EGO-WRAPPIN'|6年ぶりとなるオリジナルアルバムを完成させた2人が語る“これからのエゴ”

EGO-WRAPPIN'「Dream Baby Dream」クロスレビュー

EGO-WRAPPIN'「Dream Baby Dream」通常盤ジャケット

吾妻光良(吾妻光良 & The Swinging Boppers)

吾妻光良

ありがたいことに、我々BoppersのCDによっちゃんにゲストで1曲歌ってもらったのだけど、その本番を録ったときのこと。バンド全員で音を出した3秒後に、「アッハッハ♪」というよっちゃんの笑い声が入った。曲が終わったあと、メンバーの間では、「よっちゃんさ、俺たちが余りにも下手で笑った……わけじゃないよな?」といった不安の声がざわざわ、と拡がったので、ご本人に確認したところ、「そんなことないですよー(笑)」と否定しておられて安心したが、思い返すと、よっちゃんとライブのウチアゲで近くの席で吞んでいたときも、何か終始「コロコロ」と笑っていて、こちらの酔いが回ってきてギターを弾き始めるとそれに合わせて突然歌い出す、という、朗らかな吞み方だった様に記憶している。そんな朗らかな彼女の顔を思い浮かべつつ歌詞カードを眺めたのだが、なんと収録曲中の3曲、いや4曲?は反戦をテーマにしたものと言っても良い。ずいぶんとキビしい内容を歌っている曲もあるが、よっちゃんはそれらのメッセージを拳振り上げて声高に叫んだりせず、優しく、じっくり、深く、歌っていく。「最前線まで遠くない」という言葉は「平成は戦争が無くて良かった」という発言に対して「世界のあちこちであんなに戦争があったのに?」と問いかける様な気持ちにもつながっているのだろう。一方で、楽しい曲調なのだけどちょっと壊れた機械が困ってる、そんなオモチャ箱の様なサウンドが、おそらく超ディスクマニアの森君の手によって不思議な音風景となって迫ってくる。そして、何と言ってもいくつかのバラードで聴ける歌の癒しの力。1930~40年代に米国の男どもを週末のサボイ劇場に殺到させたエラ・フィッツジェラルドの様な力がよっちゃんとエゴにもある。みんなライブも観に行った方がいいよ!

吾妻光良(アズマミツヨシ)
1956年東京・新宿区生まれの音楽家。総勢12名からなるジャンプブルースバンド・吾妻光良 & The Swinging Boppersのボーカル&ギター担当。2019年5月に5年8カ月ぶりとなるニューアルバム「Scheduled by the Budget」をSony Music Associated Recordsよりリリースした。なお本作にはゲストボーカリストとしてEGO-WRAPPIN'の中納良恵も参加している。音楽活動と併行して、さまざまな媒体で執筆活動も行っており、著書に「ブルース飲むバカ歌うバカ」がある。

磯部涼

磯部涼

EGO-WRAPPIN'の音楽はノスタルジックでエキゾチックで、聴いているそばから記憶にすっと溶け込んで行くようなところがある。それを、何時、何処で初めて耳にしたのかわからなくなってしまうというか。だからこそ、9枚目のアルバムとなる本作について考えるにあたって、そのディスコグラフィを順に聴き返してみて、改めて気付くことが多かった。例えば、エゴが広く知られるきっかけになっただろう歌謡曲の要素は、初期にすでにあったジャズの要素が展開する形で表れたこと。一方で、初期に関して、90年代に提示されたポストロックというジャンルとも同時代性を持っていたのではないか。特にスローな曲にそれを感じる。そして、ポストロックに括られていたアメリカのバンドやシンガーの一部がアメリカーナに向かって行ったのに対して、エゴは歌謡曲に向かったとも言えるのではないかと。ただし、前者にとってのアメリカーナへの接近がルーツの探求を意味しているのだとしたら、後者のバックグラウンドにあるのは90年代における日本の音楽文化の豊かさだろう。その時代、レアグルーヴの折衷的なセンスは日本のクラブカルチャーによってさらに拡大され、そこでは歌謡曲も、ソウルミュージックやロックステディと等価に扱われた。それはまさにエゴの音楽性だ。「SAVE THE CLUB NOON」という、風営法の過剰規制によって経営危機に陥ったクラブをサポートするイベントを追ったドキュメンタリーには、中納良恵が、90年代のクラブが自分たちにとって、いかに重要かと語るシーンがあった。まるで1曲ごとにシーンが変わっていくみたいにさまざまなタイプの曲が連なる「Dream Baby Dream」も、何時でもない、何処でもない場所で鳴っているようで、はっきりと、音楽を愛する人たちが集う場所から生まれたものだということがわかる。

