Eveは変わりゆく環境の中で何を思うのか、「廻人」で模索する日本語ポップスの可能性

Eveのメジャー3rdアルバム「廻人」がリリースされた。

2月に自身初のボーカロイドアルバム「Eve Vocaloid 01」を配信リリースしたEve。そのわずか1カ月後に彼が発表したのが「廻人」だ。本作にはテレビアニメ「呪術廻戦」第1クールのオープニングテーマ「廻廻奇譚」やNTTドコモのWeb動画「あの恋をもう一度」のテーマソング「言の葉」、劇場およびNetflixで公開中の映画「Adam by Eve: A Live in Animation」の劇中歌「暴徒」「退屈を再演しないで」など多数のタイアップ曲を含む全14曲が収められている。4月からはキャリア最大規模となるホールツアー「Eve Live Tour 2022 廻人」を控えており、活動は順風満帆そのもの。今や音楽シーンの中心人物となったEveが「廻人」で表現したい音楽性とは。これまでの歩みを振り返りながらその内容を紐解いていく。

文 / 森朋之

逆境を跳ね返した「廻廻奇譚」

テレビアニメ「呪術廻戦」第1クールのオープニングテーマ「廻廻奇譚」、アニメ映画「ジョゼと虎と魚たち」の主題歌「蒼のワルツ」と挿入歌「心海」などを含む本作。そこには、さまざまな映像作品やクリエイターとのコラボレーションによって大きく広がった音楽性、そして、Eve自身の精神性、アーティスト性に根差した普遍的なメッセージが強く刻まれている。

2009年からニコニコ動画に“歌ってみた”動画を投稿し、2016年には初のボーカロイド楽曲「sister」を発表するなど、インターネットでの活動からキャリアをスタートさせたEveは、一方でライブにもしっかりと軸足を置いてきた。メジャー2ndアルバム「Smile」を2020年2月にリリースしたのち、彼は同年5月に初のアリーナライブを予定していた。しかし、ライブは新型コロナウイルスの影響で残念ながら中止に。ステージの上でオーディエンスと向き合い、そこから受け取る反応や熱気を自らの創作に結び付けてきた彼にとって、初のアリーナライブが中止という事実は、かなり大きなダメージになったはずだ。

しかしEveはその逆境を突破し、自身の音楽世界を奔放に広げてみせた。もっとも大きな要因は、アニメ、映画、CMなど幅広いメディアとのコラボレーション、そして、才能あふれるクリエイターとの出会い。その起点となったのはもちろん、「廻廻奇譚」だ。ストリーミング、ミュージックビデオの再生数がともに2億回を超え、Spotifyで“2021年、海外でもっとも再生された日本の楽曲”となった「廻廻奇譚」によって、Eveの知名度は飛躍的にアップ。名実ともに日本のトップアーティストとなったと言っていいだろう。

「心海」ミュージックビデオより。

「心海」ミュージックビデオより。

「心海」ミュージックビデオより。

「心海」ミュージックビデオより。

その後もEveはアニメ映画「ジョゼと虎と魚たち」に書き下ろした「蒼のワルツ」「心海」、Eve × suis from ヨルシカ名義によるロッテ「ガーナチョコレート」のキャンペーンソング「平行線」などを次々と発表。映像作品とEveの楽曲の世界観が合わさったミュージックビデオも話題を集めた。これらのコラボレーション、タイアップはEve自身にとっても大きな刺激になったはず。ライブがなくなり、観客と直接コミュニケーションを取る機会を奪われた彼にとって、映像作品、映像クリエイターとの出会いが社会とのつながり、新たな創造性の発露になったことは想像に難くない。

さらに、タイに拠点を置くクリエイター・ZemyataのディレクションによるMVも話題の「夜は仄か」、初音ミクをフィーチャーした「群青讃歌」(スマホリズムゲーム「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」アニバーサリーソング)、個人制作アニメーションの祭典「Project Young.」の主題歌「遊生夢死」、「Spotifyまとめ / プレミアム」のテレビCMソング「藍才」などをリリース。今年2月には初のボーカロイドアルバム「Eve Vocaloid 01」を配信リリースするなど、ジャンルやフィールドを超越した活動を継続してきたEve(参照:音楽シーンにその名を轟かせるEveが原点回帰のボカロに立ち返る理由)。メジャー3rdアルバム「廻人」には、彼のこの2年間の創造の軌跡、その中で得た奔放にして自由なクリエイティビティが発揮されている。

現実世界とリンクする新曲の数々

アルバムに収録された新録曲は6曲。そのうちの2曲「暴徒」「退屈を再演しないで」は、音楽映画「Adam by Eve: A Live in Animation」のために制作された楽曲だ。

「暴徒」は軽快なギターカッティング、心地よく跳ねるビート、日本語の美しさと快楽的なフロウがバランスよく配置されたポップチューン。聴き心地は極めてよいが、「修羅の炎に身を焼かれた為 再起不能な僕を囲んでは」から始まるフレーズが、リスナーの脳裏に不穏でシリアスなイメージを植え付ける。そして「退屈を再演しないで」はディスコティックなトラック、切なさ、儚さをしなやかにグルーヴさせるような歌が溶け合うナンバー。「退屈を再演しないで」という想像力を掻き立てるフレーズのリフレインが、体と感情を同時に揺さぶるのもこの曲の魅力だろう。

