「方程式ができた!」という感覚
──エルスウェア紀行の楽曲はほとんど2人で作られているわけですが、唯一ベースはKIRINJIなどでおなじみの千ヶ崎学さんが弾いています。千ヶ崎さんとはどのように出会ったのでしょうか。
ヒナタ 「少し泣く」と「ひかりの国」を同じ日に音響ハウスで録ったんですけど、その日からですね。千ヶ崎さんがエルスウェア紀行をもともと知ってくださっていて。sugarbeansさんと千ヶ崎さんと私たちのスタッフさんがお仕事をしたときの楽屋でエルスウェア紀行という単語が出たときに、「俺知ってるよ、弾かせてよ」と言ってくれていたと聞いて、本当にお願いしました。
──言ってみれば、KIRINJIは魔改造シティポップの先輩というか(笑)。
ヒナタ そうですよね。自分はめったにライブに行かないんですけど、KIRINJIは千ヶ崎さんとご一緒する前から観に行っていました。
──「スーツ姿のまま走り出す」と歌う「あなたを踊らせたい」は、KIRINJIのライブがきっかけでできた曲だそうですね。
ヒナタ はい。目の前の席に、スーツ姿で1人でサイリウムを持っている人がいて。コロナ禍だったから、みんなマスクをして座っていたんですけど、その人が何かを決意したように立って踊り出したんです。そこから「あなたを踊らせたい」を作り始めました。私たちのライブでも、あなたに踊ってほしいなって。
──5月の渋谷WWWでのワンマンではクラップが起きたり、実際に体を揺らして踊ったりしている人もいて、やはりライブ映えする曲だなと思いました。
ヒナタ 「“わかる人にだけわかる”という状態が一番寂しいな」という思いを常に持っているんですけど、それをより強く意識している時期だったので、わかりやすい四つ打ちのリズムにしました。Earth, Wind & Fireなどの70年代ディスコも互いに好きなので、自分たちなりの「September」的なイメージで作り始めた曲です。
──アレンジ面で言うと、「冷凍ビジョン」は「完成まで2年間こねくり回した」そうですね。
トヨシ そうですね。コントラバスから入って、ドラムは打ち込みでいきたいというイメージはあったんですけど、その先の展開はミユのアイデアからきているものもけっこうあって。「エヴァンゲリオン」の庵野(秀明)監督が「自分からイメージできるものなんてたいしたことない」というようなことを言っていて、それにすごく感銘を受けたんです。自分が思い描いたのとは違うものが出てくるほうがいいなと思っていたので、ミユにかき回してもらえて感謝しています(笑)。もともと自分がやろうとしていたものよりも満足できる作品に仕上がっていく、その感覚がすごく好きなんです。
ヒナタ トヨシさんはあんまり自分からアレンジのことを話さないけど、私はけっこう意志を感じるので、それが面白いなと思います。もしかしたらトヨシさんの奥底に、自分でも無意識な何かがあるのかなって、「冷凍ビジョン」を聴くと特に思いますね。
──ライナーノーツには「曲中に登場する同じ旋律がセクション毎に別のメロディーに聴こえるような仕掛けにこだわって制作しています」というコメントもありました。
トヨシ ゲイン効果ってありますよね。例えば怖そうな人がエレベーターの「開ける」ボタンを押してくれたら、普通の人に同じことをされるよりも優しく感じるという。乗りたくなるリズムの前に乗れないリズムを1個配置して、ゲイン効果を発生させるみたいな、そういう計算をアレンジに入れるようにしています。メロディだけを聴く方にはシンプルに聴こえるけど、掘っていくとマニアックになる、みたいなバランス感を目指したいと思っていて。それがうまく噛み合ったときに、「方程式ができた!」という感覚になるんですよね。
「悲しみと手を繋ぐ」というゴール
──アルバムの最後の「ひかりの国」は、「ひかりを編む駐車場」というタイトルと直接的に関係していると思いますが、この曲に対する思いを聞かせてもらえますか?
