eillインタビュー|メジャー1stアルバム「PALETTE」に乗せた多彩な色

2月2日にリリースされるeillのメジャー1stアルバム「PALETTE」から、リードトラック「いけないbaby」の先行配信がスタートした。

メインとなる1つのメロディを軸に、繊細なニュアンスを加えながら1曲として構築するという新たなアプローチで制作された「いけないbaby」は、革新的とも言える切ないラブソング。ボーカルについても自身の可能性が追求され、これまでにない魅力を存分に味わえる仕上がりとなっている。

メジャーデビューを果たした2021年の振り返りに始まった今回のインタビューでは、「いけないbaby」の制作エピソードを柱としながら、充実作となったアルバムの内容にも踏み込んで話を聞いた。シンガーソングライターとして新たな覚醒を遂げたeillの姿をテキストから感じ取ってほしい。

取材・文 / もりひでゆき撮影 / 笹原清明

自由に音楽を作ることが怖くなくなった

──2021年のeillさんは4月のメジャーデビュー以降、精力的な活動を見せてくれていました。改めて昨年のことを振り返るといかがですか?

すごく長い時間を過ごしたような感覚というか。シングルもたくさん出しましたし、ツアーもあったし、その中で初めて体験することもたくさんあって。本当に濃い1年でしたね。

──メジャーのフィールドに来たことでクリエイティブ面に変化はありましたか?

ありました! 音楽を作るうえで、今まで以上に自分のやりたいことができるようになったと思います。それは関わってくださる方が増えて、いろんな力を貸していただけるようになったことも大きいんですけど、それ以上に自分自身が今までで一番わがままに音楽を作れた1年でもあったような気がしていて。メジャーのフィールドでそういう環境を与えてもらえたというのは、ちょっと意外なところでもありましたね。

eill

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──もっと制限がある場所だと思っていたのでしょうか。

そうそう。そういう話も聞いたことがあったから、いろいろ想像していたんですけど、まったく違う世界で(笑)。私がやりたいことをちゃんと尊重してくれるという、いい驚きがありました。そういった環境で活動を続けていくと、自分の中の迷いがどんどんなくなっていくんですよ。「23」を書いたあたりからは、自由に音楽を作ることがまったく怖くなくなって。

──「23」は昨年11月に配信されたシングル曲ですが、いつ頃できたものなんですか?

リリースに向けて書いていたので、去年の9月とか10月くらいかな。作り方自体はそれまでと全然変わっていないんですけど、それくらいのタイミングで「eillってどんな人なんだろう」ということが自分自身でちゃんと理解できてきたような気がするんです。だから、「23」は自分の心がすごくいい状態で作ることができたんですよね。

──ご自身の年齢をタイトルに冠したのにも理由がありそうですね。

そうですね。インディーズ時代に「20」という曲を出しているんですけど、そこから大きく心が変わったら、その続きとなる作品を出そうと思っていたんです。それが23歳の今だったという感じで。歌っていることは「20」と変わらず、「今を生きよう」ということなんです。でも、自分が好きなことや苦手なことがだんだん見えてきて、自分がたどり着きたい場所や、どんな自分になりたいかが少しずつ鮮明になってきた今の気持ちを「23」にはしっかり詰め込むことができた。なので、自分としてはかなり心境の違いが出たなと思います。

これじゃまだ足りないんです!

──ご自身を深く理解し、それを思うがままに楽曲へと落とし込んできたメジャーデビュー以降の歩みの中で、アルバムに照準を合わせ始めたのはいつ頃だったんでしょうか。

シングルをたくさん出していった先で、その集大成のような形でドンとアルバムを出したいなという思いは当初からあって。インディーズ時代のアルバムは、シングル曲がたくさんあるからアルバム曲がほとんどない、ということが多かったんですけど、今回はアルバムのための曲もちゃんと作りたいという思いがありました。なので、最後の最後に急遽、収録曲を2曲増やすことにしたんですよ。制作の途中でアルバムタイトルを「PALETTE」に決めたんですけど、その段階ではまだ「PALETTE」と呼ぶには色が足りないと思ったから、私から提案させてもらって。スタッフの方には「はい?」と言われましたけど(笑)、「これじゃまだ足りないんです!」とわがままを言わせてもらいました。最後の1カ月はもともと用意していた曲も含めて合計4曲を作ることになったので、けっこう大変でしたけどね。

──「PALETTE」には全13曲が収録されています。シングルだけでは見えていなかった、eillさんのさまざまな表情を感じることができますね。

ありがとうございます。インディーズ時代はもちろん、メジャーデビュー以降も私はいろんなタイプの曲を作ってきたんですけど、昔はそれをコンプレックスに感じることもあったんですよ。「自分の色ってなんだろう」って。でも、それが「23」を書いたあたりから、「いろんな色を持っているのが私なんだ」とより強く思えるようになったというか。今回のアルバムは、「この“PALETTE”に乗っている色のすべてが私。だから、あなたの好きな色を選んで、好きなように楽しんでくださいね」という気持ちで作ることができました。

