「曲が体に染み付いてる」二宮ユーキならではの臨場感あふれる映像
──ライブ映像パートは二宮ユーキさんが監督を担当しています。例えば「みずいろ~紙の月」演奏時にフロアやステージの装飾、天井に吊るされている惑星のオブジェをピックアップしたカットが盛り込まれていたり、あるギターフレーズが聴こえてきたとき、田代さんのソロショットがフェードインされたりと、映画的な編集が施されているシーンが印象に残りました。これは映画パートとのつながりを意識しての構成でしょうか?
そうですね。二宮くんにも事前に「ジュリアンの映画と合体させたい」と伝えていたので、あとでインサートで使えそうな、惑星のオブジェやシャンデリアといった映画的な素材だけを撮る専用のカメラもフロアに1台配備してくれて。編集段階でそういった素材も混ぜながらつなげていきました。それにしても、ただでさえ撮影の難しい会場だったのに、加えて「別の監督が撮った映画パートと接続したらどうなるか実験してみたい」なんて難題をふっかけたわけですから、相当大変だったと思います。
──一方、ライブ映像単体で観ても、二宮さんの作風がしっかりと踏襲された編集になっています。特に激しい曲のとき、キメとなる音に合わせ、あえて手ブレを加える演出は二宮さんならではのスタイルですね。盛り上げどころが視覚的にわかりやすい。
あれは二宮くんの必殺技ですよね(笑)。それこそ昨年5月のツーマンシリーズから二宮くんにライブを撮ってもらっているんですが、すごく臨場感があってびっくりして。なんでこんなふうに撮れるのか聞いてみたら「僕らは全員、志磨さんの曲が体に染み付いてるから、どこをどう撮ればいいかわかるんです」とおっしゃってくれて。二宮くんチームはみんな若くて、僕の曲を毛皮のマリーズ時代からずっと聴いてくださっている方が多いんですって。ただ撮影を担当する、という関係性ではできないことまでやってくださるのでとてもありがたいです。
──そういった意味ではドレスコーズの作品としてだけでなく、二宮さんの作品、ジュリアンさんの作品としても魅力が際立った映像になっているのかもしれないなと。
前例のないことに3人で挑戦できたし、それがうまく作用していたらうれしいですね。もしまた同じことをするなら、きっとさらに推し進めたことができると思います。
映像も小説も、フィクションとノンフィクションの境目がわからないものにしたかった
──特装盤には映像ディスクに加え、志磨さんが書き下ろした小説「ユニバース」も付属します。この小説は3章仕立てになっていて、第1章と第3章ではある人物がユニバースに訪れてバンドを始めるまでの経緯、第2章ではとある女性の告白が描かれています。映像作品ではあまり触れられなかった、志磨さんが演じる“男”、花影香音さんが演じる“女”にフォーカスした作品になっていました。
映像のサブテキストみたいなイメージですね。僕はまだ香港に行ったことがないんですけど、僕の頭の中にある空想の香港と、小さいときからよく知っている大阪の風景を組み合わせた架空の街が舞台のお話です。
──今回はアルバム「戀愛大全」をベースにライブ映像、映画、小説とつながっていったわけですね。アルバムからさまざまな構想を広げていく方法は「バイエル」と似ているようでいて、また違ったスタイルで。
「バイエル」に関わる作品はそれぞれで独立していましたが、今回は大元にアルバム「戀愛大全」があって、それを何層かのレイヤーに分けつつ、重ねて見たときにひとつの世界が出現する感じですかね。もちろん単独でも成立するけど、最終的にはうまく補完し合うことができたんじゃないかと。
──このあたりは作っていくうちにどんどん構想が広がっていったんでしょうか?
そうですね。「バイエル」のときはいろんな人に寄稿してもらって「バイエル(改造)」というテキスト作品を発売したり、「the dresscodes magazine」で僕がインタビュアーになって学者さんに話を聞きに行ったり、いわゆるエッセイやインタビューという形で展開しましたが、今回は同じテキスト作品でもフィクションがいいんじゃないかという気がして、自分で小説を書いてみました。
──小説の第3章では「"THE END OF THE WORLD PARTY" TOUR」を彷彿とさせる「もしもこのまま世界が終わるなら」、アルバム「バイエル」の制作方法と重なる「小さなピアノを手に入れ、誰に教わるでもなく習練をはじめた」など、ドレスコーズの活動とリンクするワードが盛り込まれています。意外なところだと、ナット・キング・コール「Quizas, quizas, quizas」に関する記述もあったり。
それも「戀愛遊行」の登場SEで使っていた曲ですね。ウォン監督の「花様年華」の印象的なシーンでも流れる曲。小説の第1章と第3章は地続きになっていて、第1章で流れていた時間がコロナ禍によって一度ストップし、第3章で再び動き出す……という展開になります。で、第2章には突然酔っ払いのたわごとが挟み込まれるという(笑)。
──(笑)。志磨さんの活動を追ってきた人ならピンとくるワードが並ぶことによって、コロナ禍前後の時間の経過、そしてツアー「戀愛遊行」の開始までを振り返るような作品にも感じられました。
現実なのか虚構なのかわからない記録を残してみる、という試みですね。「ドレスコーズの味園ユニバース」という映像自体がフィクションとノンフィクションの合成なので、小説もそのような作りです。作り話でもあるし、ドキュメンタリーでもある。
ユニバースのゴチャゴチャしたエネルギーを形にしてみました
──特装盤はパッケージデザインも特殊な作りになっているとのことで。この取材の時点ではまだ現物がないのですが、どんなデザインになっているんでしょうか?
