昨年11月に最新アルバム「戀愛大全」を携え、全国ツアー「the dresscodes TOUR2022『戀愛遊行』」を開催したドレスコーズ。このツアーでは長年ドレスコーズに関わってきた有島コレスケ(B)、ビートさとし(Dr / skillkills)、中村圭作(Key)、2021年の「《バイエル(変奏)》」ツアーで初参加した田代祐也(G)を演奏メンバーに迎え、“恋愛”を題材にした楽曲群が披露された。
そして同ツアーより、大阪・ユニバース公演の模様を収めた映像作品「ドレスコーズの味園ユニバース」が4月19日に発売された。二宮ユーキ監督が撮影したライブ映像パートとジュリアン・レヴィ監督が手がけた映画パートを組み合わせた本作では、ユニバースを巡る物語と、コロナ禍を忘れさせてくれるほどの盛り上がりを見せたライブパフォーマンスを堪能できる。音楽ナタリーでは志磨遼平に「the dresscodes TOUR2022『戀愛遊行』」を振り返ってもらいつつ、ユニバース公演が収録会場に選ばれた理由、同会場へのリスペクトあふれるパッケージデザインなど、「ドレスコーズの味園ユニバース」の魅力をさまざまなポイントから語ってもらった。
取材・文 / 高橋拓也撮影 / 二宮ユーキ
演劇の魅力を踏襲してきた志磨遼平、原点回帰のバンド活動へ
──「ドレスコーズの味園ユニバース」、テアトル新宿の先行上映会でも鑑賞したのですが、大きなスクリーンにもピッタリな内容でしたね(参照:ドレスコーズ志磨遼平が語った“奇跡の一夜”映像化秘話「味園ユニバースの魅力引き出せた1作に)。
ありがとうございます。わざわざ劇場にまでお越しいただいて恐縮です。
──映像作品のお話を伺うのはひさしぶりなので、まずはここ数年のライブパフォーマンスから振り返らせてください。志磨さんは2018年、毛皮のマリーズ時代からの過去曲をつなげてひとつのストーリーを描いていく、演劇仕立てのワンマンツアー「dresscodes plays the dresscodes」を行いました。同ツアー以降も特定のテーマに沿った演出が施されたライブを行い、2021年12月から2022年1月にかけては寺山修司さんの音楽劇「海王星」の音楽監督として全公演で生演奏を担当。演劇作品にてパフォーマンスを繰り広げました。「海王星」はここ数年展開してきたライブスタイルの集大成となったのではないでしょうか。
「海王星」は2021年12月6日が初日で、毛皮のマリーズが解散した2011年12月5日からちょうどぴったり10年後に開幕した作品でした。そもそも毛皮のマリーズというバンド名が寺山修司さんの舞台「毛皮のマリー」から拝借したものですし、その寺山さんが遺された戯曲「海王星」の音楽を僕が任されたことに、勝手に運命のようなものを感じて。自分がこの10年間やってきたことがぐるっと1周して、元いた位置に戻ってきたような不思議な感慨がありました。
──「海王星」ではステージの上半分に志磨さん含むバンドメンバーが常時スタンバイし、箱バンのように演奏が披露されました。キャストたちは下半分に集まるセッティングですが、これが後半の物語展開に深く関わってくる作り、志磨さんが“神”として見下ろしている……という構造になっていて。
演出を手がけた眞鍋(卓嗣)さんが「音楽が登場人物たちの運命を支配する作品」と説明していた通り、僕がタクトを振ることで、登場人物たちの運命を翻弄するという演出になっていましたね。とんでもない役をいただきました。
──ドレスコーズのライブに舞台の要素を加えていき、最終的に演劇作品「海王星」に携わるという流れは怒涛でしたね。その後「海王星」が終演し、2022年に入ってからはツーマン企画がスタートしますが、各公演ごとにコンセプトを立てるのではなく、ストレートなライブを行うことが多くなりました。このタイミングから志磨さんのライブへの向き合い方が変わったように感じたのですが、何か心境の変化があったのでしょうか?
2021年の後半から2022年の春頃までは「海王星」の音楽と映画「零落」のサウンドトラックの制作に集中していたので、5月にツーマンライブを開始するまでの半年くらいはバンド活動よりも舞台や映画にかかりっきりだったことになります。もちろんその前からコロナ禍でライブ活動を規制してきたこともあり、やっぱりバンドマンとして「ライブハウスが恋しいな」「対バンが恋しいな」という気持ちが高まっていたんでしょうね。とにかくシンプルに物事を進めたくて、複雑なコンセプトを廃して、ひたすら新曲を作ってはライブハウスでそれを披露し、また作っては披露する……という工程を経て完成したのが昨年のアルバム「戀愛大全」でした。
──確かに振り返ってみると、2022年のツーマン企画では毎回新曲を披露し、終演後に配信開始、というサプライズも用意されていました。
言い換えれば、バンドを始めた頃にやっていたことに立ち返った、ということになります。
──バンドメンバーに関しても、長年ドレスコーズに参加してきた有島コレスケさん、ビートさとしさん、中村圭作さん、「《バイエル(変奏)》」ツアーで初参加した田代祐也さんの4人をメインにした編成が定着しました。田代さんがここまで本格的に参加したのは意外だったのですが、どのような経緯でオファーしたんでしょうか?