ヒナタ 「ひかりの国」はもともと少しシニカルな視点があったというか、「ひかりなんてないじゃん、ひかりの国じゃないじゃん」という皮肉を込めていたんです。でもそれだけじゃ終われないので、途中で“ユーモアのある視点”としてワルツのセクションを作りました。シニカルな視点だけじゃなくて、本当に“ひかり”を持ったセクションを作りたかった。私自身、松尾スズキさんがいつかおっしゃっていた「どんなに悲しい日でもお腹は空く、人間って間抜けで、だから面白いんだよ」というようなスタンスと、今年亡くなった父代わりの祖父が教えてくれた「情けなさ、間抜けさ、ユーモア、それが人生だ」という共通する2つの感覚が根底にあって。私たちは暗さや真面目さが前に出ちゃうかもしれないけど、ふざけるのも好きですし、魔改造もユーモアの1つのつもりなんです。シニカルな曲でもそういうところをあきらめないんだという、自分たちのまなざしを象徴する曲になったと思います。一方で、「光の位相」の光はまっすぐな意味だったりもするので、結果的に“光を編む”という表現にたどり着いたのだと思います。「冷凍ビジョン」も最後に「悲しみと手を繋ぐ」というゴールを決めて作りました。
──まさに「悲しみと手を繋ぐ」ということもアルバムのテーマになっていますね。
ヒナタ 「少し泣く」の最初で「かなしみも本当は友だち」と歌っているんですけど、そのときはまだ手のつなぎ方をわかってないんですよね。本当は友達だと思っているけど、実際には友達になれていない状態。でも悲しみと手をつなぎたい気持ちはずっとあって、そこから自分を解放したり、トラウマと向き合ったりして、「冷凍ビジョン」にたどり着くという流れがあるのかなと思っています。
──昔は「悲しみから逃げたい」と思っていたけど、いろいろ活動をしていく中で、「この悲しみは消えないんだな」という気付きがあって、それはある種の諦念ではあるのかもしれないけど、「消えないのなら、どう手をつなぐのか」を考えるようになった。その諦念の先にあるものに手を伸ばすという行為が、「ひかりを編む」という行為とも重なっていて、それがアルバムを通して描かれているような印象がありました。
ヒナタ この4年間で悲しみがだんだん味方になっている感覚があるというか、それこそこれまでのすべてがあることで曲が生まれているわけで、悲しみに限らず、全部あってよかったなと今は思えています。お互い飄々としてるけど、トヨシさんにも悲しいことはいろいろあったと思うし、そういうものを消化していった4年間でもあるのかなと。ここからはまた違う、よりカラフルなものもできてくるんじゃないかなという予感がありますね。
──トヨシさんは4年ぶりのアルバムが完成して、現在どんな心境ですか?
トヨシ マスタリングまでやっている人の観点がすごく強いんですけど、とにかく「終わった!」という(笑)。僕は「飽きる」という感覚が一番苦手というか、「好きじゃない」より「飽きちゃった」のほうがダメージを受けるので、ずっと新鮮味を持って聴けるアルバムにしたいなという思いがあって。完成から数日経って客観的に聴いてみたら、ちゃんと新鮮なアルバムができたという達成感があったので安心しました。このアルバムができたことで、自分たちに勇気と誇りを持てるようになったと思います。
──10月26日からは初めてのツアーが2人によるアコースティック編成で開催されます。最後にツアーに向けて、ひと言いただけますか?
トヨシ まだ2人編成のライブをご覧になったことがない方からしたら、アルバムの曲をアコースティックでやるイメージが湧かないと思うんですけど、実際新曲はかなり難しくて。「天才は今度」とか2人編成でどう演奏しようかって、試行錯誤しているところです。新曲も含め、さらにパワーアップした2人編成のライブをお届けできたらなと思っています。
ヒナタ 個人的にはライブだと豹変するトヨシさんを見てほしいんですけど(笑)。足りない部分をポップスだと捉えるようになったのは最近で、そもそも2人というのがバンドとしてカッコよくないんじゃないかとか、いろんなことを思っていた時期を乗り越えて、今はとにかく自分たちができるものをやろうと思っています。バンド編成でのライブは、来年の6月に渋谷CLUB QUATTROでやることが決まっているんですけど、それとは別に「2人でやっていくんだ」という決意を見せるツアーにもなるかなと思います。
公演情報
2nd album ひかりを編む駐車場 -release acoustic tour-
- 2024年10月26日(土)栃木県 鹿沼シカノクラ
- 2024年11月1日(金)大阪府 伽琉駝門カフェ
- 2024年11月2日(土)愛知県 sunset BLUE
- 2024年11月9日(土)東京都 Time Out Cafe & Diner
エルスウェア紀行 単独公演「夢幻飛行 2025」
- 2025年6月14日(土)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
プロフィール
エルスウェア紀行(エルスウェアキコウ)
“どこでもない場所を旅する記録”をコンセプトに活動する、ヒナタミユ(Vo, G)とトヨシ(G, Dr, Cho)による2人組バンド。2020年9月にシングル「スローアウェイ」を配信リリースし、12月に1stアルバム「エルスウェア紀行」を発表。2024年10月に2ndアルバム「ひかりを編む駐車場」をリリースし、同月から11月にかけて全国4カ所を巡るアコースティックツアーを行う。
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