イヤホンズの新曲「在りし日」が10月21日にリリースされた。
「在りし日」は連続配信リリース企画の第1弾となる楽曲。イヤホンズはこの「在りし日」を皮切りに、“手紙”をテーマにした楽曲に挑戦していくという。ひと口に手紙と言ってもその内容はさまざま。「在りし日」は「盗まれたバイクに宛てた手紙」という一風変わった内容ながら、失われたものと対峙する普遍的な思いが描かれた、優しく胸を打つフォークソングだ。声優としての特徴を生かしながら実験的とも言える音楽に挑戦してきたイヤホンズは、この“手紙”という題材から何を導き出すのか?
この特集では、「在りし日」の作詞作曲者である矢野絢子と、「在りし日」をきっかけに矢野の音楽にすっかりハマっているというイヤホンズの長久友紀にインタビュー。高知在住の矢野とLINE通話をつなぎ、2人の対話はスタートした。
取材・文 / 臼杵成晃
「曲が生きている」ってこういうことなんだ
長久友紀 (PC画面に向かって)おつかれさまですー。長久です。
矢野絢子 お願いしまーす。声聞こえる?
長久 めっちゃ聞こえます!(笑)
──矢野さんとイヤホンズという組み合わせはすごく新鮮です。矢野さんは声優アーティストの存在にあまり馴染みがないんじゃないかと思いますが……。
矢野 私ね、小学生のときに声優さんの歌うCDを持っていたんですよ。だから声優さんが歌も歌うことは知ってたんですけど、イヤホンズにはびっくりしました。まず私に声をかけてくれたことにもびっくりしたし(笑)。
長久 ちなみにどなたのCDだったんですか?
矢野 忘れちゃったな。当時すごく好きな曲があったの。
長久 女性と男性どちらですか?(笑)
──声優アーティストの先輩だから気になりますよね(笑)。
矢野 女性の方。確か「アンブレラ」というタイトルだったと思うけど……アンブレラという言葉をその曲で知って、カッコいいなあと思ったのを覚えてる。
長久 どなたの曲だろう。あとで調べてみよう。
矢野 イヤホンズもいろいろ聴かせてもらったんだけど、面白いなと思いました。自由な感じで、普通の歌手とは違う声優さんならではの面白さもあって。
長久 うーん、うれしい。
矢野 うちの息子がめちゃアニメファンなの。だから私がイヤホンズに楽曲提供をするって聞いてすごく喜んでたよ。
長久 えー!
──長久さんはちょうど数日前に矢野さんのライブを観られたそうで。
長久 そうなんですよ。初めて拝見させていただいたんですけど……「曲が生きている」ってこういうことなんだなと改めて感じたというか。バーのような空間で演奏を聴くこと自体初めてだったんですけど、生の歌声の臨場感がより感じられて、矢野さんの1曲1曲に込める思いの強さがダイレクトに伝わってくるんです。私は「悪人」という曲が好きでした。
矢野 すっきりする曲だよね。
長久 すっきりしました! 誰だって嫌いだと思う感情はあるよね、という。矢野さんの曲には否定があまりないんですよね。「わかるわかる」という共感を掘り下げたような曲が多いなと思います。素敵でした。
矢野 ありがとうございまーす。
──イヤホンズの場合は作り込まれた楽曲の世界観を“演じる”という形で表現するから、自分の内なるものを感情に委ねて表現する矢野さんのパフォーマンスは、ある意味真逆に映るのかもしれないですね。
長久 本当にそうでした。ご自身で作詞作曲をされるシンガーソングライターだから、その曲に込められている思いがストレートに伝わってくるんです。歌も歌詞もメロディも、矢野さんだけにしか表現できないものがあるんだろうなって。……直接言葉にして伝えるのはなんだか恥ずかしい(笑)。こんなに心が動くライブはないなと感動しちゃいました。
盗まれたバイクに宛てた“手紙”をイヤホンズが歌う
──「在りし日」はもともと矢野さんが歌われていた楽曲を元に、イヤホンズが歌うにあたって新たに制作されたものだと聞きました。盗まれたバイクに宛てた手紙、という変わった内容の曲ですが。
矢野 私の友達でね、バイクが超好きな人がいるの。もうバイクがニコイチぐらいの相棒で。東京から高知までバイクで遊びに来てくれたりね。若くてお金もなかったのに、そのバイクをすごく大事にしてたわけ。それがある日、その友達から「バイクがなくなった」と連絡があって。「……」みたいな。もう、かける言葉がございませんという感じで、何かしてあげたいけど彼は東京に住んでいて遠いから……と思っていたら、あの曲ができたの。
長久 すごい!
矢野 すぐピアノで曲を付けて、その場で友達のバイオリン弾きを呼んで……どうやって送ったんだっけな。そのときはiPhoneとかもなかったから、MDだか何かで曲を送ったんですよ。
──悲しい思いをしている人に曲を贈るって、医者とかに近い、処方箋を出してあげるような行為ですね。
長久 そうですよね。アーティストにしか出せない処方箋。
矢野 そういうときって、簡単には言葉をかけられないじゃないですか。それで歌にしました。
長久 先に歌詞が出てきたんですか?