ストレートなバンド編成の場合、僕にとって昔からエレキギターの存在は非常にやっかいで。エレキギターは楽器としてある種不完全な部分がある一方、ロックミュージックをやるにあたってはとてもシンボリックな楽器ですよね。だからこそ、エレキギターを自分の楽曲の中でどのように扱うべきかいつも悩むんです。エレキギターを用いることによって音楽性も限定されかねない。足枷になりうることもある。そういった理由でここ数年のアルバム、例えば「ジャズ」では管楽器が、「バイエル」ではピアノが主役となってきました。でも、先ほど話した通り、今はとにかくシンプルでストレートなバンド編成が恋しくて。そこで、エレキギターからさまざまな可能性を引き出せる田代くんに参加してもらいました。
──田代さんのギターは「《バイエル(変奏)》」ツアーでは即興かつノイジーな音作りが印象的でしたが、アルバム「戀愛大全」ではネオアコ風のメロディアスなフレーズを弾きこなすだけでなく、ブルース調に振り切ることもでき、奏法を幅広く使い分けていましたね。
田代くんは、僕の長年のエレキギターに対するコンプレックスを見事に解消してくれますね。彼のおかげでエレキギターが僕の中で復権したというか。とにかくいろんなスタイルで弾けるので、とても助けられています。
最前列の柵が崩壊!? これがユニバースの“魔力”
──このメンバーでレコ発ツアー「戀愛遊行」も実施され、このうち大阪・ユニバース公演の映像がソフト化されました。ただ、ツアーファイナルはCLUB CITTA'だったんですよね。
ユニバース公演を撮影することはツアー開始前から決めていました。まずアルバム「戀愛大全」について触れておきたいんですが、この作品を作るとき、ウォン・カーウァイ監督の映画作品のようなアルバムを作りたい、というイメージが頭の中にあったんです。
──アルバム発売記念のインストアイベントでも、「戀愛大全」の1曲目「ナイトクロールライダー」はウォン監督の作品「恋する惑星」の主題歌「夢中人」をオマージュしたと話していましたね。
ちょうどアルバム制作中にウォン監督の特集上映もあったし、不思議な偶然でしたね。ウォン監督の作品は、そのほとんどが中国返還前の香港が舞台で、キラキラと輝くネオン街とそこで暮らす住人の華々しさと危うさが隣合わせの、不安定な美しさが見事に映されている。そういったムードが「戀愛大全」の根幹にもあるのですが、ユニバースの雰囲気はまさにそのイメージと合致するんですよ。大阪のミナミのほうの繁華街はまさに独特の華々しさと危うさがあって、そこに50年以上前から存在し続けているユニバースはまさにウォン・カーウァイの香港と「戀愛大全」の世界観が共存する、ピッタリな会場なんです。
──これまでのライブ映像作品はどれもファイナル公演の映像が収録されていましたが、当初はその案もあったのでしょうか?