磯部涼(イソベリョウ)
1978年、千葉県生まれのライター。90年代末より音楽ライターとして活動を開始する。日本のヒップホップカルチャー、及びラップミュージックに関するテキストを多数執筆。近著は「ルポ 川崎」(サイゾー)。そのほかの著書に「音楽が終わって、人生が始まる」(アスペクト)、「踊ってはいけない国、日本」(編著 / 河出書房新社)、「ラップは何を映しているのか」(大和田俊之、吉田雅史との共著 / 毎日新聞出版)などがある。

Bose(スチャダラパー)

Bose(スチャダラパー)

ファンとしてはツアーやフェス、年末恒例のキネマ倶楽部などで、EGO-WRAPPIN'のライブは相当観ているし、同業者としては、曲を一緒に作ってもらうという有難い機会も得て、自分たちの作業部屋でのアイデア出しから、スタジオレコーディングまで、さらには同じステージに立って、よっちゃんのすんごい声や、キレのあるパフォーマンス、森くんのエレキの強烈な味や、ギターアンプの音量のデカさなんかも至近距離でガッツリ経験させてもらった。

そんな、遠くからもかなり近くからも、その魅力を堪能させてもらっている身としてEGO-WRAPPIN'のことを考えていて、なぜか僕はA Tribe Called QuestというラップグループのQ-Tipというラッパーのことを思い出した。彼の作るサウンドはとにかく都会的で、粋で、たくさんの名曲を産んだんだけど、何よりもその声がめちゃくちゃ個性的で、彼が一言発すれば、それが全部カッコいいパンチラインに聴こえてしまうぐらいの魅力がある。彼らの曲を聴くたびに、「こんなのズルいよ、もう何言っててもカッコよく聴こえちゃうんだから」というラッパーの端くれとしての妬みや嫉みにも似た感情が沸き起こるんだけど、そんな気持ちをEGO-WRAPPIN'に対しても持っていたからかも知れない。

よっちゃんの声やテクニックは明らかに反則的だし、森くんの産み出すアイデアやフレーズは、いつもどうかしているくらいカッコいい。もちろんそれをキープするために努力も惜しまない真面目さも兼ね備えている。そんな2人が共鳴し合って音楽を作り続ける限り、いくらでも名曲が産まれてくるわけで、凡人がいくら頑張っても追いつける類のものではないという事実が呼び覚ます敗北感、絶望感、からの無力感。

今回のアルバムも、冒頭から古いリズムマシーンの音色が流れて、そこにジャリジャリした森くんのエレキのリフが来る、数小節後によっちゃんの特別な声が絡んだ瞬間に、「はい贅沢、またカッコいいアルバムが完成してる、後々名盤として語り草になるやつ」ということが、この時点で明確に分かる。

ですからね、僕も含めてファンの人たちは、そういう特別なものを聴かせてもらっているという意識は持った方がいい。しかもそんなアルバムをこんなに頻繁に出してくれるなんて、本当に感謝しかないですよ。我々に出来ることと言ったら、CDでもデータでも、何回でも購入して、お返しするぐらいしかないんですから、しっかり買いましょうね。そんで、何百回も聴きましょうね。

Bose(ボーズ)
3人組ラップグループ・スチャダラパーのMC担当。1990年にアルバム「スチャダラ大作戦」でメジャーデビューし、1994年に発表した小沢健二とのコラボシングル「今夜はブギー・バック」が大ヒットを記録する。以降コンスタントに作品を発表し、日本のヒップホップシーンを牽引する存在として多くのアーティストからリスペクトされている。個人としては、テレビ、ラジオ、CM出演、ナレーション、執筆など幅広いジャンルで活躍。2014年には出身地である岡山県の「おかやま晴れの国大使」に就任した。

tofubeats

tofubeats

EGO-WRAPPIN'さんの新作をみなさまよりちょっと早くいただいて聞かせていただきました。存じ上げている先輩ミュージシャンの作品について書かせていただくのは恐縮ですが自分の感想を。

中納さんは過去に楽曲でもご一緒させていただいたことがあるのですが、その1本だけで楽曲を引っ張っていける魅力的なボーカルは本当に唯一無二の存在で、森さんとライブをやっているときもおふたりからは本当に「ミュージシャン」のパワーというものを感じます。実際に見たことあるボーカリストの中では一番パワフルなお方かもしれません。