矢野 私の歌は99%、言葉が先です。言いたいこととか、物語や風景が先にあって、それに合うメロディが出てくる。
長久 なるほどー。
──「在りし日」は特定の1人に向けて書いたという背景がありながら、「盗まれたものはなんだい 失ったものはなんだい 本当に本当に大切なものって何なんだい」など本質的な問いかけが込められていて、誰もが自分に置き換えられる普遍的なものになっている。そこに音楽、ポップスの強みを感じます。
矢野 うん。とは言っても個人的で限定的な曲だから、スタッフの方から「イヤホンズにこの曲を歌わせてほしい」と声をかけてくれたときはびっくりしたよ。
長久 話しかけるような歌詞ですよね。「こんなことってあるのかい」という歌い出しから新鮮で。普通は「盗まれたものはなんだろう」とか、もっと文章的になると思うんですけど、「なんだい」と話しかけているところに矢野さんの人柄が出ているように感じました。あとはもう……矢野さんの歌声がズルい。私、本当に矢野さんの歌声が大好きで。
矢野 イエーイ。
長久 イエーイ(笑)。私には絶対に出せないような人生の深みを感じるし、いろんなアーティストさんの中でも唯一無二の声だなって。
矢野 自分の曲だけれども、全然違う角度からこの曲の持っているものを3人の歌がすくい出してくれている感じがして驚きました。かわいい声で「お前」とか「俺」とか歌ってるのもキュンキュンきました。
長久 ありがとうございます(笑)。私、3コーラス目が大好きで。すごく悲しい状況で「まだ歩けるな両足よ まだ笑えるな心よ」と言えるところがすごく矢野さんらしいというか。
──バイクを盗まれた人の心境、と考えると情景が浮かんできますが、「バイク」という単語が1つも出てこないから普遍的なメッセージとして響くんですよね。
矢野 モデルはバイクなんだけど、ラブソングに聞こえるように書きました。「盗まれた」とは言ってるけど、恋人を奪われたとかもあるじゃん。
長久 あはははは(笑)。確かに。
イヤホンズなりの「在りし日」を
──「在りし日」はメロディがフォークソング的で、音楽的な譜割よりも感情を優先するように言葉が詰め込まれていますよね。
矢野 語りかけるような曲だから、自然とこういうメロディになったんです。
──そこもイヤホンズにとっては新しい挑戦だったのではないかと思いますが。
長久 初めてですね。正直難しかったです。
矢野 クセがあるもんね。人それぞれのしゃべり方には。
長久 1人なら自分なりの歌い方が見つけられるかもしれないけど、私たちは3人のユニゾンだから、3人で歌い方をそろえるのも難しくて。レコーディングではまりんか(高野麻里佳)が最初に歌っていたので、まりんかの声をガイドにしてニュアンスを合わせていきました。
矢野 おお。ハモリもよかったです。
長久 ありがとうございます。私、ハモは上下どっちも歌いたくて、ワガママを言って自分から「どっちも歌いたいです」とお願いしました(笑)。
矢野 いいねいいね。
長久 あんな低いハモは初めてでした(笑)。大変だったけど楽しかったです。
──すごく前のめりで挑んだんですね。
長久 はい。最初に聴かせていただいたときから、もうずっと「在りし日」のメロディが頭から離れなくて。
矢野 1曲レコーディングするときにどのくらいかけて覚えるんですか?
長久 私はけっこう時間がかかるほうなので(笑)、1週間はずっと聴き続けますね。紙にメモしたりするよりも、何度も聴いて体に馴染ませて覚えるタイプだから、仮歌の影響を受けやすくて。「在りし日」の場合は矢野さんの歌が先にあったから、節回しとかどうしてもマネしたくなっちゃうんです。正直「私もこの声で歌いたい」と思ったんですよ。このかすれ、この響きが出したい。レコーディング前日にめちゃくちゃ喉を酷使すると少しはこの声に近付くかなと思ったんですけど(笑)。矢野さんのこの声だからこそ「在りし日」の歌詞が響くんだろうなと思う箇所がいくつかあるんです。「このちょっとした歪みが切なさをより強くしているのに」って。でも「そんな一夜漬けみたいなことじゃ無理だよ」ってプロデューサーに言われてNGになりました(笑)。
──歌声の年輪は一朝一夕ではないから、それを声優アーティストとしてどう表現するのかがイヤホンズの腕の見せ場ですよね。
長久 そうなんです。私たちが表現できる「在りし日」をプロデューサーが見つけ出してくれました。こう歌ったほうがイヤホンズなりの「在りし日」になる、と細かく調整しながら録っていきました。
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矢野絢子に宛てたラブレター