いろんなものが挟まっていて、パッケージを開けたときに「うわ、ゴチャゴチャしてる!」とびっくりするようなものを作ってみました(笑)。ユニバースの混沌とした感じをパッケージに落とし込んだイメージです。ユニバースのギラギラした内装は、ちょっと言い方が悪くなっちゃうんですけど……決して趣味がいいわけではなくて。昭和の高度経済成長期からバブルにかけて、一番エネルギーがあり余っていた時代の建物ですから、ちゃんと設計されていなかったり、あとから無理やり増やした部分もあったり、いろいろおかしいんですよね(笑)。そのギラつきとゴチャゴチャしている感じを出してみました。
──それから各形態のアートワークに使用されている写真は、ドレスコーズのライブの際に撮影したものではなく、ユニバースが所蔵していたものを使用しているそうですね。
そうです。いろんな時代のユニバースの写真を、許可をもらって使わせてもらいました。もう誰が撮ったかもわからない、おそらく1960年代、70年代、80年代のユニバースの写真です。それぞれの時代の雰囲気が写っていて面白いですね。
──資料的な価値も高そうですね。これを見て、実際にユニバースに行ってみたくなる人も出てきそうです。
何から何までユニバースだらけの作品になりましたね。ある意味、ユニバースの魅力を最大限に示した作品になったんじゃないかと。ユニバースが入っている味園ビル自体がすごい建物で、ユニバースがある地下はもともとダンスホールなんです。味園ビルは地上5階まであって、各階はスナック街みたいに小さなお店が並んでいたり、そのまま泊まれるホテルになっていたり、500人くらいが入れる大宴会場もあるし……とにかく面白い場所ですよ。
偶発的に起こることを並べ、指し示す何かを掘り下げていく
──今後の志磨さんの活動についてもぜひ伺いたいのですが、最近では「FUJI ROCK FESTIVAL」「BAYCAMP」「ARABAKI ROCK FEST.」といったフェスや、別バンドの企画に出演する機会も増えました。今後もライブ活動を増やしていくんでしょうか?
今年はライブの本数が多くなりそうですね。お誘いされる機会が多くなったので、呼ばれればお邪魔したり、去年のように僕からお誘いするツーマンも定期的にやっていくつもりですし。
──だいぶ気が早いですが、次のアルバムのテーマはもう決まっていますか?
今はまだ漠然と考えている段階ですね。作ろうとしているものはあるんですけど、まだどういう内容になるかは僕にもわからなくて。それがもっと具体的に見えてくるまで待っています。
──映画「零落」には主題歌「ドレミ」だけでなくサウンドトラックも提供されましたが、アルバムもその作風に近いものになるのでしょうか?
実は「零落」用の楽曲は「戀愛大全」がまだ形もない頃にもう納品してるんですよ。ちょうど1年前の春にレコーディングしていました。だから時系列で並べると「海王星」「零落」「戀愛大全」という順序。「ドレミ」も「戀愛大全」より前に書いた曲です。これから作る作品は今後の自分に何が起こるかで決まってくるので、まだまったく予想もつきません。ひとまずは「平凡」「ジャズ」のような大きいコンセプトを設けず、曲を作りながらアルバムのテーマを探していくつもりです。偶発的に起こることを並べていって、それらが指し示す何かをさらに掘り下げていく、というのが僕の作り方なので。そこまで進められたら、どんなアルバムになるかお話できそうです。
ライブ情報
ドレスコーズ+小西康陽
2023年5月10日(水)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
<出演者>
ドレスコーズ / 小西康陽とQ.A.S.B.
プロフィール
ドレスコーズ
2012年に志磨遼平が中心となって結成された音楽グループ。同年1月1日に志磨、丸山康太(G)、菅大智(Dr)の3名で初ライブを実施し、2月に山中治雄(B)が加入。12月には1stフルアルバム「the dresscodes」を発表した。2014年9月の5曲入りCD「Hippies E.P.」リリースを機に丸山、菅、山中がバンドを脱退。以降は志磨の単独体制となり、ゲストプレイヤーを迎えてライブ活動や作品制作を行っている。2020年は志磨のメジャーデビュー10周年を記念し、4月にベストアルバム「ID10+」をリリース。2022年10月に“恋愛”をテーマに掲げたフルアルバム「戀愛大全」を発表し、11月にワンマンツアー「the dresscodes TOUR2022『戀愛遊行』」を開催した。2023年4月には同ツアーより大阪・ユニバース公演の模様を収めた映像作品「ドレスコーズの味園ユニバース」をリリースした。
ドレスコーズ[the dresscodes]オフィシャルサイト
志磨遼平(ドレスコーズ) (@thedresscodes) | Twitter