ええ。だけどここまでうってつけのシチュエーションはなかなかないので、無理を言ってユニバース公演の撮影をお願いしました。撮影スタッフに大量の機材と一緒に大阪まで同行してもらうのはなかなか大変でしたし、ユニバースはほかの会場に比べると撮影が難しい、という問題もあって。とにかく照明も音響も、現在のライブハウスに比べれば化石のような古いシステムを修理して使い続けているので、当然、トラブルやアクシデントが起こる可能性も高い。せっかく大阪まで来てもらって「何も録れていませんでした」という事態にもなりかねない。でも「なんとかなるでしょ」と思って決行しました(笑)。実際にアクシデントは発生しましたけど。
──2曲目「聖者」の演奏中、客席最前列の柵が壊れてしまうシーンですね。志磨さんの足が触れる近さまでお客さんが入り込んできて、ものすごい熱気でした。
あまりに盛り上がって、前方のお客さんが将棋倒し寸前になって。1回ライブを中断してスローテンポの曲を演奏したりして、なんとか大丈夫でしたが、危なっかしい場面でしたね。だけどそれこそ「戀愛遊行」にふさわしい危うさが端的に表れた瞬間で、もう頭の中では映像の編集のことを考えてました(笑)。「今のシーンが撮れただけでもユニバースに来た甲斐があったな」と思いながら。
──あの状況はコロナ禍に入る前のライブを思い出すような、最近ではなかなか見られないシチュエーションでした。
3、4年前はああいうのってよく見る光景だったんですけどね。でもドレスコーズのフアンはマナーを守って理性的に楽しんでくださる方がとても多いんです。だから、まだガイドラインが厳しかった時期にあそこまで羽目を外すのって、すごく珍しいことだった。きっとあれもユニバースの魔力で、「ここなら許されるんじゃないか」という気持ちにさせてくれたのかもしれない。ユニバースはもともと巨大なキャバレーだから、まさに羽目を外すための場所ですし。さまざまな人間の悪さを、見て見ぬふりをしてきた場所だから。
──柵が壊れてしまったあと、ライブのテンションをキープするのはすごく難しかったと思うんです。盛り上げすぎるとまた将棋倒しになってしまう可能性があるし、かと言って落ち着きすぎるとフロアも冷めてしまう。ですがユニバースでのライブ映像を観てみると、お客さんはしっかり安全を守りつつ、ハイテンションな状態になっていて。声を出せない状況の中、ここまでオーディエンスのテンションを保っていたことは驚きました。
いえいえ。こんなこともあろうかと、綿密に組まれたセットリストが功を奏しましたね(笑)。まさに読み通り。
──志磨さんご自身も本編最後のナンバー「恋をこえろ」でものすごい勢いでステージ上を転がったり、マイクを咥えたりしていて……。
ああいうのは僕、得意中の得意ですからね(笑)。「恋をこえろ」は僕のレパートリーの中でも特にアッパーな曲ですから、いい画がたくさん撮れました。
言うなれば、ユニバースという場所がこの作品の主役
──「ドレスコーズの味園ユニバース」はライブ映像の開始前と終了後に短い映画が挟み込まれる構成になっていますが、この映画パートは2019年発表のライブ映像作品「ルーディエスタ / アンチクライスタ the dresscodes A.K.A. LIVE!」のショートムービーと同じく、ジュリアン・レヴィさんが監督を務めています。「ルーディエスタ / アンチクライスタ」は暖色をメインにした、ふわっとした色合いの映像でしたが、「ドレスコーズの味園ユニバース」はネオンカラーのパキッとしたカラーリングが多用されています。先ほど志磨さんが挙げていたウォン監督の作風を彷彿とさせますね。
ジュリアンもウォン監督の作品の大ファンで、特に初期の作品の撮影監督、クリストファー・ドイルのカメラワークにすごく影響を受けているんですね。僕がジュリアンと出会ってすぐの頃、彼が「光の色の作り方とカメラワークはウォン監督作品の影響が大きい」という話をしてくれたのを覚えています。
──撮影前からどんな作品にするか、ジュリアンさんとは話し合ったのでしょうか?
事前にアイデアだけを伝えました。「ライブ中に同じ会場で短編映画を撮影してもらって、あとからライブ映像と合わせるとどうなるかな?」と提案して、ジュリアンにはユニバースを舞台にしたシナリオを作ってもらって。ある男女がユニバースを見つけ、中に入ると僕らがたまたまライブをやっていて……というストーリーとライブ映像を合体させて1つの映像作品に仕上げる、ということを試してみました。ユニバースは一歩入ればまるでそこは竜宮城のような、すごく虚構性が高い場所ですから、それくらいのフィクションも違和感なく成立するんじゃないか、と思いまして。僕らがライブを行っている客席でこっそり役者さんにお芝居をしてもらって、それをジュリアンがカメラを回して。
──「ルーディエスタ / アンチクライスタ」はライブのコンセプトだった“世界の終わりのパーティ”をショートフィルムで補完する、という作りでしたが、「ドレスコーズの味園ユニバース」は2つのパートが密接に関わり合う内容だったので、制作過程を聞いて納得しました。
「ルーディエスタ / アンチクライスタ」はツアー終了後に改めて、追加シーンとして撮影したのに対し、今回の「ドレスコーズの味園ユニバース」はライブとショートフィルムを同時に撮影していますからね。言うなればユニバースという場所がこの作品の主役、ということです。
──もう1つ面白いと思ったのは、映画のセリフと志磨さんがMCで話していた言葉がリンクするところがあって。例えば映画のディレクターズカット版では「私、もう二度と眠ったりなんかしない」というセリフがありますが、これは志磨さんがライブ終盤に話した「おやすみユニバース」と対になってますね。そのほか映画パートの冒頭で出てくる宇宙の話は、ユニバースという会場名そのものにつながっていますし。
ホントだ! 映画のセリフと僕のMCの共通点は今気付きました……確かに対になっている。あの日はMCで「大阪」って言わずに「ユニバース」って呼びかけるようにして。あとで映画パートとつなげたときに、そうしておけば何かしらリンクしたりするかもしれないって考えていたんですよね。あの日は編集のことを意識しながらしゃべっていました。