ナタリー PowerPush - EGO-WRAPPIN'

「steal a person's heart」ができるまで

大竹伸朗さんの歌詞は本当に“想像の世界”

──本作のトピックの1つとして、現代美術家の大竹伸朗さんが作詞をした「女根の月」があります。大竹さんとコラボすることになった経緯を教えてください。

 大竹さんとは「ON THE ROCKS!」(2006年発売のアルバム)のジャケットイラストをお願いしたときに出会って。今回歌詞をお願いしたのはよっちゃんかな?

中納良恵(Vo)

中納 うん。大竹さんと私で共通の知人がいることもあって、お付き合いが続いていて。それである日飲んでいるときにたまたま大竹さんと電話して、そのときに「大竹さん、ちょっと今レコーディングしているんですけど、詞を書いてほしいな」って頼んだら、「それ面白そうだね、やってみようかな」ってなって。私も大竹さんもそのとき酔っぱらってたんですけど(笑)。

──大竹さんに依頼したのが歌詞だった理由は?

中納 むっちゃ前に大竹さんと一緒に飲みに行ったとき、大竹さんが「作詞とかやってみたい」って話をされていたのを私が覚えていて。それで大竹さんは著書もすごい面白いから、絵とかじゃなくて、歌詞をお願いしてみたいなあって。私らも歌詞先行で曲を作ったことがなかったから、そういうのもやってみたいっていうのもあって。

──大竹さんによる歌詞ってだけでレアですよね。

2人 そうなんですよ。

中納 大竹さんには「男と女」みたいなテーマで作詞してもらいました。大竹さんめっちゃ忙しいので、お願いしてから2カ月くらいで歌詞があがってきて。その歌詞を見たら、すごく時間かけて考えてくれはった感じが出てた。多忙な合間で時間をかけて書いてくれはったと思う。

──できあがってきた歌詞の印象はいかがでしたか?

中納 もう、すごかったですよ。当て字の感じとか。

 すごいですやん、言葉の美しさが。もう、どストライクでしたね。イメージ通りで。

中納 完全に想像の世界ですよね。

──その歌詞に対して、曲はどうやって作っていったんですか?

中納 「場末」みたいな感じをイメージして曲を作りましたね。

 僕とよっちゃんが共通して持っている大竹さんのイメージとして、“カラオケを歌えるスナック”みたいな感じがあったんです。それを受けて、曲の構成としては、Aメロ、Bメロ、サビ、間奏みたいな流れのオーソドックスなものにしようと思って。でも言葉の数がどの部分も同じというわけではなかったので、ポエトリーリーディングを入れることで言葉のハマり具合を調整して。

──確かに中納さんのポエトリーリーディングも印象深いものでした。ここまでポエトリーリーディングらしいのはEGO-WRAPPIN'にとって初めてでは?

中納 ポエトリーポエトリーした感じは初めてですね。

 極論を言えば、アカペラで普通にしゃべってても成立する言葉やったから。

──中納さんの声と言葉のマッチングに違和感がなかったです。

森雅樹(G)

 もしかしたら、大竹さんはそういうところも考えて歌詞を書いてくれたのかもしれないですね。加えて全体的に歌詞の世界観が、美しいけれど毒が入った感じやったから、サウンドも美しい中にどういうふうに毒を入れるかっていうことを考えて。だからこの曲に関してはドラムにASA-CHANGとか、エンジニアに内田直之さんとかが参加していたりと、ほかの曲とメンバーも違っていて。

中納 あとこの曲では、清水一登さんっていうビブラフォン奏者の方に入ってもらったんですけど、その方がすごくて。

 すごかったな。銀河系って感じやった。

中納 もともと清水さんはピアニストの方です。ヒカシューさんの作品とかで弾いていた人で。なんかな、醸し出しているオーラもすごかったです。

 うん。あと、Killing Timeとかもやってた人です。清水さんが入って、いい感じで曲にアジアンな雰囲気が出た。

──清水さんとは、もともと一緒に曲を作りたいと思っていたんですか?

 「女根の月」を作るときに、「ビブラフォン入れたいんやけど」ってASA-CHANGに相談して紹介してもらったんです。ASA-CHANGは曲作りのところから一緒だったから、曲の世界観もわかってくれていて、それを踏まえて清水さんを紹介してくれたんやと思う。それで初めて清水さんにお会いしたんですけど、もう、1音出した瞬間“きたな”って。ひさびさにあんな体験したな、レコーディングで。

中納 なあ。もう、あんぐりやったな(笑)。あんぐりした。清水さんは3回くらい通して弾きはったんですけど、全部よかったですね。

 欲しい音が全部あったな。

中納 うまいとか超えてたよな(笑)。曲のまとめ方とかもわかってはるし。「これはこうだね」「これはこうだからこうするね」って感じで全部完結してはったから。そして全部間違ってなかった。

──2人から「こう弾いてほしい」って提示することもなく?

中納 なかった。最初、「こっちの意図をどう提示しようかな?」って迷ってたんですよ。でも弾いてくださったのを聴いてみたら、提示するなんてナンセンスでした(笑)。

──相当よい出会いだったんですね。

中納 そうですね。ライブとかでもやってほしいくらいです。

 ああ、ホールとかやったら最高やな。

買ってくれる人のためにもパッケージをちゃんとしたかった

──続いてアルバムタイトルについても教えてください。「steal a person's heart」にはどんな意味が?

