愛の形を体現する奉納演奏
──奈良のお話をたっぷり聞いたところで恐縮ですが、今回の取材のメインは奈良のお隣、京都にある平安神宮での奉納演奏についてです。堂本さんが平安神宮で奉納演奏をするのは、今回で14回目になります。そもそもどんなきっかけで奉納演奏が始まったんでしょうか?
イベンターさんから「神社さんとかお寺さんとかでライブをすることに興味はありますか?」と聞かれたことですね。僕としてはすごく興味があったので「はい」とお返事したところ、その数日後に正式にお話をいただいたという流れです。初めて奉納演奏をしたのは2009年。奈良にある薬師寺さんで、終わったあとに「剛くんの人生の中にもっとこういうコンサートがあるといいよね」とスタッフの方がおっしゃって。その流れで平安神宮さんとのお話をいただきました。
──以前まで過ごされていた環境の中では、お寺や神社で奉納演奏をするアーティストは異端の存在だったのでは?
すごく珍しかったですね。なので前例がないことに対して、周りのスタッフの方はそのときなりに一生懸命向き合って下さったと思っています。奉納演奏に限らず、僕の以前の環境の中では前例のないことをする機会が多くて。ただ、ふと外の世界を見れば誰かがやっていたりすることではあるし、世の中のスタンダードだったりもする。だから、そんなに特別視することじゃないんじゃないかな?とも感じていました。
──そもそも堂本さんが神社仏閣に惹かれる理由というのは?
神社さんにお参りにいくと、本殿の中には鏡が置かれていたりしますよね。神様がリアライズされているわけではない。自分と向き合うような、想像力を必要とする場所になっている。僕はそこに惹かれるんです。そういった環境で自分と向き合うことで、今現在立っている場所がくっきり見える気がしていて。僕にとって、神社やお寺は迷ったときに神様や仏様と対面して心をリセットしたり、リスタートを切ったりできる場なんです。それと遥か昔の人が作った神聖な場所でもあるので、その時代の人々からのメッセージを受け取ることもできる。純粋に神社の雰囲気が好きとか、建物がきれいとか、境内に咲いている桜が好きとか、そういう感覚なんです。神社やお寺というのは、昔の人にとって心の拠り所でもあったでしょうし、安全に旅を続けていくために立ち寄るような場所だった。今よりも神社やお寺というのは人の生活に溶け込んでたと思うんです。
──確かにそうですね。奉納演奏を重ねる中で何か変化はありましたか?
最初の頃に比べて、すべての概念を捨てて無の境地に到達できるようになりましたね。エンタテインメントというのは受け取ってくれる方々に楽しんでもらえるように、力を与えられるように考えなくちゃいけないので、一見するとやっていることとしては真逆なんです。奉納演奏は神様と、会場にいらっしゃってる方々をつなげて無になっていくことが大事。そういう境地に到達することが、奉納演奏としての純度の高い状態だと僕は思っていて。ここでも分かち合うことが大切で、求めることと与えること、どちらかに偏るわけでもなく、両方がひとつになってやがて無になっていく。それこそが愛の形だと僕は思ってるんです。
──通常のライブとはどんな点が違いますか?
普段のライブはオーディエンスやスタッフ、“人”に対する意識が強くなりますね。基本的に人が作ってる現実的な空間だと思うんです。奉納演奏となると人ではなく神様や仏様の存在が入ってくるので、その点では独特なものがありますね。ただ普段のライブも奉納演奏も、「ありがとう」「愛してる」「楽しい」「幸せ」という気持ちを増幅させることが役割だと思っているので、変わらないのかもしれない。
90分で表現するすべての感情
──平安神宮公演の衣装は毎回凝ってますが、今年のテーマは?
今年は「愛と平和」をテーマに掲げて奉納演奏をできたらと思っているので、その世界観を彩るような衣装を考えてます。今は地球上で争いが絶えませんし、いろんな方が大変な時を過ごされているので、荒々しい日々が少しでも静まるようにおとなしめの色を選びました。本来、神社で演奏するのであればあまり派手ではないものがいいのかもしれませんが、ビジョンが用意されているわけではないので、僕がどこに立っているかわかる衣装にはしています。あと、毎回平安神宮の宮司さんに「こういう装飾を身に着けてもいいでしょうか?」とお聞きしてから決めてます。
──過去の映像や写真を拝見すると“和”も1つのテーマなのかなとお見受けしたのですが、その点はいかがでしょうか?
日本特有のデザイン性を感じさせることは少し意識してますね。一見普通のパンツを履いてるようにも見えるけれど、着物に見えるようなシルエットにしたり。サウンド面でもギターを三味線の音色のように変えたり、雅楽の音階を取り入れたり、和の要素を混ぜ合わせながら演奏をすることを意識しています。
──奉納公演は19:00開演、20:30には終演と演奏時間が定められていますよね。90分の中で何を表現するか具体的なイメージはありますか?