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──前回のインタビュー(参照:eillインタビュー|すべてをさらけ出しながら聴き手に寄り添う新曲「花のように」)の際に、「自分の心と深く向き合って絞り出すノンタイアップ曲を作るときは、毎回泣いてしまう」というお話をされていましたよね。アルバムにはノンタイアップの新曲も多いので、たくさん涙を流しながら作ったのかなと想像したのですが。

それが、「23」以降に作った新曲ではまったく泣かなかったんですよ! 周りが逆に心配するくらい、気持ちが落ちなかったというか。「このeillのパワーはいつ切れるんだろう」ってスタッフみんながソワソワしている中(笑)、最後まで走り続けてアルバムを作り切れたんですよね。

──それもまたすごく大きな変化ですね。

そうですね。たぶん今までは思うように表現できない自分への悔しさや、そもそも表現することが怖いという気持ちから泣いてしまっていたんだと思うんですよ。もしかするとまたそういった状況になるときが来るかもしれないですけど、今の自分は悔しさや怖ささえも愛おしいと思えたというか。だから泣かなかったんだと思います。そういう意味では、これまでのような生みの苦しみのようなものはあまりなかったかもしれないですね。

1つのメロをもとにした「いけないbaby」

──そんなアルバムのオープニングを飾るリードトラック「いけないbaby」の先行配信がスタートしました。この切ないラブソングはどうやって生まれたものなのでしょうか。

「いけないbaby」は成り立ちがすごく面白くて。同じメロディを転調させてみたりしながら、いろんな形で歌っているんです。Aメロもサビも同じメロですからね。1つのメロを発展させて1曲にしていくのは、自分としても初めての作り方でした。

──そのメロはeillさんの中で大事なものだったんですか?

そうですね。もともと「いけないbaby」というタイトルで、頭の5行分の歌詞が付いたメロディがけっこう前からあったんです。2020年の自粛期間中にピアノで作ったんだったかな。で、そのメロディを私はすごく気に入っていたので1曲にしようと思ったんですけど、それを超えるものがなかなか思い付かなくて。そこで発想の転換をして、じゃあこのメロディを1曲の中でいっぱい聴かせる曲にすればいいんじゃないかなと思ったんです。

──曲の頭では街中を歩きながら自ら録音されたというボーカルが使われていて、より近い距離で曲の世界に入っていけるギミックとしていい効果を生んでいますね。

これまでもいろんな場所で音を録ってきたんですけど、今回はついに歌まで外で録っちゃったという(笑)。この曲は寒い夜に好きな人や心に残っている人を思い浮かべながら聴いてもらいたかったので、聴いてくれる人のそういう気持ちにいち早く到達するために、よりパーソナルな歌を頭に入れることにしました。去年の11月に、手がかじかむぐらいめちゃくちゃ寒い中で録りました。

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──歌詞に関してはどのようなイメージで書かれたんですか?

女友達と集まると、「今までで誰が一番好きだった?」というような話になることがけっこう多くて(笑)。その流れで、「心に残ってる人と一緒にいる人って実は違うよね」という結論になることもあるんです。手が届きそうで届かない人、友達としてすごく近い人……いろんな人を好きになってしまうことがあるじゃないですか。そういう“いけないbaby”って誰の心にもいるんじゃないかなって。

──なるほど。“踏み出せない”という意味の“いけない”なわけですか。

あとは、彼女がいる人のように“行ってはいけない”相手の場合もあるでしょうし。もっと言えば、それって別に恋愛に限ったことではなくて。「この人には敵わないな」と思う人は誰にでもいると思うんですけど、そういう人もまた“いけないbaby”だと思うんですよね。だから、聴いたときにその人にとっての“いけない”誰かが思い浮かぶような、そんな曲になればいいなと思いながら歌詞を書きましたね。

──ボーカル面ではどんな表現を意識しましたか?

この曲はキーの設定を自分としてはかなり低めにすることで、サビで地声をガツンと出すようにしたんです。裏声も自分の表現として好きなところではあるんですけど、この曲ではギリギリ地声で歌うことで「好き」という胸の中にある苦しい気持ちをより感じてもらいたくて。

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──地声だからこそ表現できる切なさが出ていますよね。

地声で歌うと、どうしても強い言い方になっちゃうんですけど、強い言い方をするのと、強い気持ちを表現するのは、全然違うものなんです。この曲では気持ちの強さを出したかったので、大きな愛情、大きな器みたいなものをイメージしながら、揺るがない気持ちを大事にして歌うようにしましたね。強くなりすぎず、繊細なニュアンスを付けながら歌うのはなかなか難しかったですけど、eillならではのオンリーワンなボーカルになったような気がします。

──しかもパートごとに声色が繊細に変化していく印象もありますしね。

そうですね。同じメロが何度も出てくるので、それをどう違った印象で聴いてもらうかという部分はすごく意識しました。いろいろなニュアンスを自分なりに細かく考えましたね。この曲の歌はダブルで録っていないので、よりありのままの私の声を感じてもらえるんじゃないかなと思います。