実際今作もレコーディングにおいての無駄な編集や重なりみたいなものが排されていて、すべての楽器やボーカルのテイクに意味がある、そして演奏されている感じはやはり格好良い!と思います。

今作で最も印象的だったのはリズムボックス、ギター、タブラボンゴと滑るように始まっていき、中納さんのボーカル、そして印象的な歌詞が絡む1曲目「Arab no Yuki」で、滑るように始まったのにいつの間にかどこかに連れて行かれているようなアウトロまでの展開もとても格好良いです。

こうしていつのまにか実は今作の多彩なリズム群の中に引き込まれていて、スウィングするような楽曲から、四つ打ち、打ち込みのリズムからバラードまで多彩にデザインされているのに驚きます。実際アルバムを通して聴いてから振り返ってみて自分も気がついたので、EGO-WRAPPIN'によって演奏されていることによって統一感を感じていたのだと思います。

あと中納さんの歌詞も毎回予想だにしない単語が出て来てとても好きなのですが「心象風景」という言葉をこういう風に使うのも素敵です。

tofubeats(トーフビーツ)
1990年生まれ、神戸在住のトラックメイカー / DJ。学生時代からさまざまなアーティストのプロデュースや楽曲提供、楽曲のリミックスを行う。2013年4月に「水星 feat.オノマトペ大臣」を収録した自主制作アルバム「lost decade」を発売。同年11月には森高千里らをゲストボーカルに迎えたミニアルバム「Don't Stop The Music」でワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルunBORDEからメジャーデビューを果たした。以降、これまでに4枚のフルアルバムを発表。5月24日にデジタルシングル「Keep on Lovin' You」をリリースする。

安田謙一

安田謙一

いつだってEGO-WRAPPIN'の新しいアルバムに接すると、その音楽を構成する中納良恵と森雅樹、それぞれの役割に目が行ってしまう。それは最初の段階で、聴きこむうちにEGO-WRAPPIN'の音楽としか呼びようのない圧倒的な表現に身を委ねていることに気付く。

2人とはちょうどひと廻り年齢が上なのだが、ことニューウェイブへの音楽的な魅力に重きを置いたこだわりには特に強いシンパシーを覚える。3年前のベスト&カバー盤「ROUTE 20 HIT THE ROAD」でイアン・デューリー「Inbetweenies」を採りあげたときも狂喜した。「Dream Baby Dream」というアルバムタイトルに、「お、Suicide!」と反応、1曲目「Arab No Yuki」のドンカマに湿度を孕んだギターが絡むイントロから、フェティッシュなサウンドデザインがきっちりと構築されている。EGO-WRAPPIN'のパブリックイメージに応えて余りある祝祭的な「CAPTURE」と、対照的にキュートな歌声を聴かせる「oh boy, oh girl」と、ここまでで思う存分、中納の歌の巧さに魅せられる。フリー&イージーな「L'amant」に滲む苦さは、このアルバムの味だ。「timeless tree」のスケールの大きな編曲は歌詞表現と完全に呼応している。英語詞で歌われる「on this bridge」の繊細なメロディにこれまでの人生で耳を通り過ぎて行った、そしてとっくに曲名を忘れてしまったたくさんの名曲の記憶がうずく。「Shine Shine」はディスコロック。都市の夜の風景に昂る気持ちが体を揺さぶる。歪なダンスポップ「human beat」への流れも心地よい。とことん蕩けていく「衛星ハロー」が私のフェイバリット。ただただ愛おしいロックステディ「心象風景」、最後にもう一度、EGO-WRAPPIN'ならではの啖呵を切る「裸足の果実」という構成も鮮やか。

野村左紀子の写真をあしらったスリーヴがひたすら美しい。アラブの雪は愛し合うふたりが皺を作るベッドのシーツのように白い。

安田謙一(ヤスダケンイチ)
1962年、神戸在住の“ロック漫筆家”。ポップカルチャーを中心にさまざまな媒体で執筆を行うほか、CDの監修、ラジオのディスクジョッキーなど多岐にわたって活動している。近著は「神戸書いてどうなるのか」(ぴあ)。そのほかの著書に「ピントがボケる音」(国書刊行会)、「すべてのレコジャケはバナナにあこがれる」(市川誠との共著 / 太田出版)、「ロックンロールストーブリーグ」(辻井タカヒロとの共著 / 音楽出版社)、「なんとかと なんとかがいた なんとかズ」(presspop)がある。