 普通に日本語に訳したら「知らぬ間に気持ちを盗む」って意味なんですよね。アルバムのタイトルを決めるときに、スタッフ含めみんなで候補を持ち寄ったんです。そこでよっちゃんが「steal」って言葉を持ってきて。で、その言葉を調べてたら、「steal a person's heart」という言葉が出てきて。タイトルを考えるときは、「水中の光」みたいなアルバムの曲や、ジャケットに描いてあるイラストのマルオくん……あ、このキャラクターはマルオくんっていうんですけど(笑)、そういったものイメージしながら考えていくんですけど、そういうのも踏まえて考えたら、このタイトルにキュンときて。

──マルオくんっていうんですね(笑)。このイラストは中納さんが描いたんですよね?

中納 そうですそうです。以前からクレヨンでイラストを描いたり、水彩画を描いたりしていて、その中から採用してもらいました。彼、踊っているんですよ(笑)。

──イラストから時代感が読めない感じがいいですね(笑)。

 このマルオくんにも思いを馳せながら、アルバムタイトルを考えました。

──中納さんが「steal」という言葉に引っかかったのは、なぜなんでしょう?

中納良恵(Vo)

中納 なんだろう。タイトル考えるってことでいろんな言葉を連想して、いっぱい出てきた言葉の中からこれに引っかかったんです。森くんは「ミスターロマンティック」って言葉を持ってきて、私はそれもいいと思ったんですけど。今回のアルバムはロマンティックな曲が多いし、「ミスターロマンティック」ってかわいいし。

──いつもタイトルは曲ができてからスタッフの皆さんと一緒に考えるんですか?

 いっつもそうやね。今回もいい候補がたくさんありましたよ。

──さらに触れておきたいのが、本作の初回限定盤、通称「初回ラッピン」についてです。ライブDVDやカバー音源が入ったUSBメモリ、そして中納さんのイラストで構成されたブックレットなど特典が盛りだくさんです。

中納 エラい豪華ですよ。1万円しますからね。大変ですよ。

──個人的に特にうれしかったのは、USBメモリに収録されているライブ音源です。「Midnight Dejavu」で演奏されて好評だったカバー曲が収められていて。以前からのファンはこの音源化をとても喜んでいると思います。

中納 ホンマですか。ありがとうございます。あとさらにアナログ7インチも付いてますから。しかも初回ラッピン1つひとつにサインも書きましたよ。1泊2日で静岡に行って。

──合宿して(笑)。

中納 合宿で(笑)。1つずつ手書きでサインして。なあ?

 うん。そのうちのいくつかに当たりメッセージも入ってるし。

中納 ちらちらな。1つひとつにシリアルナンバーも入れたし。

──すごい凝ってますね。

中納 EGO-WRAPPIN'を10年以上やってきて、今でも好きで初回盤を買ってくれる人って、ほんまにリアルなファンの方だなって思っているんですよね、このみんなCDを買わん時代に。そういうの考えると、ちゃんとしたいなって。

──物としての魅力にもあふれていますよね。ところで、今回の特典からもわかるようにEGO-WRAPPIN'はアナログ盤をけっこう作っていますけど、アナログにはこだわりが?

中納 まあ、アナログ好きやし。私らの年代からしたらレコードも普通のアイテムやけど。

 レコードって、CDに比べて音量を上げれば上げるほど音が前にくるっていうか。だからクラブとかでかけるとすごく気持ちいいと思うんです。そういった聴き方に向けているところもあるし、あと、A面とB面の曲順の遊びも面白い。さらに単純にジャケが大きくなるだけでもテンション上がるし、裏返したりしながら聴く作業自体もいいし……いろいろ愛が詰まっていますね。

ニューアルバム「steal a person's heart」/ 2013年4月10日発売 / NOFRAMES / MINOR SWING / TOY'S FACTORY
初回限定盤[CD+DVD+アナログ+USB+アートブック] 10500円 / TFCC-86431
通常盤 [CD] 3000円 / TFCC-86432
CD収録曲
  1. 水中の光
  2. FUTURE
  3. AQビート
  4. 10万年後の君へ
  5. on You
  6. ウィスキーとラムネ
  7. 女根の月
  8. ちりと灰
  9. Fall
  10. blue bird
  11. fine bitter
初回限定盤DVD収録内容
  1. デッドヒート
  2. 天国と白いピエロ
  3. BRAND NEW DAY
  4. love scene
  5. MINNIE THE MOOCHER
  6. 下弦の月
  7. 想像の美しい世界
  8. Sundance
  9. Telephone Operator
  10. 雨のdubism
  11. くちばしにチェリー
  12. GO ACTION
  13. WHOLE WORLD HAPPY
初回限定盤7inch(EP)収録内容
  • Side A:女根の月
  • Side B:SPECULATION
初回限定盤USB収録内容
  • 異邦人 / 久保田早紀
  • 買物ブギ / 笠置シヅ子
  • Tomorrow Is My Turn / Nina Simone
  • Adorable You / Doreen Shaffer
EGO-WRAPPIN'(えごらっぴん)

1996年、中納良恵(Vo)と森雅樹(G)によって大阪で結成。2000年に発表された「色彩のブルース」や2002年発表の「くちばしにチェリー」は、多様なジャンルを消化し、EGO-WRAPPIN'独自の世界観を築きあげた名曲として異例のロングヒットとなる。2011年4月には10周年を迎え、東京・大阪・韓国で10公演を開催した恒例のライブ「Midnight Dejavu」を集約したライブDVDを、7月には初となる写真集を発売した。数々のフェスへの参加や他アーティストとのコラボなど積極的な活動を続け、2013年4月に約2年半ぶりとなるアルバム「steal a person's heart」をリリースした。