この2曲は当然、音楽映画「Adam by Eve: A Live in Animation」と強くリンクしているが、さらに2022年の現実社会とも強く結び付いている。「暴徒」の歌詞はSNSの問題点や価値観の違いによる断絶を照らし出し、「退屈を再現しないで」は、コロナ禍における閉塞感をどうにかして打ち破りたいという思いに直結する。そう、「Adam by Eve」を通して彼は、極上のエンタテインメントと切実なメッセージ性を有機的につなげるメソッドを獲得したのだと思う。

そのほかの新曲も極めて魅力的だ。まずは「言の葉」。ゆったりとした四つ打ちのビートと叙情的なメロディライン、思春期におけるピュアな恋愛模様を想起させる歌詞が溶け合うこの曲は、年齢、ジェンダーを超え、幅広い層の聴き手にリーチできるポップソング。これほどまでにJ-POP然とした楽曲は、おそらくEveにとって初めてではないだろうか。

アルバムの最後に置かれた「アヴァン」も、本作の充実ぶりを象徴する楽曲だ。スマートフォンゲーム「呪術廻戦 ファントムパレード」の主題歌として書き下ろされたこの曲は、快楽的なスピード感をたたえたビート、オルタナ的なギターサウンド、そして、鋭利でキャッチーな旋律が共鳴するナンバー。冒頭の「不屈な精神と測り得ない 底無しの愛憎感」に顕著だが、善と悪、正義と不義、美しさと醜さなど、相反する価値観がせめぎ合うリリックも強烈だ。「呪術廻戦」の世界観に寄り添いつつ、現実の社会をも照らし出す「アヴァン」は、Eveの圧倒的なソングライティング力を改めて証明している。「廻廻奇譚」でEveに出会ったリスナーを狂喜させると同時に、新たな代表曲として浸透することになりそうだ。

「廻人」で明らかになったEveの武器

全体を通し、ダンスミュージックとしての機能、ポップスとしての精度がしっかりと向上しているのもアルバム「廻人」の特徴。そして、すべての真ん中にあるのがEveの歌であることも強調しておきたい。2000年代以降のギターロック、エレクトロ、ボーカロイド系を統合した音楽性、メロディとリズムの斬新な組み合わせ方、精緻にして大胆なサウンドデザイン。アーティストとして多彩な資質を持っているEveだが、それらを1つに束ねているのはやはり彼のボーカルなのだ。起伏に富んだ旋律を描きながら、すべての歌詞を明確に放ち(歌詞カードを読まなくても完全に聴き取れる)、日本語のポップスの在り方を更新し続ける歌こそが、Eveの最大の武器なのだと、このアルバムは改めて証明している。

ところで、アルバムのタイトルに冠された「廻人」とはいったい、何を指しているのだろうか? ライブという表現を失い、新たな表現を模索したEve自身のことなのか。それとも、まったく先が見えず、常に変化し続ける状況の中で右往左往する我々の姿なのか。その答えはぜひ、あなた自身の目と耳で確かめてほしい。

ライブ情報

Eve Live Tour 2022 廻人

  • 2022年4月8日(金)石川県 本多の森ホール
  • 2022年4月15日(金)宮城県 東京エレクトロンホール宮城
  • 2022年4月17日(日)福岡県 北九州ソレイユホール
  • 2022年4月22日(金)愛知県 愛知県芸術劇場 大ホール
  • 2022年4月24日(日)広島県 広島文化学園HBGホール
  • 2022年4月28日(木)大阪府 大阪国際会議場(グランキューブ大阪)メインホール
  • 2022年5月4日(水・祝)東京都 東京ガーデンシアター
  • 2022年5月5日(木・祝)東京都 東京ガーデンシアター
  • 2022年5月23日(月)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール

プロフィール

Eve(イヴ)

2枚の自主制作アルバムを経て、2016年10月に初の全国流通盤「OFFICIAL NUMBER」をリリース。2017年12月にはすべて自作曲で構成されたオリジナルアルバム「文化」を発表。収録曲「ドラマツルギー」はYouTubeにて1憶1800万回以上(2022年3月時点)再生されている。2018から19年にかけて開催されたワンマンライブのチケットは、1万2000人を動員した全国ツアー「Eve winter tour 2019-2020 “胡乱な食卓”」を含めすべて即完している。2020年12月にテレビアニメ「呪術廻戦」第1クールのオープニングテーマ「廻廻奇譚」とアニメ映画「ジョゼと虎と魚たち」の主題歌「蒼のワルツ」を収録した音源「廻廻奇譚 / 蒼のワルツ」をリリース。2021年2月にヨルシカのsuisとのコラボレーション楽曲「平行線」、4月に配信シングル「夜は仄か」をリリースした。2022年2月に初のボーカロイドアルバム「Eve Vocaloid 01」を配信。3月にはオリジナルアルバム「廻人」をリリースした。また同じく3月よりEveをフィーチャーした映画作品「Adam by Eve: A Live in Animation」が劇場およびNetflixにて公開中。