたびたびご登場いただいている祖堅さんから「『FF16』のサントラの企画であれば、チームの今村と石川もぜひ」とご提案いただいて取材が実現しました。お二人とも祖堅さんが採用を担当したと伺っていますので、今村さんと石川さんのお二人にはこれまでの経歴を交えながら、まずはどのようにスクウェア・エニックスのサウンドチームに合流したのかを聞かせてください。
今村貴文 僕が音楽を本格的に始めたのは中学の頃にバンドを組んだときですね。バンド内で作曲を担っていたこともあり、大学くらいから職業作家を目指していました。大学卒業後は音楽の作家事務所に所属して、5年くらいコンペ用に曲を作り続ける日を過ごしていたんですが、これがなかなか安定した収入にはつながらなくて。コンペで採用されればある程度の収入があるけど、不採用が続くと地獄のような日々を味わうようなことになる。20代後半で貯金額を確認したとき「俺、このままで大丈夫なのかな」と不安になり、もっとちゃんと食える音楽の仕事を探し始めたのがキッカケでたどり着いたのがスクエニでした。音楽と同じくらいゲームがずっと好きだったから「もしかしたらゲーム音楽を作る仕事って、自分に向いているのかもしれない」と思いついたのがきっかけですね。
祖堅正慶 今村の面接のとき、本当にゲームの話しかしなかったよね?
今村 はい(笑)。面接なのに仕事の話、音楽の話を一切聞かれなくて、ゲームの雑談をしただけで終わったので「これ絶対落ちたわ」と思っていたら、なぜか通過の連絡をもらって。
──祖堅さんはなぜ面接でゲームの話を中心にしたんですか?
祖堅 どんな曲を作れるかは、ポートフォリオでわかるんですよ。でもポートフォリオだけでゲーム好きかどうか見抜くのはけっこう大変で、手っ取り早くゲームの話をしようと。今村はFPSにハマっているようだったから「ランクどれくらい?」と聞いてみたり、ゲームに実装されているサウンドの話をちょっと振ってみたりして、そこで本物のゲーマーだってことがわかったから、即採用(笑)。
今村 コンペはほとんど歌モノだったし、キャリアとしてゲーム音楽を作ったことがなかったから、まさかゲームの話をしただけで採用されるとはと驚きました。
祖堅 音楽が作れる人間は星の数ほどいるけど、正しくゲーム体験を理解していて、そこにどんなサウンドが求められているのか、総合的に考えられる人間というのはほとんどいない。今村はゲームサウンドを作ったことがなくても、そこをクリアしていることがわかったから、ゲームサウンド制作経験はそれほど重要じゃなかったんだよね。
──一方の石川さんはどのような経歴でスクウェア・エニックスに?
石川大樹 ちょっと経歴が変わっていまして、僕は大学を法学部法律学科で卒業して、電機メーカーの人事総務部で労務の仕事をしていました。音楽を仕事にしたことはありませんでしたが、学生時代にオーケストラのメンバーとしてヴィオラを演奏していました。またプロの方に指揮法を学んだり、趣味で楽曲制作を行ったりもしていました。ゲームはずっと好きだったのもあり、新卒のときにゲーム会社のサウンドクリエイターの募集にも応募していたんですよ。でも新卒でクリエイターの枠に入るのはとても困難なので、そのときはあきらめてご縁のあった企業で働くことになり……。
祖堅 面接に来たときびっくりしたんだよね。大手メーカーの人事の人が来た!って。
石川 仕事が忙しくなってくる中で「自分が本当にしたいことってなんだろう」と立ち返ったとき、もとから興味のあった分野で仕事をしてみたくなり、応募するに至りました。
祖堅 石川と面接をして、会話の節々からすごく“ゲーム愛”を感じた。それがもったいないような気がしちゃって。石川の場合、僕が採用しなくてもちゃんとした仕事があって、きっと将来食うには困らない。でもこれだけゲームが好きだったら、ゲームの世界で生きてたほうがいいんじゃないかな、みたいなことを考えていたかな。だから「ウチ来れば?」って声かけたけど、正直こっちの世界には来ないだろうなと思ってました。