喜びや幸せといったポジティブな感情はもちろんですが、苦しさや悲しさ、怒りなども表現したいと思ってます。あえて苦しみや悲しみ、怒りを添えることで、喜びや幸せがどれほど大切なことなのかを伝える。すべての人が抱く感情をセットリストや演出に入れてますね。
──セットリストはもう組まれたんでしょうか?(※取材は8月上旬に実施)
はい。ようやくまとまってきたところです。奉納演奏の骨組みを作るためにバンドメンバーと一緒にリハーサルを行うんですが、そのときにほぼ決まりますね。あまり僕が事前に細かく作っていくことはないんです。リハーサル前にメンバーの皆さんに、今日インタビューでお話ししていることやアレンジのイメージをお伝えして、まずは1回一緒に合わせてもらう。そのときの反応や空気を演奏に反映していくようにしています。奉納演奏は僕1人ではできないんです。メンバーの皆さんもご自身の人生や生活の中にある喜び、痛み、苦しみ、怒りを表現しながら、平安神宮という場所で平和を願う。それが平和を実行していくことにつながっていくと思うんです。
──奉納公演は毎回ファンクセッションで締めくくられていますが、神社でファンクミュージックを奏でるというのはなかなかユニークですよね。
僕としては「この場所にはこういうものが合う」みたいな凝り固まった考えを取っ払う美学を表現しているつもりです。こういった音楽も神社にフィットさせることができるよね、という提案。2009年に薬師寺で初めて奉納演奏をさせてもらったとき、「昔のお坊さんもギターとかベース、ドラムがあったら絶対にみんな剛くんみたいに弾いてたし、レーザーなんかも使ってたと思うよ」と住職の方に言われたんです。そもそも日本の文化は、いろんな国の文化を取り入れて作り上げられてきた。音楽も同じなんです。世の中にはいろんな音楽があって、それが大陸を渡ってきて今、僕らが聴いている音楽として浸透している。なので、最後のセッションではファンクに限らず、いろんなジャンルの音楽を混ぜて世界や地球を表現しながら平和を願っています。
堂本剛としてのライフワーク
──セッションというと演者同士の息が合わないといけないとか、演奏技術が高くないとできないんじゃないかとかハードルが高いイメージもあるんですが……。
今一緒にセッションをしているメンバーは、生きてきた中で初めて色眼鏡なしで堂本剛という人間を見てくれた人たちなんですね。ありのままの僕のことを受け入れて、一緒にセッションをしてくれた。最初は怖かった気もするけど、周りが「もっと好きなように、自分の弾きたいように弾いていいよ」「何かあればフォローするよ」と言ってくれた。そういう出来事があったので、セッションに対して怖さがないんです。そもそもセッションって自分を最大限に伝えることが重要とも言える時間で。例えるならカラオケボックスに行って、次々とみんなが自分の歌いたい曲を歌ってるのと一緒。宴会みたいなハッピーなもんです。
──(笑)。奉納演奏に限らず、堂本さんは毎回セッションコーナーでいろんな楽器を演奏されていますよね。直近のツアーではドラムも叩かれていてびっくりしました。
あまりにも楽しくて、急にドラムが叩きたくなったんです(笑)。叩き始めてからちょっと後悔しましたけど、セッションは一瞬一瞬をいかに逃さずに楽しめるかが醍醐味なので、「この瞬間は今しかないからな」と。あと、セッションは気配りや思いやりがないと成立しない。
──確かに「俺が」「私が」とエゴをぶつけ合うような状態だと、調和の取れていないアンサンブルになりかねない。堂本さんは毎回コンダクター的な立ち位置で、セッションをとりまとめてますよね。
大変な役割ですけど、1人ひとりが鳴らしたいように音を鳴らして、歌いたいように歌ってる。その姿を見るのが楽しいんです。セッションは「今、この瞬間を生きてる」「楽しくて仕方がない」というエネルギーを放出することの連続で。自分にとって最高に幸せな時間です。そういった時間を過ごすことの大切さをお客さんにも体感してほしくて、奉納公演に限らずライブではセッションコーナーを設けてます。
──今年の奉納演奏でもセッションコーナーが展開されるのを楽しみにしてます。何より新しいフィールドに足を踏み入れてから初となる奉納公演の成功を心からお祈りしています。
まずは日本の方々に、僕がこういう奉納演奏を行っているということを知っていただけたらうれしいですね。将来的に海外の方にも触れていただけたらまた大きな幸せにつながるでしょうし、愛について、平和について、少しでも多くの人と一緒に考える機会が増えたらいいなと。だから平安神宮さんでの奉納演奏は続けられる限り続けたいし、自分のライフワークだと思っています。
ライブ情報
平安神宮 奉納演奏2024
- 2024年8月30日(金)京都府 平安神宮
- 2024年8月31日(土)京都府 平安神宮
- 2024年9月1日(日)京都府 平安神宮
※公演は台風のため中止となりました。
プロフィール
堂本剛(ドウモトツヨシ)
1979年4月10日生まれ、奈良県出身のシンガーソングライタ一。クリエイティブプロジェクト.ENDRECHERI.(エンドリケリー)としても活動を展開する。ジョージ・クリントンに感銘を受けたことをきっかけに、ファンクミュージックを軸にしたジャンルレスな音楽を発信している。2022年にはファンク専門の米音楽メディア「Funkatopia」が選ぶ「2021年のファンクアルバムベスト20」にアルバム「GOTO FUNK」が選出され話題となる。2024年5月から6月にかけて.ENDRECHERI.として全国7都市を回る全国ツアー「.ENDRECHERI. LIVE TOUR 2024『RE』」を実施。同年8月30日~9月1日に堂本剛として14回目となる京都・平安神宮での奉納公演を開催する。
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Tsuyoshi Domoto (@tsuyoshi.d.endrecheri.24h.funk) | Instagram