こうしてぼくはひとりぼっちになった ブルーに生きる志磨遼平、孤独への決意と覚悟 (2/2)

「君は今まで何を見てきたんだ?」羽良多平吉との刺激的な創作

──本作の装丁は羽良多平吉さんが手がけられていますが、本文はもちろんのこと、写真ページ、表紙に至るまでこだわりを感じる美しいデザインです。

いつか本を作るときは羽良多さんに装丁をお願いするのが夢だったので、僕も感無量です。美輪さんにお会いできたうえに、羽良多さんの装丁まで叶うなんて、本当に自叙伝を企画してくれた方の熱意のおかげです。

──以前「the dresscodes magazine」のコラム「本と音」で「かねてから尊敬していたデザイナーの方がデザインを引き受けてくださることが決まった」「ひさびさにまるで歯が立たない。うれしい」と書かれていましたが、その方が……。

まさに羽良多さんですね。デザインを進めていく中で、羽良多さんから「好きなものや影響を受けたものに関する写真を、スマートフォンでいいからなるべくたくさん撮って送ってほしい」と連絡があったんです。それで自分の好きな本の表紙やレコードのジャケットを撮って送ったら、「ちょっと話がある」と呼び出されて、「君は今まで何を見てきたんだ?」と言われたんですね。

──何があったんでしょうか?

「君には客観性というものがない。どれも主観でものを見ている」「それが許されるのは子供のうちだ。君はもう42歳だろ?」「今の人たちはInstagramとか、写真で日常を切り取ってうまく表現しているじゃないか。それに比べて君はなんだ?」と散々お叱りを受けて、なんてこった、そうなのかと。そこで今度はスマートフォンに残っている過去の写真の中から自叙伝のデザインに合いそうなものを2、30枚ほど見繕って送ったら「そうです、そういうことです」ってようやく及第点をいただけて。このとき提出したもののうち、2枚が巻頭に載っています。

──尊敬している方からアドバイスを受けるのは刺激的ですね。

僕もデビューして10数年経つと、誰かに厳しく叱られる機会も少なくなったんですが、自分の価値観を改めるような大先輩に出会えるのはすごく幸せなことですね。やはりロックバンドをやっていると、どうしても主観的な考え方に陥りがちなので。羽良多さんのおかげで「子供のままじゃいかんな」と自覚できました。

志磨遼平

──そのほか、志磨さんの地元である和歌山で撮り下ろされた写真も掲載されています。自叙伝に出てくる場所がロケ地に選ばれ、より想像が膨らみました。

生家の近くにある海水浴場に、中学の登下校で毎日通っていた和歌山城、あとは幼少期からよく通っていた喫茶店ですね。僕が働いていたスタジオの階下にあるレコードショップにもお邪魔しました。

──各地を訪れたのはひさしぶりですか?

海水浴場はもう何十年ぶりでしたね。19歳の夏に行ったきりだから。撮影した時期はまだオフシーズンだったから誰もいなくて、「こういう時期に来るのもいいもんだな」と思いながら歩きましたよ。

──幼少期や最初期の毛皮のマリーズの写真もありますが、よく残っていましたね。

ただ学生の頃とか、毛皮のマリーズ結成前の写真は実家にもまったく残ってなくて。赤ちゃんから急に20代の写真まで飛ぶのはそのためです。

限られた時間内は精一杯、理想の自分を演じればいい

──「ぼくだけはブルー」はアルバム「1」発表直後で完結しますが、この自叙伝を読み終えたあと、ドキュメンタリーでの「(志磨遼平を)僕は信じている」「ほかの誰にも信じてもらわなくてもいい」という発言、楽曲「愛に気をつけてね」に“あんたなんかきらい”コールを盛り込んだ真意がよりつかめました。

当時の状況では説明するのも野暮ですしね。「1」は時間的にも精神的にも追い込まれていただけあって、ありのままの僕が記録されているアルバムだと思います。ある意味、恥も外聞もない作品と言えるかもしれません。

──振り返ってみると、志磨さんは毛皮のマリーズ時代から「志磨遼平という人間が何をやったら面白いのか」を俯瞰的に見て、それを徹底し続けてきたように感じます。「少年ジャンク」のあとがきにも「ぼくは音楽家のふりをした編集者なのかもしれない。自分自身の編集者」という記述がありました。

まさにそうですね。バンドマンというのは自分の理想だけを見せることができる仕事なんで。だから世間に見せている僕の姿はごく一部の要素を抽出したものであって、「ここだけで判断してください」とパッケージしたものになる。それは誰にも心を開くことができなかったことにもつながっていると思います。

──どこまで自分の考えをオープンにするのか、緻密に計算していると。

実の父親すら「本音がわからない」とインタビューで答えてるぐらいですからね。なぜここまで臆病になってしまうのかわからないんですけど……僕のすべてを知ってるのは僕だけ、ということですね。それをほかの人が知る必要はない。

──なるほど。

本当の僕の正体は、僕が墓場まで持っていく。誰にも見せたくないんです。ライブもそうだし、もっと言えばこのインタビューだってそう。限られた時間内に精一杯、なりたい自分を演じればいい。そうすることで理想に近付けるし、今までもそうやって生きてきたような気がします。