──そもそもサウンドチームが新人を採るのは珍しいと伺いました。
祖堅 採用がすごく難しいんですよ。モチベーションがあって、ゲームへの理解があって、さらに地獄を見てきたような人間。この3つがそろった人はなかなかいなくて、この2人はその条件をクリアしていた。石川の話に地獄は出てこなかったけど(笑)、けっこう大変な働き方をしていたようだったからね。クリエイティブな仕事って正直、地獄を見ることもあるから……。彼らだったらその試練も乗り越えてくれるんじゃないかなと思いました。本音を言えば、2人のうちどちらかが生き残ってくれれば万々歳と思って採ったんですが、幸いなことに2人ともお互いに影響し合って成長しながらバリバリ働き続けてくれているので、ものすごく助かっています。
「ゲーム音楽が素晴らしい」では意味がない
──皆さんと「FF」シリーズの出会いについても聞かせてください。
祖堅 僕はファミリーコンピュータの「3」が最初の出会いですね。その頃から「FF」は国民的なタイトルだったから、ハードの進化に合わせてナンバリングタイトルはすべてプレイしました。「7」が発売されたときはもう働き始めていたけど、ゲーム会社だったからみんなで攻略情報を教え合うみたいな環境で。のめり込んだなあ。
今村 僕の「FF」に関する最も古い記憶は「7」ですね。物心ついているか、ついていないかくらいの時期に触れて、主人公に付けた名前がなぜか「アルク」だったんですよ(笑)。おそらくなんとなくの響きで付けたと思うんですが、まだストーリーとかもよくわかっていないのに、隠しボスを倒すくらいはやり込んでいました。それから「8」「9」「10」……と順番にプレイして、特に「10」は印象に残っていますね。初めてピアノで練習した曲が「ザナルカンドにて」なので。
石川 僕はスクウェアのRPGとしては最初に「クロノトリガー」に衝撃を受けて。その後、中学生ぐらいのときに「FF4」「5」をプレイしたのが出会いでした。当時はインターネット文化の黎明期だったのもあり、先に「FF」の楽曲だけをネットで知ることも多くて「あ、この曲って『FF』のBGMだったのか」とプレイしながら知ることも多くありました。
祖堅 僕が子供のときは“ゲーム音楽”という概念そのものがそんなに浸透していなくて、ゲーム内で鳴る音楽もゲームの一部として捉えていました。ただのゲーマーだったから、音楽にすごく惹かれたわけでもなくて、とにかくゲームが楽しくて「ゲームすげー!」ってはしゃいでいただけで。職業として「ゲームサウンドクリエイター」という職業が存在していることを知ったのは就職活動を始めたときじゃないかな。僕は理系の大学に通っていたから、普通に就活したら研究職に進むことになりそうだったんだけど、それじゃあ自分にとってはつまらない人生になりそうだから、大好きなゲームの世界に飛び込んでみようと。そのときに「ゲームってそういえば音が鳴ってるな。これは誰かが作っているはずだから、そういう仕事があるんじゃないか」と思って調べ始めたのが、ゲームサウンドをちゃんと認識した最初のタイミングでした。
──それまでゲームの一部として捉えていたゲーム音楽を作る側に回って、どんな発見がありましたか?
祖堅 もうすべてが発見だと言っても過言ではないくらい、何もかもが衝撃でした。いかに自分がゲームをプレイする中で自然とBGMや効果音が入ってきて、口ずさんでしまっていたのか思い知らされました。ゲーム音楽というのは、実はとてつもなく複雑なことを形にしている素晴らしい仕事だと感じた。もちろん素晴らしいのは音楽だけじゃなくて、いいゲームというのは脚本やグラフィックもすごくて、それが絡み合って初めてプレイヤーが「このゲーム面白い!」と思ってくれる。その一員としてゲーム制作に携えることが本当にうれしかった。この2人にも口を酸っぱくして言っているのは「あの音楽が素晴らしい」とか「この効果音が素晴らしい」では意味がない。プレイヤーのゲーム体験、ゲームをよくするために何ができるかを常に考えてサウンドを作るのが僕らの仕事なんですよね。