──志磨さんが理想の姿を突き詰めていくことは、アルバム「1」以降のドレスコーズの活動にもつながっていきますよね。その時々の理想をアルバム単位で表現していくから、どんどん作風も変わっていく。それはドレスコーズ、そして志磨さんならではの魅力でもあるなと。

うんうん。そう言っていただけると本望ですね。

──志磨さんの変化はある種スリリングで、「次はどんなものを見せてくれるんだろう」という面白さでもあります。その思考について、より理解できる本でもありました。

僕の頭の仕組みがよくわかるかもしれないですね。「こういうふうに考えているから、こういう行動をするのね」っていうのがわかる。僕と似たような思考回路を持っている人が読んだら共感できるかも。

志磨遼平
志磨遼平

“どこにも馴染めない”才能を認めてくれる人はいつか現れる

──10月に配信された新曲「ハッピー・トゥゲザー」では、かつて「ぼくに焦がれた」「ぼくを称えた」人たちに思いを馳せつつ、進み続けていくことが歌われていました。この題材は自叙伝を執筆していた時期に思い浮かんだのでしょうか?

そうですね。自叙伝が半分ぐらいまで完成した頃にこの曲のアイデアが浮かびました。ある意味、自叙伝の“あとがき”みたいな曲ですね。

──執筆中に浮かんできた感情が込められている?

ええ。不思議なもので、文章で表現するのが難しいことでも、音楽に変換すると簡単にできることがあるんです。「いろいろ落ち込んだりもしたけれど、私は元気です」という気持ちを歌にしてみました。

──今回のレコーディングにはどなたが参加されたんでしょうか?

最近ではおなじみになったビートさとしくん、コレぴょん(有島コレスケ)、田代(祐也)くん、(中村)圭作さんの4人ですね。さらに「バイエル」のツアーにも参加してくれた成澤美陽さんがチェロを弾いてくれています。そしてギターソロは西くん。

──おお。西さんは自叙伝でも重要な登場人物なだけに、うれしい抜擢です。

彼にはこの曲のアイデアが浮かんだ時点から参加してもらおうと決めていて。西くんがいることで曲の解像度が上がるだろうと。

──西さんは7月に開催されたDECKRECの25周年企画「DECKREC NIGHT」のライブにも参加しましたね。

毛皮のマリーズを世に出してくれたDECKRECのお祝いなので、DECKRECに在籍していた時期(2006~2008年)の曲だけを演奏しよう、と思い付いて西くんを呼びました。

志磨遼平

──11月にはツアーも始まりますが、それに伴うアルバムは発表していないですよね。どのような公演になりそうですか?

僕は2つのことを同時にできなくて、今年は自叙伝のことで頭がいっぱいでアルバム制作には取りかかれなかったんです。なので今度のツアーは「ぼくだけはブルー」の発売記念みたいな位置付けで、いわゆるベスト盤的なセットリストになるかもしれないです。

──「ぼくだけはブルー」では志磨さんがひとりぼっちになってしまうことが全編通して語られましたが、同じような境遇の人たちの励みになりそうです。

サンプルとしては極端かもしれませんけどね(笑)。何かしらの励みになったらうれしいです。

──この特集で志磨さんのことを初めて知る人もいるかもしれないのですが、ファン以外の方で孤独を感じている人がいたら、志磨さんはどのように声をかけたいですか?

僕は自分が馴染めない環境から全力で逃げてきました。だから高校も辞めたし、バンドが続けられなかったのもそれが原因かもしれないです。でも「ひとりぼっち」とは言っても、今ではこんな僕でも関係を絶たず、認めてくれる友達がいます。“どこにも馴染めない”という才能を認めてくれる人はいつか必ず現れるので、もしお若い方が同じように悩んでいたら「きっと大丈夫だよ」と伝えたい。無理して他人に合わせたり、我慢して同じ環境に居続けなくていいよってお伝えしたいですね。

志磨遼平

公演情報

ドレスコーズ「the dresscodes TOUR 2024」

  • 2024年11月3日(日・祝)北海道 cube garden
  • 2024年11月4日(月・振休)宮城県 darwin ※SOLD OUT
  • 2024年11月9日(土)福岡県 BEAT STATION ※SOLD OUT
  • 2024年11月10日(日)岡山県 YEBISU YA PRO
  • 2024年11月16日(土)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO ※SOLD OUT
  • 2024年11月17日(日)大阪府 BIGCAT ※SOLD OUT
  • 2024年11月21日(木)東京都 Zepp Shinjuku(TOKYO) ※SOLD OUT

プロフィール

ドレスコーズ

2012年に志磨遼平が中心となって結成した音楽グループ。同年1月1日に志磨、丸山康太(G)、菅大智(Dr)の3名で初ライブを実施し、2月に山中治雄(B)が加入。12月には1stフルアルバム「the dresscodes」を発表した。2014年9月の5曲入りCD「Hippies E.P.」リリースを機に丸山、菅、山中がバンドを脱退。以降は志磨の単独体制となり、ゲストプレイヤーを迎えてライブ活動や作品制作を行っている。2020年は志磨のメジャーデビュー10周年を記念し、4月にベストアルバム「ID10+」をリリース。2024年には単独体制になってから10周年を迎えたことを記念し、9月にアルバム「1」のアナログ盤が再発されたほか、志磨にとって初の自叙伝「ぼくだけはブルー」を刊行。10月には新曲「ハッピー・トゥゲザー」を配信シングルとして発表した。